【番外編④】一番大切になったハズの日
高校に入学して最初の夏休みも早や終盤。世間ではお盆も終わりという今日、
「咲依、ヒナチャン、ここまで送ってくれてありがとー。行ってくるねー」
一先ずあたしは雛菊も連れて、小町を穴場の神社――その参道の入口まで案内していた。参道の両端には今日だけの屋台が連なり、家族連れや学生の友人グループなどで混みあっている。浴衣にぞうりの小町だけれど、器用に人混みをすり抜けつつ境内へと向かう姿は、あっという間に見えなくなった。どうやら待ちあわせは境内でだったみたい。たぶん小町のカレシは別の入口からやってくるんだろう。
「サヨリ、道案内ご苦労様。申し訳なかったわね」
「これぐらい、何てことないよ」
小町をあたしの家まで連れてきた雛菊も、小町のカレシがあたしの元彼なのは知っている。今日はたまたま、カレシと落ち合う前に小町は雛菊の家に立ち寄っていた。恐らくは待ち合わせ場所が雛菊の家に近かったんだろう。けれど予定通り実家のお墓参りから帰れなかった小町のカレシ――
「まあ、せっかくだから――かわいいヒナギクちゃんが何かおごってあげるわ」
「ふふ、ありがと」
申し訳なさから雛菊は、屋台の食べ物であたしの気分を変えようとしてきた。雛菊が思い詰める必要はないのだけど、雛菊の表情を軽くするためにも誘いには応じることに。そして二人でぶらりと参道を歩き始める。焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、りんごアメ……多くの食べ物屋台が目についた。それは変わらない光景。その中であたしは――
「雛菊?――あれ食べない?」
「あー、いいわよ」
選んだのは冷たいアイスクリームのお店。風通しの良い台地の端っことはいえ、本日は微風、蒸し暑さがまとわりついている。だからちょうど良いと思ったんだ。威勢の良い声で『まいど!』とのたまう店主から、コーンに載せた五色のアイスたちを二人で受け取り、屋台の連なりで少しできた空白地帯に身を寄せて食べ始めた。
「おぁ、弾ける系のやつが混ざってたわ」
「なる。こっちはスース―し過ぎ」
どうやら雛菊のチョイスにはパチパチ弾けるタイプが入っていたらしく、目を白黒させながら、美味しそうにほお張っている。あたしはクールなツンとした味でさわやか系のチョイスだったみたい、やたら口の中がスース―していた。互いにも一口ずつ食べさせあい感想を述べあうと、二人してクスクス笑いがもれ、もやっとしていた気分も晴れてきた。そんな時――
「――――――――」
「――――」
元気良い女の子の声が耳に届いた。それに少しのんびりと応じる男の子の声も聞こえる。どうやら弟もカノジョとやって来たらしい。まあ、弟には穴場中の穴場を教えておいたしね。ただ、ここで姉と顔を合わせてはあの子たちも興覚めものだと思う。だから――
「雛菊、もうちょっと奥へ」
「え、なに、何?」
小声で伝え雛菊を屋台の裏手へと押し込める。少しばかりの抵抗はあったものの、雛菊はおとなしく応じてくれた――ばかりでもなかった。
「理由は聞かせて――」
あたしは口の前に人差し指を立てて見せ、雛菊に静かにとジェスチャーを送った。雛菊も了解と言うようにうなずき返してくれる。それにしても来て早々、食べ物を選んでる辺り、あの子たちも変わらないわね。これから大事なんだろうし、おかしな後悔はしないように、ね。
やがてあの子たちの声も聞こえなくなったところで、あたしはジェスチャーを解き雛菊に事情を語った。
「うちの弟がカノジョと遊びにきたから、顔合わせは避けようと思ったの。あの子たちに気をつかわせちゃ、悪いからね」
「なるほど、ね…………て、うちには使わないんかい!」
雛菊も本気で怒ってるわけじゃない表情でにじり寄る。だから笑いを声に出して、あたしは参道の入口方向へ退散した。はしゃぐように雛菊も追いかけてくる。願わくば、あの子たちが無事に想いを遂げられますように――あたしの犯した間違いを、あの子たちもまた繰り返さないように祈りつつ、あたしは雛菊とともに穴場の神社を後にした――――
◆◇◆◇◆
中学に入学して二度目の夏休みも終わりが近づいた。世間はお盆ということもあって、今日は
いつもの年なら家族そろって、まだ父さんの実家に滞在しただろう。けれど、家族には洋一との仲を伝えていたせいか、それとも弟が近所の女の子と会いたがっていたからか、用事の残る父さんを置いて、母さんと弟と早めにわが家へ帰っていた。だから、洋一との約束を果たすことができた。
「それじゃ、洋一君。咲依のこと、お願い。一応言わせてもらうけど、あまり遅くならないようにね」
「はい、お任せください」
あたしの面倒を洋一に頼む母さんにか、そつなく返答する洋一にか、あたしはムッとした思いを抱えていた。たぶん口をへの字に曲げていたことだろう。だから少しふてくされた声音で――
「行ってきます」
「あっ、咲依ちょっと――それでは、行ってきます。咲依、待ってよ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
母さんの適当な見送りに背を向けて歩きだす。行き先は――どこでもいい、とにかく家を離れたい――そう思って門を抜けた後は、心のままに右手へ進路をとった。洋一は、そんなあたしを追いかけて――追いついたら横に並んで歩き始める。そして二人の姿があたしの家から見えなくなった辺りで、洋一があたしの手をとり――
「さ・よ・り、神社はそっちじゃないよ」
引き止める声に、あたしは歩みを止めた。洋一へと振り向き、すぐにそっぽをむいて。この感情は……ヤキモチだ。
「ごキゲンななめで、どうしたの?」
「……だって、洋一……母さんに……デレデレして……たから」
今日は、今日のデートこそは、もう一歩……洋一との関係を、進めたい、進めるつもり、だったから。なのに、洋一にとって普通の態度にもイラっとして……
「そっか、そう見えちゃったか。ごめんよ」
「……うん」
洋一のせいじゃないのに。あたしこそメンドクサイ女で、ごめん。でも、今は甘えさせて。洋一、あなたにもっと、夢中になりたいから……
◇◆◇
洋一に手を引かれて着いたのは、花火を見るのに穴場と言われる神社。その割に参道の両側には屋台がたくさん連なっていて。あたしはイメージしていた穴場との違いに、目をパチクリしていた。
「えっと、これって?」
「ああ、説明が足りなかったかな?」
穴場の呼び名通りだったはだいぶ前のことで、いつしか人が大勢集まり、勝手連でちょっとづつ屋台が出始め、それならばと自治がされだしたという。役所の方でも花火会場周辺の混み具合を分散するモデルケースとして、今では
「でも、ちゃんとした穴場は残ってるから。今日はそこで観よう。それで、その前に――屋台で何か買って行こう」
洋一の提案に二人で屋台を巡った。焼きそば、お好み焼き、たこ焼き何かのお腹にたまるもの、りんごアメ、生ジュースなどの軽いもの……いろいろな屋台が軒を連ねる。花火が始まると屋台は引上げ始めるから、今のうちに買っておくんだって。
そして育ち盛りの中学生二人でも夕食代わりにするには、ちょっと多い食べ物に飲み物をたずさえ。再び参道を境内まで二人並んで歩き、小さめのお堂にたどり着いたら参拝した。あたしは心の中で『今日は洋一との仲を深められますように』と願う。ふと願いの終わり際、あたしは気になった。洋一は何を願っただろう?――そう思って隣にいる洋一をうかがうと――
「咲依とずっと長く、仲よくしたいって願ったよ。咲依は?」
「……うん、同じ」
こちらを見て洋一の願いを教えてくれた。少し違うかもと思ったけど、たぶんそう変わらないと思ったから、同じくと伝える。
「じゃ、こっちね。暗がりを歩くから、はぐれないように手をつなごう」
差し出す手を取り、再び洋一と歩きだす。お堂を回り、足元は石たたみから玉ジャリ、そしてただの土の地面へと変わって。次第に少しの上りを感じる林の中の小道へと進み始めた……
◇◆◇
「はい、到着」
「ここ?」
「そうそう。あっちの方向に花火が上がるよ」
案内されてたどり着いたのは林の中のちょっとしたスペース。洋一の指さす先は格別の見晴らしでもない。下の段に生えてる木の先端も見えている。ちゃんと花火は観えるんだろうか。
「心配そうだけど、花火が上がれば、穴場なことが分かると思うよ? まずは観る準備、しよっか」
そんな気持ちが洋一に伝わったみたいで。心配ご無用と言ってのける。打ち上げの時間も近づいていたから、不安は横に置いておいてあたしも準備に取り掛かった。
洋一は背を負ってきた袋からLEDランタンやレジャーシート、それに段ボール製の携帯イスを取りだして点灯したり組み立てたり。あたしは手提げ袋から虫よけのスプレーを取りだして周囲に散布していく。
「さて、こんなものかな?」
「日も落ちたし、始まるまですぐだね」
あっという間に林の中は真っ暗になって。頼れるのはLEDランタンの明かりだけで。そんな状況の中、洋一と二人でいることにとってもドキドキし始めて。
「じゃ、あらためて」
そう言ってあたしの手を取り、あたしを洋一のそばに引き寄せた。
「咲依、今日の浴衣姿、とっても似合ってる。柄の選択も良くてカワイイよ。それに髪型も力入れたんだね、いつものイメージも違ってステキだよ」
「……あ、ありがと。髪はね、母さんが手伝ってくれたの……」
今日のあたしの姿を、洋一はもう一度ほめてくれる。迎えに来た玄関先でも言ってくれたけど、その時は母さんも居たからお世辞っぽく聞こえていた。だから今の洋一の言葉は魔法のように、あたしの胸の内をときめきで埋め尽くして想いを高まらせ、洋一のすべてを受けいれさせそうで。
「咲依、好きだよ。大好きだ」
「……うん、あたしも好き。洋一が好き……」
洋一は自分の想いを伝えてくれる。これまでにも何度も伝えてくれた想い。あたしがどん底にいたときから続く洋一の告白。あたしは初めに疑って。だから付きあい初めに友達からと条件を付けて。けれど中学で離れ離れになると分かったら寂しくて。小学校卒業を目の前にして恋人関係を受け入れて。中学が違う分だけゆっくりとゆっくりと想いを育てて。たぶん想いは今が一番大きく育ったハズ。だから――
「キス――したい」
「…………うん、いいよ」
いつになく真面目な表情の洋一を脳裏に焼きつけて、あたしは目を閉じた。洋一はあたしのほほに手を添えて、あたしの顔を少しだけ上に向け――
――――チュッ!
軽く触れ合わせただけのキス。でも、あたしは万感の想いで頭も胸も好意でいっぱいで。かすれた声で洋一の名前を呼ぶのが精いっぱいで。そしてゆっくりと目を開くと、間近に微笑む洋一の顔があって。その時――
――ドン! パラパラ……
――ドン! パラパラ……
――ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! パラパラパラパラ……
花火が上がって、大輪の炎の花が夜空に咲き始め。あたしは花火の方に顔を向けてうっとりとして。
「……キレイ」
「そうだね。でも…………花火を浮かべる咲依のヒトミはもっとキレイだよ――」
「――――」
花火鑑賞もどこへ行ったのか。洋一はあたしにもう一度をキスをして。あたしが抗議なのか何なのか、声を上げようとしたものの、先んじて口をふさがれてしまった。先ほどよりもっと強く押しつけられた洋一の感触に、あたしの心は溶け出して。時おり息継ぎで放すものの、何度もキスをくり返し――
あたしはいつしかボーっとし出して。洋一の片腕はあたしの腰に回り、洋一と密着する姿勢になっていて。そして、ほほに当てられていた手はいつの間にか下へ降りていき――――あたしの胸に触れた瞬間、脳裏にウソの告白をしてきた男子たちの顔が不意によみがえった。あたしの早熟な胸を見る、あの下品な顔を。だからか、あたしは洋一を突き放していた。
「ごっ、ごめんなさい」
やってしまったと気づいた瞬間、あたしは申し訳なさからすぐに謝罪した。ただ、あの男子たちに感じた不快な感情も思いだされて、あたしの体はほんの少し震えていた。
「オレこそごめん。調子に乗った…………キライにならないで、欲しい」
洋一もすぐに謝ってくれただけじゃなくて。悪いのはあたしの心の傷。洋一のせいじゃないと伝えたくて――
「大丈夫、キライになってないよ……洋一が好き。でもキスの先はまだ……待って欲しい」
「……うん、分かったよ」
キスの先はまだ怖い。だから洋一にお願いして、聞きいれてもらえて。うれしさを覚えると同時に心苦しさでいっぱいで。それから後は、屋台で買い入れたものを食べさせあったり、二人で花火の感想を言いあったり、もう一度甘い時間を取りもどそうと勤しんだ――――
――――これは、あたしが心の一番奥深くに封じ込めた、二度と表に出してはならない
アイツとあたしのRESIDUAL-HEAT 亖緒@4Owasabi @4Owasabi
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