第34話 それは俺達が気にすることじゃない

「わかったよ。でも後はどうなってもしらないからな。」


 仲間たちの言葉に仕方なく覚悟を決めた俺は、頭を空っぽにして、全神経を振りかぶった刀へと集中する。

 猛烈な勢いで突進してくる怪人は追いすがる騎士達には目もくれず一直線にこちへと向かって来た。まずは、大きな槍を手にした琉三りゅうさんが、怪人の前に立ち塞がる。しかし怪人の勢いを直接正面で受け止めた琉三はその勢いを幾分殺したものの、怪人の強烈な一振りにいとも簡単にはじきとばされた。いや、というより怪人の力を利用して大袈裟に後方に飛び退いたと言ったほうが良いかもしれない。今度は飛び退いた先で鉄扇をかまえる琉大と共に二人がかりで怪人に相対する。


 俺はというと隣で毒の吹き矢を構える毒姫と共に、後方にて琉兄弟が一瞬の隙を作るのをまっていた。しかし、琉兄弟と相対した怪人は二人との戦いを避けるように再び特大の跳躍で彼らの頭上を飛び越えてしまった。そしてとうとう怪人と俺の間には何ひとつ遮るものがなくなった。


 まさに絶体絶命。もう頭上の刀を一か八か振り下ろすしかない。俺にはもうチャンスなんかを待ってる暇なんて無かった。


 しかし、隣の毒姫がそんな俺を静止する。


「待って、今は駄目よ。まず私が最後の手段を使うから。」


 なに?最後の手段……?。その言葉で俺は毒姫と始めて出会った時のことを思い出した。まさかもう一度あれをやろうと言うのか?


「今度は中和剤の手拭いは無いわ。私がこの瓶を投げたら一気に馬で逃げるわよ。」


 彼女はそう言ったかと思うと、俺の返事すら待たずに右手に持った毒の小瓶を直ぐ目の前で炸裂させた。小瓶からはみるみるうちに毒の煙がひろがっていく。哀れ怪人はジャンプの惰性で勢いよくその煙の中へと突っ込んで行く。


 俺達二人は毒の小瓶が炸裂した瞬間に、急いで近くにいた馬を捕まえて一目散に駆け出した。背後ではまさに煙幕のように毒の煙が広範囲に広がっていった。それはあの日に俺が見た光景と同じだった。


 しかし、今の俺はあの時とは違う。毒の煙を撒き散らし仲間を見捨てて自分達だけが馬で逃げているのだ。そんなこと、騎士団の中にいた今までの俺じゃぁ全く考えられなかった。でも不思議なもので、この毒姫出会ってからというもの俺は何故かそれが出来るようになってしまっている。そしてそれが何とも情けない……。

 

 しかし……あいつらは無事なんだろうか?俺は馬を走らせながらも、そればかりが気になっていた。


「気にしないで。兄貴のほにうには、いざとなったら毒を使うって言っておいたから多分うまくやってるわ。」


 俺の横に馬を並べる毒姫は俺の心を読んでいるのかもしれない……そんなことが思えるほどタイミングよく話を切り出した彼女のカンの良さに俺はただ感心する。


「姫はすごいな……今、ちょうどそのことを考えてた。」

 

「凄い?そうかしら……?あんたなら気にしてるだろうなと思っただけよ。」


「じゃぁ、他の騎士達は?」


「それは知らないわ。」


 彼女らしい言葉だった。彼女は自分の大事なものとそうじゃないものを良くわかっている。


「今更どうしようも無いでしょ。それにあいつらはあんたを囮に使ったのよ。なにか有ったって私達が気にすることじゃないでしょ。」


 そう。まったく彼女の言う通りだ。それは俺達が気にすることじゃない。今の俺達にとって大事な事は自分の命と仲間たちの命……。それを再確認させてくれる彼女の言葉が今の俺にはとても心地良かった。


 しかし……事はそう簡単には進まないものだ。相手は百人の騎士でも手に負えない大太刀の怪人なのである。




「まさか、あの煙を抜けて来たって言うの?」


 先に気がついたのは毒姫だった。もちろん俺達は馬を全速力で駆けさせてあの場所から逃げている。それなのに……馬も使わず手負いの怪人が見る見る間に俺達二人に追いつこうとしていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

でっち上げの剣聖譚『千年求敗物語』〜妹を騙す為にでっち上げた物語がいつの間にか剣士達のバイブルになりました〜 鳥羽フシミ @Kin90

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ