余暇

@komeyasai

おやすみ

暗闇でぼんやりと青色に浮かび上がるLED方式のデジタル時計が、23:58から23:59に変わる。


私は毛布を頭までかぶり、きっと今までのは気のせいで、今日こそ大丈夫なはずだ。と心の中で唱える。


デジタル時計が23:59から0:00に変わり、それと同時にLEDの光が青から赤へと変わる。


インスタの一人暮らし系アカウントにあこがれて買ったLED式のデジタル時計は想像以上にまぶしく、夜間はできるだけまぶしく見えない赤色に光るように設定している。


そのおよそ5秒後、ピンポンとチャイムの音が部屋に響いた。


毛布から少し顔を出し、カメラ付きインターホンを見ると、暗闇の中でうっすらとランプが光っているのが見えた。


玄関前のインターホンが押されたことを示すオレンジ色のランプが点灯している。


1階中央玄関、オートロックのインターホンが鳴らされた場合は、黄色に点灯する。しかし、一度目のチャイムを聞いた記憶はない。


カメラ付きではあるが、カメラは1階の集合ポストのみ、各個室の扉前にはないため、訪問者の姿を見ることはできない。


よかったのか、わるかったのか、見たいような見たくないような。


ピンポーン 再びチャイムが鳴る。


最初は酔っぱらったほかの部屋の住人が部屋を押し間違えたのかと思い無視した。


2日目はちょうどお風呂に入っていたので、チャイムの音が聞こえた気がしただけだと思った。


3日目も聞こえたときは、胸騒ぎがした。


4日目で背筋が寒くなった。


時計の色が青から赤へと変わるとまもなくチャイムが鳴るため、意識しなくても、連日同時刻にインターホンが鳴らされていることは分かった。


5日目に勇気を出して、迷惑なやつの姿を確かめてやろうと、布団から出て、モニターを見たときに、集合ポストではなく、個別玄関が鳴らされていることを示すオレンジに点灯しているのに気づき、思わず小さな悲鳴が漏れた。


玄関の扉1枚隔てた先に誰かがいる。いや、1階のオートロックはどうやって潜り抜けてきたのか?なぜ毎日同じ時間なのか?インターホンが壊れてしまったのか?


6日目には、少し前に玄関ホールですれ違った3人家族のことを思い出した。


父親らしき男性と、小学校中学年くらいの男の子と、女の子だった。このマンションは一人暮らし用のため、全部屋1Kである。家族3人で住むのはかなり厳しい。


やっぱり母子家庭を比べて父子家庭は手当が薄くて大変なのかもしれないな、いや、誰かお友達を訪ねてきたのかもしれない、と適当なことを考えながら、オートロックを解除したのだった。


その夜からインターホンが鳴らされているのではないか?と思い至った。


7日目にチャイムが鳴らされたとき、確信を持った。その一家はただ玄関ホールに立っていただけで、パネルを操作する素振りも、鍵を探している素振りもなかった。


だれかがオートロックを開けてくれるのを待っていたのか?そして、私がオートロックを解除した。そうか、連れてきてしまったのか…


8日目にチャイムの音に、思わずため息をつくと、吐く息がぼんやり白く見えた。そういえば、11月下旬ではあるものの、あの時のエントランスは凍てつくように寒かった。昔観た海外ドラマでは、霊的現象が起きる前に気温が下がっていた。


20歳までに幽霊を見なければ霊感はないなんて嘘じゃんねー、とつぶやきながら、眠りに落ちた。


そして今日、9日目である。


定刻通り0:00ちょっとすぎにインターホンは鳴らされた。


規則正しい生活を送っている私にとって、決まった時間に眠りにつけないというのは、拷問にちかい。


私は、すべてがめんどくさくなり、彼らを部屋に招き入れてやろうかと、「通話」のボタンに指を置いた。


しかし、1K、実体はないにしても、プライバシーが確保されないのはしんどい。そのまま無視をしてベッドに戻った。


アラームの音で目を覚ます。インターホン問題で十分な睡眠時間を確保できないため、体が重く、ベッドから起き上がるのが大変だった。


仕事には万全の状態で臨みたい。少しでも余計なことで自分のペースを崩されるのは嫌だ。


むしゃくしゃした私は、郵便受けからとってきてそのまま床に放り投げていた、建売住宅の2色刷りのチラシの裏に、これまたその変に転がっていた蛍光ペンで殴り書きをした。


そして、出勤時、玄関扉を施錠した後にそのままガムテープでその紙を貼り付けた。


「引っ越しました」の文字を見て、自分で満足する。


その日の夜、玄関前でひそひそ話声がした後、遠ざかっていく足音が聞こえた。チャイムは鳴らなかった。「引っ越しちゃったんだって」と女の子の声が聞こえた気がした。


ものわかりのいい「何か」だったな、と感心した。


それ以降、0:00ちょっとすぎにインターホンが鳴らされることはなくなり、私の入眠が妨げられることはなくなった。


彼らが誰を訪ねていたのか、どこに行ったのか何もわからないが、私の快適な睡眠が保証されればそれで構わないのだ。


おやすみ。

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