第3話

 私は会社のビルを出て、睦月と二人で居酒屋シンに向かった。


 こじんまりとした雰囲気の良いお店だ。二人で中に入る。


「いらっしゃいませ!」


 店主さんや店員さんが元気よく、声を掛けてくれた。睦月はカウンター席に行き、座る。私も同じようにした。


「店長、今日のおすすめはある?」


「あるよ、今日は鶏の砂ずりになるね」


「じゃあ、それをちょうだい」


 睦月はテキパキと決めると私の方を向く。


「ねえ、美雨。あんたは何にする?」


「……そうだな、レモンチューハイと。私も鶏の砂ずりをお願いします」


「分かりました、レモンチューハイと鶏の砂ずりね。少々、お待ちください!」


 店主さんは笑顔で頷くと準備を始めた。私は睦月の方を向いた。


「……美雨、お酒が入る前に。渡したい物があるんだよね」


「どうしたの、いきなり。改まって」


「うん、あんたが未だに彼氏ができないのが心配でさ」


 睦月はそう言って、隣の席に置いたバッグをあさり出す。しばらくゴソゴソとする。そうして、出したのは小さな黒い長方形の紙箱だった。


「あった、これだ。美雨、あんたの誕生日近かったでしょ。まあ、お祝いって事だから。受け取ってよ」


「え、いいの?」


「うん、まあね」


 私は睦月が差し出してきたのでおもむろに受け取る。紙箱は丁寧にラッピングしてあるが。この場で開けるのも躊躇われたので、ショルダーバッグに入れた。


「……レモンチューハイと鶏の砂ずりです!」


「あ、ありがとうございます!」


「また、ご注文があったら呼んでください」


 店主さんはそう言って、チューハイが入ったコップと鶏の砂ずりが盛り付けられたお皿を台に置いてくれた。私はそれを受け取り、自身の前に置く。ちなみに、既に睦月の前にはウーロンハイと鶏の砂ずりが盛り付けられたお皿がある。もう、睦月はこちらだと常連らしい。店主さんとも気心知れた感じのようだ。  


「さて、美雨。今日は程々に呑もう、あんたのグチも聞くわ!」


「そうだね、睦月の方も言ってくれたら聞くよ」


「だねー、持つべきものは友だわ!」


 睦月はそう言いながら、ウーロンハイをぐいっと呷る。私もちびちびとレモンチューハイを呑んだ。


 一時間も経つと、互いに頼んだお酒も空になっていた。さすがに空きっ腹で呑むと良くないので、おつまみを摘みながらにしている。もう、鶏の砂ずりに始まり、枝豆やスルメイカを炙ったのやらと四品くらいは食べていた。


「でさあ、うちのダンナがね。なんと、こっそりキャバクラに行ってたのよ!」


「それは睦月にとっては一大事だね」


「なのよ、酷いでしょ。あたしにことわりもなしだったし」


 睦月は割と、酔いが回っている。私はそうでもないが。実はお酒に関してはザルと言える程に強くはあった。


「カアーッ、もう。あんな馬鹿ダンナとは思わなかったわよ」


「む、睦月。人目もあるから」


「まー、いいじゃん!美雨も言ってみな。聞くからさ!」


 睦月はそう言って、私の背中をバシバシと叩く。苦笑いしながら、ポツポツと言った。


「そうだなあ、睦月。私ね、確かに彼氏はいたけど。不思議と今はほしいと思えなくなって」


「そうなの」


「今は両親と睦月がいてくれたら、それで満足なんだよね」


「嬉しい事を言ってくれるわね、けど。美雨はそれでいいわけ?」


「良くないのは分かってるよ」


 私は続きを言いあぐねて、レモンチューハイを一口含む。飲み込んだら、酸味やお酒特有の味が口内に残った。


「……美雨、難しく考え過ぎだわ。あんたの幸せはあんたで決めないと」


「だよね、なら。そろそろ、お開きにしよっか」


「睦月?」


「あたしと喋ってたって駄目だわ、美雨に必要なのは。出会いだからね!」


「……はあ」


「さ、出よ出よ」


 睦月は立ち上がると、酔っぱらいにしてはしっかりとした足取りで店主さんに声を掛けた。


「店長、お会計をお願いしまーす!」


「はいよ!」


 店主さんは威勢よく答えて、レジ台に向かう。どうやら、お会計をしてくれるみたいだ。私は睦月に付いて行った。


 お会計を割り勘で済ませる。睦月はほろ酔い気分らしく、鼻歌を唄いながら歩く。私は途中まで彼女を送り、自宅に帰った。アパートにたどり着くとカンカンと鉄階段を上がる。長い一日だったわ。ため息をつきながら、ドアの前まで行く。鍵を開けたのだった。

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