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アーサー・コナンの希望

 私はアーサー・コナンだ。

 私がアーサー・コナンを名乗る作家だ。

 私のアーサー・コナンという名乗りには由来がある。



 だが今はそんなことはどうでも良い!



 初夏の気配を感じる六月である。

 私は手伝いのメイドに、旅行鞄の支度をさせていた。


 そう、旅行である。

 今後の作品のインスピレーションを得るためだ、と編集部を小突き回し、私はノルヴェイドという都市への旅費を勝ち取った。

 北壁都市ノルヴェイド。耳にしたことはあったが、さしたる興味もなかった都市である。

 つい先週までは。



「フ、フ、フフ……!」

 私の目的は、アルカディミア攻略のために混沌たる発展を遂げたノルヴェイド北区――ではない。

 多くの叡智が狂乱の支配下に眠る魔都アルカディミアへの取材、ですらない。

 ある読者への電撃訪問である。



 私のデスクに、四通の手紙が散らばっている。

 うち二通は、何年か前に届いたファンレターだ。差出人の住所も、到着時期も離れた二通。

 片方の差出人の名をアスカルと言い、もう片方の差出人の名をルレアと言った。

 どちらも『探偵騎士シャルロック』が面白かったという感想が書き綴られた、有り難くも在り来りなファンレターである。


 もう二通は、まさに先週届いた手紙である。

 片方の差出人の名をアスカルと言い、もう片方の差出人の名をルレアと言った。

 双方とも同じ時期に到着し、住所に至っては、部屋が隣同士である。

 そして二人揃って、あの『異界紀行』の感想を書いてくれていた。



「ハハハハハハ――!」

 恐ろしいほどに芳醇な物語の気配があった。

 それは私が追い求めていた『その世界』とは一切関係のない物語である。だが実のところ、これこそが私が何より追い求めていたものではないかと妄想している。

 だってそうだろう。目も覆いたくなるような盗作駄作を世に吐き出し続けた結果、かつてまったく関係のなかった二人が、奇跡的に隣り合い、同時に手紙を送ってきたのだ。

 これこそは私が、本当の意味でこの世界に生み出した物語であろう。

 これ以上に興味を唆られる物語があるか?



「アーサー先生~ファンレター嬉しそうですねえ」

「違う!」


 勘違いするメイドをしっかりと否定し、彼女の用意した旅行鞄を手に取った。

(ディ・セクタム区17章13節連棟住宅――)

 その住所をしっかりと手帳に記し、私は顔を上げる。


「でもお、ファンの人に直接会ったりして、良いんですかねえ~……」

「雑誌編集部の許可は得ている!」

「そうじゃあなくて……失望されませんかねえ?」


「何だと?」

 ぐるりと首を巡らせ、メイドを睨む。

「失望?」

「だってね~アーサー先生、作品に比べてものすごく波があるっていうか……ワトスン従士さんのイメージともかけ離れてますしぃ」

「ワト『ソ』ンだ。いつまでも訛りおって」

 探偵騎士シャルロックシリーズは、ホームズ探偵に比べて常識的で社会的な人物であるワトソン従士の著作というていで執筆されている。原典であるシャーロック・ホームズに則った形式だ。

 そんなものだから、しばしば作者の私のこともワトソン卿のように穏やかで人格者であると誤解した人からコンタクトを受け、一方的に失望されることも多い。


「大体、相手の期待に自分の存在が沿っているかを思い悩むなんて、馬鹿げた話だ」

 私は断ずる。

「私は私だよ。生まれた時からこうだったとは言わないが、生まれた時からの積み重ねが今だ。それは相手も同じ。積み重ねてきたもの同士、対等の関係だろ?」

「だから相手がどう思うかなんて気にしないんですかぁ?」

「そうだ! あれこれ気にして、何かを変えたり改めたりするのなんて、それはもう勝負に負けるようなものじゃないか?」

「その結果として、相手に好きになってもらったとしてもですか?」

「当たり前だろ。好き嫌いのために人格を変えるなんて……つまらん惰弱な人生だよ」

「過激ですねえ~」



 鞄を担ぎ、私は邸宅のドアに手をかけた。

「さあ……とくと語ってもらうぞ。私の物語が、君たちにどんな事件を引き起こしたのかを」

 今から口角が吊り上がって止まらない。

「君たちの……ノルヴェイドの二人の物語を……聞き出してやる! そんなの、絶対に絶対に……面白いに決まっているからな……!!」

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北の都の二人の、巡り会いと決闘について / ノルヴェイド事件録 浴川 九馬 @9ma

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