第77話 エピローグ

 デブラ事件から数週間後、催眠によって昏睡状態にあったクリスタルフロストの女王も復活。

 議員に権力が傾いていた政治も、騎士と女王にそれぞれ発言権が戻り、ちゃんとした政治機能が回復。

 いや、正確にはデブラに加担していた男騎士と議員数名が処罰されたので、政治の天秤は女性騎士側が有利になったかもしれない。

これを機に、デブラが作った無茶な法律を全部見直してもらいたい。


 クリスタルフロストの混乱はおさまりつつあるのに、俺達はまだ監獄に留まっていた。

 なぜかというと、レイさんが冤罪で捕まった囚人と、本当の犯罪で捕まった囚人を再度精査しており、それにかなり時間がかかっている。

 ただ側近のロゼリアさん曰く、かなり甘めに精査しており殺人などの重犯罪者でない限りは、釈放が認められているとのこと。

 また冤罪で捕まった人間に関しては、捕らえられた年数分の補償が支払われるとか。

 のんびりレイさんの仕事が終わるまで待っている俺の日課は、釈放されて監獄島をあとにする囚人を眺めることだった。

 今日はその中に、世話になった男の姿があった。


「よぉラッキー」

「おぉ雪村」


 パッと見は中学生くらいに見えるエルフ族の男は、少ない荷物を持って今日釈放された囚人たちと共にボートを待っていた。


「補償金貰えたのか?」

「あぁ結構良い額だ。ただこれを貰ったところで、失った時間は返ってこないけどな」

「確かに」

「まぁオレは寿命が長いエルフだから、数年程度別になんともないけど」

「これからどこ行くんだ?」

「一旦実家のツリー村に帰るわ。この数年で何か起きてるかもしれないし」

「なるほど」

「雪村、お前には感謝してる。お前がいなかったら、オレはまだあの汚い牢の中で暮らしてたと思う」

「良いってことよ、今度美女エルフを2,3人紹介してくれれば」

「オレが紹介する美女は全員熟女だぞ。しかもわりとジュクジュクの」

「初老に片足突っ込んだ中年趣味だったな……。お前目線でまだ熟れてないくらいで頼む」


 ラッキーは苦笑うと「了解」と頷く。


「あぁそうだ、封印されたヴァルキリーの情報って持ってないか? 俺達ヴァルキリーを助けて回ってるんだけど、何人か位置すらわからない人がいて」

「ん~この周辺だと、南部砂漠と東部の闇村に一人ずついるって噂を聞いたことがあるな」

「ふむ」


 南部砂漠はこちらも把握していたが、奴隷商の縄張りになっているので迂闊に手を出せない。東部の闇村の話は知らないな。

 ママたちと次の行き先を検討しよう。

 彼と話をしていると、お迎えのボートが到着した。


「じゃあな」

「おう、故郷がなくなってたらトンパ村来いよ」

「不吉なこと言うなよ。お前こそ、何かあったらツリー村に来いよ。歓迎するぜ」


 ラッキーと抱き合った後、彼はボートに乗り込む。

 小さな船はゆっくりと監獄島を離れていく。

 一緒にいたのは数日だけど、夏休みだけ一緒にいられる友達が帰ってしまったような寂しさを感じる。


「しかし、囚人もだいぶ少なくなってきたと思うけど」


 マルコ、ガイアコンビの姿をまだ見ていない。

 あいつらは冤罪ではなく、凍氷剣を盗もうとした罪で捕まった。

 それ以外にも、他囚人への暴行、ロゼリアさんを焼き殺そうとした、トンパ村への放火の罪がある。他にも勇者の名を騙って、詐欺まがいのことを何度も繰り返している。

 クリスタルフロストの外での事まで裁かれるのかはわからないが、一体どのような刑罰が下るのか。


「甘めに再審されてるって話だけど、無罪ってことはないよね?」


 まぁ俺としては3年くらい監獄に入って、根性叩き直してもらうのがいいんじゃないだろうか。


「ふざけんじゃねぇ!」

「不当裁判なんだな!」


 おや、この声はと思い振り返ると手枷をつけられたマルコとガイアが、仮面姿のレイさんの手で独房へと連れて行かれている最中だった。


「懲役20年ってなんだよ!? 重すぎるだろ!」

「おれたち出てきたらおっさんなんだな」

「更生施設に3年入ってから懲役が開始される。正確には23年だ」

「「はぁ!?」」

「お前たちは特別時間をかけて再審を行った。この判決で間違いない」

「あんたオレの母親だろ! 母が子供を裁くのか!?」

「罪に対して血縁などという言葉は無意味だ。私は親だろうが、子供だろうが罪を犯せば裁く。むしろ血縁だからこそ、より正確に裁く」

「助けてよママ、オレ牢屋になんか入りたくないよ」


 さすがマルコ、恥も外聞もなく泣き落としに入ってるな。


「もうしません、悪いことなんかなにもしません!」

「勇者の子供をムショに閉じ込めるなんて、世界的損失なんだな!」

「貴様らは今の年齢になるまで何もしてこず、生活費は違法植物の移送など、闇の商人の手伝いをして工面。育ちの村であるトンパ村でも聞き込みを行ったが、お前たちを養護する人間は一人もいなかった。それどころか放火によって出禁になったという話だ」

「う、ぐ……」

「またお前は攻撃性が強く、特に雪村への嫉妬心から、何度も冗談では済まない危害を加えている。他者に責任転嫁し、同情を引こうとする姿から反省の色は見られない。以上のことから、お前に減刑の要素はない」

「…………」

「母親への愛に飢えさせ、歪んだ子に育ってしまったのは私の責任でもある。すまないな我が息子」

「ふざけんな! テメェを親なんて思ってねぇよ! 息子なんて二度と呼ぶんじゃねぇクソアマ!」


 マルコは泣き落としが通じないとわかると豹変し、レイさんに罵詈雑言を浴びせる。


「今まで凍ってたくせに、母親ヅラすんじゃねぇキメぇんだよ! 自分の子を監獄にぶち込むとか悪魔かよ!」

「……お前が望むならば、親子の縁を切って構わない」

「当たり前だろうが、最初からオレはお前を親と認めてねぇって何度も言わせんな!」


 仮面をつけたレイさんは無表情を崩さない。

 彼女は吠え続けるマルコとガイアを、別の騎士に引き渡すと、遠目で眺めている俺に気づいた。

 俺は話すチャンスかなと思い彼女に近づく。


「あの……」

「ユキムラか」

「執行官ってつらい役職ですね。肉親だろうと裁かなければいけない」

「誰かがその役を担わなくてはならない」

「でも、15年以上封印されていたんですから、誰かにその役を任せてもいいんじゃないでしょうか。他のママも正式な勇者としては引退していますし」

「…………」

「その仮面をつけてるときは、無理に自分を押し殺しているように見えます。俺は、それを外してママに戻ってほしいです……」


 レイさんはマスカレイドマスクのような、金属製の仮面に手をかける。

 あの仮面は恐らく執行官として、レイさんという個を消すためのもの。

 正直この仮面をつけ続け、執行官として家族や仲間にすら肩入れできない、究極の中立で生き続けるのはあまりにも辛い。

 もはやそれは自分の子供ですら愛せない仮面の呪いである。

 多分この仮面を外せるのは、俺だけじゃないかという気もしている。


「レイさん、お願いです。執行官辞めて、俺と暮らして下さい」

「…………」

「貴女が本当の母かはわかりません、もしかしたら他人かもしれませんが本物の可能性もあります。俺はこれからもヴァルキリーを解放しながら真の母を探しますが、きっとピンチになったり道を誤ったりすると思います。そのとき貴女に母として正してもらいたいです」

「…………」

「偽物かもしれませんが、俺はあなたのことを本当の母だと思って接します。なので貴女にも、息子と思ってもらえると……嬉しいです」

「……偽物などと二度言うな」


 レイさんは、仮面に手をかけるとゆっくりと外す。

 凛々しい切れ長の瞳が露わになり、ほんの少し、ほんの少しだけ優しい笑みを浮かべる。


「私も、お前を愛したい」

「はい」

「マルコは失ったが……お前は失いたくない。お前は私の子だ。母として失格な私が、お前を愛することを許してくれるか?」

「……はい」


 彼女は両手を広げると、俺を抱きしめた。



 その後、レイさんはクリスタルフロスト女王に、執行官から母になると理由を告げ執行官を退任。

 クリスタル騎士団からも退くことになったが、聖騎士の称号はそのままということになった。

 また彼女の後任は、レイさんが封印されていたとき騎士団長代行を務めていた、ロレッタという方が引き継ぐことになった。



「ほーん、ここがトンパ村か」


 レイさんとビーフを加えた俺達は、極寒の雪国から久々に緑豊かなトンパ村へと帰ってきていた。


「なぁユキムラ、菓子折りとか持ってった方がええんか?」

「村長に渡すなら、ギャルのパンツ詰め合わせがいいかな」

「ほー、ええ趣味してる村長やな」


 ソワソワと新天地に落ち着かない様子のビーフ。

 村に到着し、車を下りて村長に挨拶しにいこうと思ったが、村長の方からこちらへと駆けてきた。


「おーい雪村ー大変じゃー!」

「どうしたんですか村長?」

「ボインの騎士達が、ここに駐屯地を作る言うとるんじゃ」


 ボインの騎士とな?

 すると、クリスタル騎士団の紋章が描かれた仮設テントから二人の女性が顔を出す。

 それは赤の騎士ロゼリアさんと、黒の騎士ベアトリクスさん。


「あれ、お二人共なぜここに?」

「ユーキひどい、わたしたち置いていって」

「全くです。レイ姉様は連れていったのに。我々は既に仲間だと思っていましたよ」


 二人の姉は、なぜここにいるのか事情を説明してくれる。


「フロスト女王は、デブラが魔王軍と接触があったと認定。魔王軍と独自に戦うヴァルキリーに、騎士団の一部を預けることを議会に提案、それが可決されました」

「レイ姉様が移り住むトンパ村に、クリスタル騎士団の駐屯地が設営されることになった」

「300名ほどですが、我らはあなた達ヴァルキリーと次世代の勇者の命に従います」


 ロゼリアさんは次世代の勇者と言うとき、俺の方をチラリと見た。

 ようはこの騎士たち使って、頑張って魔王軍と戦ってくれと、フロスト女王に頼まれたってことだろう。


「というわけです、村長。良いですか?」

「ワシはムチムチボインが増えるのに文句なんかない」


 村長らしい意見である。

 監獄では散々な目にはあったものの、レイさん、ロゼリアさん、ベアトリクスさん、ビーフ、クリスタル騎士団と得られた仲間は多い。

 少し羽を休めた後、また新しいママの解放に向かうことにしよう。


「さて、これからは監獄と違い時間無制限であなたを鍛えることができますね」

「ユーキ、またわたしと近接格闘訓練やる」


 ロゼ、ベアの二人に両サイドを挟まれる。

 これ二人を置いていったこと、結構恨まれてるな。


「レイさん助けて、俺休みたい!」

「ママをつけないか。さんで呼ぶな……少し悲しくなる」


 凛々しいのにママと呼べと可愛らしく拗ねてみせるレイママ。

 その後、トンパ村全体で騎士団の歓迎会が開かれるのだった。



 マザコンVS催眠編           ――――了





―――――

お疲れ様でした。これにて監獄編は完結となります。


よろしければフォロー星など投げていただければ、次へのモチベに繋がりますのでよろしくお願い致します。

なんとか私に次の長編を書く力を下さい(笑

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ヴァルキリーマム ありんす @alince

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