切り裂き男の正体は、高畠貿易社長の高畠ソウジだった――――。


 そんな見出しの新聞が発行され、帝都中が騒然としてから数日。

 ホノカ達が件の出動に関する報告書をまとめて、ミロクに提出に行った時、彼から高畠の取り調べの話を聞く事が出来た。


 まずは切り裂き男として捕らえられ尋問中に死んだ男の事だ。

 彼は高畠から多額の金を貰っていたらしい。どうやら男は自分の母親の手術のために、金が必要だったようだ。


 困っていた男の話を聞いた高畠が、その金を出す代わりに、身代わりになれと言ったそうだ。男は藁にもすがる思いだったのだろう。

 まぁそれがまさか、切り裂き男の身代わりだったとは思わなかったようだが。


 そして男が承諾した時に<怪異因子>を取りつかせ、真実を話さないように脅した。

 高畠は「私の正体をばらした時の慌てぶりと言ったら! あれは滑稽でしたよ」なんて笑って話していたそうだ。

 性根が腐りきっていると、話し終えたミロクが息を吐いた。

 ちなみに捕まった高畠は隠すでもなく、ぺらぺらと色々自白しているらしい。自分のやった事を自慢するかのように、楽しそうに。

 どこまでもどうしようもない男だとホノカは思った。


「……で、その高畠ソウジな。こいつも病気で余命一年だったんだってよ」


「病気、ですか?」


「ああ。医者に診断を受けた時は、もう手の施せない状態だったそうだ」


 だから、やり残したことを成し遂げようと思ったんですよ、と高畠は話したそうだ。

 それがホノカとヒノカの事だったのだろうか。


「そんな最後の思い出みたいにされてもなぁ……」


「本当に」


 はあ、と双子は揃ってため息を吐く。

 げんなりした様子の二人を見て、ミロクとシノブは小さく笑う。

 それから、


「ま、余命が分からなきゃ、身代わりにさせたまま逃げおおすつもりだったんだろうな」


 とも言った。

 高畠は自己顕示欲もプライドも高そうな男だった。

 自分のした事を他人がやったなんて聞いて、面白いとは思わないだろう。

 逃げて、ほとぼりが冷めた頃にまた同じ凶荒を繰り返していたに違いないとミロクは言った。


「どこまでも最低な奴だよ」


「ろくでもないです」


「ああ、そうだ。だが――――これでようやく、終わらせることが出来た」


 ミロクはそう言うと、机の上に一振りの太刀を置いた。

 白色の美しい蒸気装備。双子の父親の、御桜ミハヤが使っていた<天照>だ。


「これからも、事件の痕跡を辿る事が出来た。――――あいつの死の間際の事も」


「父さん……」


「……ミロクさん、これはどうなるんですか?」


「ああ。持ち主はミハヤのままだからな。こちらで登録を変更したら、お前達に渡すよ」


 あいつの形見だからな、と言ってミロクは立ち上がる。

 どうしたんだろうと思っていると、双子の上司で保護者の彼は、おもむろに双子の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。


「わ、わ! な、何、ミロクさん!?」


「いやー、聞いたんだがよー。ウツギの前でボロボロ泣いたらしいじゃねーか、このこの~」


「誰から聞いたんですか? 後でその人にお話があります」


「ははは、内緒。ウツギじゃねぇぞ」


 そう言いながら、ミロクはその手を止めない。

 とても嬉しそうに、そしてどこか――ほんの少しだけ眩しそうに目を細めて、


「……頑張ったな、お前ら。本当に、よく頑張ったよ」


 と言った。双子はミロクを見上げる。目が少し、涙で滲んでいるように見えた。

 こんなミロクは見た事がなくて、ホノカもヒノカもあわあわと焦り、シノブへ顔を向ける。だがシノブも同じで、ハンカチで目を拭っていた。


「…………」


 言葉が出てこない。嬉しくても、こうなるんだ。

 そう思いながら双子は顔を赤くして、照れながら。


「…………うん」


 と小さな声で呟いた。



◇ ◇ ◇



 ミロク達としばらく話をした後。

 茜色に染まる帝都をゆっくり歩き、ホノカ達は桜花寮へ戻って来た。

 途中、今回の騒動の労いにケーキも買ってきた。前にミロクが買ってきてくれた、あれだ。

 今度はミロク達にも差し入れをしよう。そう思いながら二人が桜花寮の玄関扉を開けて中へ入ると、


「もー! あなた、本当に雑ですわね!」


「ああん!? うるせぇな、良い感じだったじゃねぇか!」


 ……アカシとユリカがまた喧嘩をしていた。

 この二人は本当に飽きないものである。実は仲が良いのではないだろうかとホノカは思った。


「あ、隊長! おかえりなさい!」


「おかえりなさーい!」


 呆れ顔でそれを見ていると、帰って来たホノカ達に気づいて他の隊員達が集まって来る。


「ただいま。今日は何で喧嘩をしているの?」


 ヒノカがそう聞くと、ウツギとトウノは苦笑しながら、


「実はですね……歓迎会のやり直しをしたくて」


「その飾り付けで、ちょっと始まってしまって……」


 と言った。

 双子は思わず「え?」と驚いて聞き返した。

 歓迎会のやり直しとは何だろうか。そう思っていると、スギノとセツが、


「この間の歓迎会は、結局、それっぽくないまま終わったからな」


「ほぼ自分達のせいでありますけどね。でも、だからこそ。もう一度ちゃんとやりたいって、皆で話していたのであります!」


 と教えてくれた。


「うふふ。今日はね、この間とはちょっと違うお料理なのよ」


「はい! 頑張って作りました!」


 イチコとヒビキもそう続ける。

 ホノカとヒノカはぽかんと口を開けた。

 歓迎会なんて開いてもらった事はこの間が初めてだったし、そもそも、それをもう一度だなんて。

 まるで本当に歓迎されているようで、驚きが限界値を越えたのだ。


 ああ。

 ああ、違う。

 歓迎されているようで、じゃない。

 本当に歓迎してくれているんだ。


 そう理解したら、ミロク達の時とはまた違った意味で、顔がぼんっと真っ赤になる。


「え、ええーと、あの……」


「そ、それは、どうも……」


 ヒノカが慌てて顔をそらし、ホノカも両手を頬にあてて俯く。

 その様子があまりに年相応で、先ほど喧嘩していたアカシ達も思わずと言った様子で目を丸くしていた。

 それから噴き出すように笑い出す。


「ははは。それじゃあ、食堂、行きましょうか!」

「ひゃい……」


 動揺が隠しきれず、二人揃って噛んでしまい。

 桜花寮ではしばらく、明るい笑い声が響いたのだった。



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帝都御桜怪異奇譚 石動なつめ @natsume_isurugi

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