売春婦に捧げる詩

@speedfreek999

始まりはミレニアム

 ろくでもない連中に囲まれて育つと、ろくでもない思考に慣れてくる。次第にろくでもない思考は、自分自身の基礎となる。

2000年代前半を若者として育った者として、断言する。

この世界は昔も今もクソだらけだ。

女を使った商売を始めるきっかけは、単純だった。この世界は、女を中心に回り、金を得る為には何者かになる必要があることに気づいたからだ。

早い話が、セックス産業は金になる。

誰かに雇われるなんて悪夢でしかなかったし、個人事業主には誰だってなれる。

やくざが伝統的しのぎとしての管理売春を24時間するのなら、俺は25時間やってやる。

俺はポン引き稼業を情熱をもってやるつもりだったからな。


 1999年の年末。中学校生活最後の年。教師は何故か、非行に走っていることがあからさまな生徒たちへ教師としての情熱を傾けているように見えた。

【非行】の定義は今の時代よりも分かりやすかったけど、俺の目には陰険に見えた。

馬鹿でいることの美徳は過去のものとなり、計算高さが必須の能力となっていた。

教師どもが、不良少年少女を苗字じゃなく名前で呼ぶ事に違和感を覚えた。親しみを込めているのだろうが、あの連中は一体どこまで身体を張って生徒を守るのか?マジで見ものだぜ。


「タカシ君?昨日の夜、見かけたよ」数学教師の橘がいつの間にか俺の背後に立っていた。いつもリクルートスーツみたいな野暮ったい服装で、黒髪はセミロングで枝毛が目立つ。胸も小さい。けど、メガネが似合ういやらしい顔つきの女教師。まだ20代前半の新米教師だ。

橘は他の生徒からはあまり好かれていなかった。熱血って感じじゃなかったし、そもそも、生徒どもにあまり関心が無いイメージがあった。けど、いやらしい、メガネの似合う若い女教師ってだけで、俺の中では十分重要な位置づけだった。非行に走っている連中は、ウゼェとか言いながら自分たちに関心を持つ大人たちがお気に入りだ。サイコパスみたいな暴力派はとくに。そういったガキどもを専門家は【孤独感から非行に走る】と声高に言い、分析しまくる。くだらん。【貧困が非行の引き金】?ますますくだらん。

片親だろうと、両親が健在だろうと、裕福だろうと、貧乏だろうと、悪いことする奴はするし、しない奴はしない。人間性の問題だ。


俺は橘の方へ向き直り、ブレザーの内ポケットから煙草を取り出しくわえた。校庭の隅のバスケットゴールとプールの更衣室の陰になって、校舎から死角になっているこの場所は、俺の居場所の一つだった。

俺は煙草に火を点けた。橘は小言一つ言わず、俺の隣に腰を降ろした。上からちらりと橘を見下ろすと、スーツのジャケットのしたの黒のセーターの中の白いブラが見えた。

「先生、前に屈んでみてや」


「なんで?」橘が不思議そうに聞く。


「おっぱいが見えそうじゃけぇ」


え?と呟き、橘はぎゅっと胸を両腕で抱いて、俺の視線を遮った。顔は笑っていた。

いいね。


「先生は街でなにしよったん?」俺が橘に問うと、別に、と言って遠くを見つめた。俺もそれ以上は何も聞かなかった。別に興味も無かった。もしかしたら家が近くなのかもな。


それにしても昨夜は結構な稼ぎがあった。街のヘッドショップに行って、ガラパイや巻紙にヒッターにボングを大量に買い付けて、地元で捌いた。1万円分の物が5万以上に化けた。度胸のない連中や、そもそもヘッドショップが何処にあるのか知らない奴らに原価の3倍以上で売り付けてやった。

今、俺の制服のポケットの中で、万札がうねって飛び出したがっている。


「あ、雪だ」橘が灰色の空を見上げて呟いた。

空からは、ちらちらと白い粉雪が降り始めている。それと同時に、校舎の方から女生徒達の大きな歌声が聞こえてきた。SPEEDの【ホワイトラブ】だ。

放課後のカラオケまで待てないようだ。何が楽しくて毎日毎日カラオケに通ってんのか理解不能だ。でも、羨ましくもある。俺は自分自身が何に楽しみを抱くのかが分からないからだ。


俺は煙草を踏みつぶし、大きく伸びをした。橘がそれを見て立ち上がる。尻についた砂をはたいて言った。

「そろそろ戻ろう?風邪ひくよ?」


俺と橘は並んで校舎へ向かって歩き出す。


「おぃ安藤!待たんかぃ」校舎に入ろうとする俺に、熱血教師児玉が声をかけてきた。珈琲と煙草の匂いが混ざり合った口臭が届く距離まで近づき、俺を睨みつける。橘が居心地悪そうにしている。教師同士の人間関係に行き詰まりを感じているのかもしれない。

「お前、煙草吸いよったんじゃないんかぃ。匂うでっ」そう言い、今度は橘を見る。「橘先生、先生も見よったんじゃないの?」橘を見ると、目に緊張が走るのが分かった。

「橘先生に注意されたけぇ、吸うのやめた。じゃけぇ文句があるんなら俺に言えや。けど、俺はお前に何を言われても何も変える気ないけどの」

この筋肉馬鹿にはこれくらい言ってやらないと。


いっそう睨みを利かせて児玉が俺を見つめる。俺は廊下に唾を吐き、教室に向かって歩き始めた。

ブレザーの襟の部分を後ろから引っ張られた。強く引かれて思わずバランスを崩して倒れそうになる。「待たんかぃっ!お前が学校におったら他の生徒の邪魔になるんじゃっ。もう帰れ。卒業式も出んでえぇ。二度と門をくぐるな」


「・・・児玉先生、それはちょっと言い過ぎじゃないですか?」橘が遠慮がちに言う。

「アンタは黙っていなさい。ほら、はよぉ帰れ」


俺は児玉に一瞥を向けて、門の方へ向かって歩く。別に悲しくなんかない。ムカつきもしない。頭の中でさっき見た橘の白いブラがぐるぐると回っていた。それだけだ。

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