耳の穴

 最近、僕の学校に転校生が来た。高校3年生の秋に来るなんて珍しいのでどんな人か興味が湧いた。


「あのー、まなと。成瀬まなとって言います。君は?」

「しずかです」


 僕と似て根暗だった。隣の席でラッキーだと思うほどの容姿をしていた。髪は腰まで長く前髪はぱっつんで目はきつねのようだ。

 しずかさんはずっと前を見てずっと無口だった。見惚れているうちにチャイムが鳴り嫌いな数学の授業が始まった。


「じゃーここは成瀬。答えてみろ」

「あ、えーと。こ、ここは...」


 僕が答えられないでいると右から視線を感じた。しずかさんに見られていると思うとますます頭が回らなくなった。


「んじゃ次えーと箭内...箭内しずか。転校初日で悪いけどここ答えられるか?」

「x=0,3です」

「はい正解。おい成瀬ここ去年やったとこだぞ」


 僕は数学がすごい苦手で簡単な問題でさえも解くのに時間がかかる。なのに簡単に答えるしずかさんを見て僕の心臓はますます早く動いた。

 次の日もその次の日も隣から視線を感じることがあった。たぶんしずかさんも僕のことを好きなのかもしれない。


 放課後、僕は勇気を振り絞り想いを伝えることにした。

 顔を見ながら言うのは恥ずかしいので前を向きながら言うことにした。

「しずかさん!言いたいことがあるんだ」

「...。」

「転校してきた時からなんだけど、ずっと君のことが好きでした!」

「...。」


 前を向いていてもしずかさんが僕を見ているのを感じる。

 僕は無言に耐えきれず隣に座っているしずかさんの方を向いた。

 しずかさんはずっと前を向いている。僕が急に見たから急いで前を見たんだと思った。

 僕は体が動かなかった。しずかさんの耳の穴から誰かが覗いていた。

 彼女が僕を見ていたんじゃない。耳の中の何かがずっと僕を見ていたのだ。

                                     

                                     完








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶恐怖 ーホラー短編集ー 浮水 雨々 @usui_ameame_1228

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ