富田ジュン子
【私、最近都内のマンションに引っ越したんです。家賃が安い割には立地もよくて部屋も一人で住むには十分広いんです。当たりを引いたと思いました。ですが、ハズレだったみたいです】
「ねぇ、前言ってたストーカーいるじゃん。そいつ最近行動がエスカレートしてきてて怖いんだよね」
「え?警察に行ったんじゃなかったっけ?」
「行ったよ。でも対応が雑でさ。帰り道変えろってさ」
「雑だねぇ。でも歩美のこと追いかけるなんてとんだ物好きだねその人」
「ぶっ飛ばすよ?」
私は事務の仕事をしているただの会社員です。いつも通り公園で同僚のアキと近くで買ったお弁当を食べていました。
「でもさ、ストーカーに家バレてるんだったら引越し考えてみたら?」
「そうだよねぇ。あ、この前アキが言ってた不動産のいとこ紹介してよ!イケメンなんでしょ?」
「あー亮ね。顔はいいけどバカにしてくるからちょっとうざいよ?」
「それはあんたがいとこだからでしょ」
「ま、言っとくよ」
4日後、私はアキのいとこが働いている不動産屋に足を運びました。
周りと比べると比較的新しいビルの3階に入っており、新車の匂いがしました。
入り口で待っているとすぐに前髪を上げたスーツ姿の男性が話しかけてきました。
「お待ちしておりました。東城歩美さんですね。話はアキから聞いてます。こちらへどうぞ」
私は爽やかな笑顔の男性に個室へと案内されました。
「私は苦竹亮と申します。事情は聞いておりますのですぐお部屋を紹介いたします。条件などありますか?」
「あ、ありがとうございます。そうですね、できれば家賃が安くてトイレとお風呂が分かれているところが良いです」
「わかりました。ちょうど今条件に合う物件が空いているので紹介させていただきますね」
亮さんは手慣れた手つきで物件の資料を私に見せるとそのまま饒舌に説明し始めました。
一通り説明をし終えると亮さんは妙なことを言い出しました。
「でも、一つだけ気をつけて欲しいことがありまして」
「気をつける?」
「はい。ここに住んだ人全員が一月ほど待たずして出ていくんです」
「それはどうして?」
「出て行った人みんな口を揃えてこう言うんです。『富田ジュン子が来た』って」
私はそれを聞いた瞬間に背中に変な汗をかいた。
数秒の静寂の後亮さんが急いで資料を閉じた。
「すみません。変なこと言っちゃって。すぐに違う部屋を紹介するので待っ...」
「ここで良いです」
「え?」
自分でも何を言ってるのか分からなかったんです。少しの好奇心が口を滑らせたのかもしれません。
後日、その部屋の鍵を借りた私はアキを連れて荷物が入った段ボールを持って中に入りました。
「へー、なかなか良い部屋じゃん」
「むしろ私一人では広すぎるくらいだよ」
「早く男作りなぁ」
「アキに言われたくないよ」
その日はアキが荷解きを手伝ってくれていました。
お礼にと出前で中華料理を頼み一緒に食事していた時でした。
コンコンと鉄の扉を叩く音が聞こえたんです。
「あれ、今誰かノックした?」
「ちょっとー怖いこと言わないでよ。今23時だよ?こんな時間に誰も来ないよ。来客だとしてもインターホンがあるんだからそっち鳴らすはずでしょ」
「まぁそうだよね。気のせいか」
「変なこと言ってるとアキの好きなエビチリ食べちゃうよ」
「あーそれはダメ!」
実は私にもノック音は聞こえていました。だけど、この前亮さんから聞いた『富田ジュン子』の話を思い出して怖くなり話を逸らしてしまいました。
(コンコン)
「え?」
「ほら、やっぱり聞こえるよ。気のせいじゃなかったんだよ。誰だろこんな時間に」
「私見てくるからアキは待ってて」
「私も行くよ」
アキには軽く話していました。富田ジュン子のこと。
私はアキの手を握りながら恐る恐る覗き口を覗きました。
「こんな夜遅くにすみません。鍵を失くしてしまい入れて欲しいんです」
私は一気に冷や汗をかきました。声は正面から聞こえているのに覗き口には誰も映っていないんです。
「アキやばい。声は聞こえるのに扉の前には誰もいないの」
「どういうこと!?」
「分かんないよ!声しか聞こ...」
(コン..コン)
(コンコン..コン.....コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン)
「なんなのよこれ!もうやめて!」
「歩美!警察呼ぼ!」
(コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン.........ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン)
「やばい。勝手に鍵が!」
「抑えて!」
(ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ)
(......。)
「なんだったの今の。」
「分かんないけどまだ抑えといた方が良い!」
急に静かになったんです。今までの騒音が嘘のように。
私とアキは安堵し力が入った手をドアノブから離し、覗き口をもう一度覗きました。
「富田ジュン子です」
後ろからヤスリのような声が聞こえてきました。
完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます