第4話
私は翌日も、会社に出勤した。
いつものように仕事をこなす。そうして、お昼休みに睦月と喋りながら食事を済ませる。終業時間になり、自宅に帰ろうとした。
だが、運が悪くもポツポツと空から雨粒が落ちてくる。うわ、ツイてないな。傘を生憎、持ってきていない。仕方ないので歩く足を速めた。
アパートに着く頃にはしとしと降り出してくる。おかげで、頭や肩はしっとりと濡れてしまった。早く、中に入ろう。そう思って、鉄階段を上がろうとした。ふと、ぼんやりと白い何かが見える。一瞬、目の錯覚かと思うが。凝らして見ると確かにあった。仕方なく、ため息をつきながら確かめるためにその何かに近づいた。
すぐ側まで来て、凝視する。白い物の正体は倒れた人間のようだ。仰向けに倒れている。白く見えたのはその人物の顔だった。
瞼は固く閉じられているので、瞳の色までは分からない。目鼻立ちは割と整っているようだが。髪は私と同じような黒髪だ。肩まででぱっつんと切り揃えているらしい。それが地面に広がっている。服は身に付けているが、泥やらが付着して汚れていた。元は白だったようだが、薄茶色になってしまっている。
けど、襟元の合わせ目やらを見ると和服に見えた。二、三枚重ねていて一番上に肩部分が大きく開き、紐付きのボンボンが付いた見慣れない型の上着だ。下には赤い袴みたいなのを履いている。
手には扇子みたいなのが握られていた。私はどうしたもんかなと思う。
「仕方ない、ちょっと失礼しますよ」
私は意を決して、倒れている人物を介抱するために行動する。まずはこの人物を背中に担ぎ上げた。なかなかに重たい。そりゃそうだ、意識がないんだから。しかも、大人なようで私よりちょっとだけ小柄なくらいだ。人一人の重さが私の肩や背中やらにガッツリと加わる。ゆっくりと地面を踏みしめながら、鉄階段に近づく。一段ずつ、慎重に上がった。部屋の前まで来る頃には完全に息が上がっていた。
人一人を担ぎ上げた状態でドアの鍵を開ける。背中などから伝わる感触からするに女性のようだ。何となくだが。ゼイゼイいいながら、中に入る。パンプスを脱いで一旦、女性を玄関にて降ろす。丁寧にゆっくりとだが。ドアを閉めて鍵も閉める。
次に女性を抱え直して、寝室のベッドに運ぶ。布団をまくって、何とか寝かせた。私は部屋から出るとショルダーバッグをソファーに置き、脱衣場に行く。手早く、メイクを落とした。寝室にも向かい、仕事着から普段着に替える。ついでに、ベッドに横たわる女性の着替えも出した。
その後、女性の髪をざざっとタオルで拭いた。手早く、私自身もシャワーを済ませた上でだが。彼女が着ていた衣服も部がして、ぬるま湯に浸して絞ったタオルで全身を清める。今はこれくらいしかできない。丁寧にしたら、出してきた肌着類を着せた。最後にグレーの長袖シャツや長ズボン、同系色のトレーナーを着せる。
「よし、ひとまずは完了ね」
一仕事終えたが、まだ油断はできない。あれだけ、雨風に晒されていたのだ。風邪を引いているだろうし。私は女性の額に触ってみた。やはり、若干熱い。熱が上がってきたようだ。私は自身用の布団を用意する。女性の側にいて、様子を見るのだった。
時計を見たら、夜の十一時になっていた。女性は高熱になり、浅く呼吸を苦しそうに繰り返す。私は冷たい水で絞ったタオルで汗を拭ってやる。脇の下や首筋などには氷を入れたビニール袋をタオルで包んだ物を当てていた。ベッドの横にあるサイドテーブルには手作りの経口補水液がある。また、額にかざすだけで使える体温計で測った。
「三十八度三分か」
私はため息をつく。やはり、予想が当たったわね。できる限りの事はやった。後は女性の体力などに掛かっている。私は女性がいつ目覚めても良いように、キッチンに向かった。
キッチンで鍋にお米を入れ、水で研いだ。二、三回繰り返してから、水を計り入れた。塩をパラパラと振りかけ、火に掛ける。いわゆるお粥だ。他には何を作ろうか。が、名案が浮かばない。代わりに風邪薬を用意したのだった。
氷雨が降り注ぐ中で 入江 涼子 @irie05
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