第2話

 私が自宅を出てから、二十分が過ぎた。


 やっと、勤めている会社にたどり着く。自動ドアをくぐり、フロアを抜けた。エレベーターのボタンを押して扉が開くのを待つ。扉が開き、中から三人の男性が降りる。入れ替わりに、私は一人で入った。扉が閉まるとすぐに四のボタンを押す。しばらくはぼんやりとしたのだった。


 エレベーターから降りて、自身の所属するオフィスに向かう。ドアを開けて中に入る。


「……おはよう、美雨みう。今日は早いね」


「おはよ、睦月むつき


 一番最初に声を掛けてきたのは、同僚で親友の睦月だ。フルネームは佐東睦月さとうむつきという。一応、私と同い年である。まあ、私より小柄で華奢な体格だが。緩やかにウェーブした栗毛色の髪に大きなパッチリとした薄茶色の瞳が目を引くど美人だ。まあ、生粋の日本人なのだが。時折、ハーフに間違われる。そんな睦月は十年前の二十七歳の時に同じ会社の男性と結婚した。既に、二人の男の子の母親でもある。

 まあ、私は睦月よりも背が八センチも高いし体格も割とがっちりしていた。中学生から高校卒業まで、柔道をやっていたせいだろうか。髪も真っ黒でショートにしているし、目つきも悪いから男性にモテた試しがない。

 ちなみに、今も白いブラウスにグレーのスーツ、黒のパンプスという地味な出で立ちだ。今更ながらに神様って、不公平だと思う。


「どしたの、美雨」


「ん、何でもない。それより、仕事しないとね」


「そうだね、じゃあ。あたしはそろそろ戻るから」


 睦月はそう言って、自身のデスクに戻っていった。私はノートパソコンを開いて、電源を入れたのだった。


 書類を作成して、上司である課長にチェックしてもらう。課長は私よりは二周りは年上の男性だが。そうは見えないくらいに若々しく、洒落っ気がある。一言で表すなら、イケおじだ。


「樋口、この書類な。二枚目の三行目が間違っているぞ。ここだけ、直してこい」


「分かりました、すみません」


「分かったならいい、早めに頼む」


 私は再度、頭を下げる。自身のデスクに戻り、受け取った書類の作成をやり直す。ノートパソコンを再び、開いた。


 お昼休みになり、睦月と二人で食堂に行った。私はカツ丼定食を頼み、トレーを取る。睦月はサバの味噌煮定食を頼んだらしい。同じようにトレーを手にしていた。


「美雨、終業時間になったらさ。また、二人で飲みに行かない?」


「え、睦月は大丈夫なの?」


「うん、旦那や子供達は適当に済ませると思うから。あたしもたまには息抜きをしたいしね」


 それならと私は頷いた。定食をトレーに載せてもらい、お箸やスプーンも取る。一通り済ませたら、先に座りに行く。トレーを机の上に置き、椅子を引いた。腰掛けるとお箸を取り、食事を始める。少し遅れて睦月も向かい合わせに座った。彼女もお箸を取ってご飯やサバを口に運ぶ。しばらくは食事に集中した。


 私が食べ終えると、睦月は話し掛けてきた。


「美雨、思ったんだけどさ」


「何?」


「あんた、五年くらいは前の彼氏と付き合っていたじゃない。なのに、別れたでしょ」


「うん」


「ならさ、何で新しい出会いを探そうとしないの。もう、あんたも三十路どころか。四十路よ、四・十・路!このまま行ったら、生涯独身って事態になりかねないわよ?!」


 なかなかに痛いところを突いてくれる。まあ、分かってはいるのだが。睦月は真面目に心配してくれているだけだ。けど、正面と向かって言われると堪える。


「……睦月、私も考えてはいるよ。まあ、出会いがないのは仕方ないんだけど」


「かーっ、見てられないわ。分かった、美雨。あんたがそう言うなら、あたしがセッティングしてあげるよ。何なら、旦那の友達を紹介するからさ!」


「いや、そこまではちょっとね」


 苦笑いしながら言うと、睦月はトレーにあった湯呑みを乱暴に取る。一気にお茶を呷った。ダンッと勢いよく置く。


「美雨、チンタラしてたら。一気に婆ちゃんよ。それでいいの?」


「……まあ、良くはないけど」


「仕方ないわね、じゃあ。今日の午後六時半に会社のフロアで待ち合わせね。約束よ!」


「分かった」


「じゃあ、あたしも食べ終わったから。行こ!」


 私は頷くと、トレーを厨房に返した。食器なども片付けると睦月と二人で食堂を出たのだった。


 終業時間になり、私はオフィスを出た。エレベーターから降りて睦月とフロアで落ち合う。


「来たわね、美雨。行こっか」


「うん、で。どこへ行くの?」


「居酒屋シンよ、あそこの麦焼酎が美味しいんだよねえ」


 二人でしゃべくりながら、居酒屋に向かって歩き出す。フロアを後にした。


 

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