第三十五話 『大丈夫』
それからホノカ達は白椿館に残った<怪異因子>の討伐を行った。
そうしている内に、同僚の四万十が駆けつけてきて、加勢してくれた。その彼に切り裂き男こと高畠ソウジを引き渡し、ようやく事態は収束を迎えた。
駆けつけて来た時に四万十は、
「双子ちゃん、大丈夫~!? 怪我してない!? も~、すっごいびっくりしたよ~! ほんと、大丈夫なんだよね? って、どうしたのヒノカ君。ホノカちゃんに近づくな? 大丈夫だよ、ヒノカ君にも近づくよ。え~? そうじゃないって? とりあえず飴ちゃん食べる?」
なんて、双子をとても心配してくれた。
この時四万十が着ていたのは白色の軍服ではなく私服だった。
本当に、休日なのに双子のために大急ぎで駆けつけてくれたのだろう。
優しい人だ。ありがたい事だ。
今度ちゃんとお礼をしなければいけないと、四万十と別れた後にホノカは思った。
そんなやり取りをしてから、ホノカ達は戦いの後始末を終えた。
夜が終わり、空の端から朝日が昇り始めている。
ホノカはヒノカと共に、白椿館の壁に座って背を預ける。そのままだんだんと白くなっていく空を見上げた。
「ようやく終わりましたね……」
そしてぽつりと呟く。
横目に、ヒノカが頷いたのが見えた。
「終わったねぇ。……本当に、くだらない、ろくでもない理由だった」
ヒノカは疲れを滲ませた、僅かに掠れた声でそう言った。
彼の言う通り、高畠が犯行に及んだ理由は、本当にろくでもない理由だった。
自己満足で自分勝手。ただ自分が満足するための凶行だ。
その高畠を――切り裂き男をホノカとヒノカは捕まえる事が出来た。
これは双子にとって悲願だった。父の仇である切り裂き男を自分達の手で捕まえる事が出来たのだ。
けれども。
けれども、どうしてか、ホノカの胸がもやもやしている。ヒノカもだろう、表情が優れない。
目的は果たせた。けれども、どうしてこんなにも複雑な気持ちになるのだろう。
(もっと、スッキリすると思ったんですが……)
胸に手を当てて、ホノカが考えていると、
「まー、人殺しですからね」
なんて声が聞こえた。
そちらへ顔を向けると、作業を終えたらしきウツギが、軽く手を挙げていた。
彼はそのままこちらへ歩いて来る。その顔には他の者達同様に疲れの色が見えるが、ホノカ達とは反対に穏やかな表情をしていた。
達成感、というのだろうか。そんな感じの表情だ。
その顔を見て、本来であれば自分達もこういう表情をしていて良いのでは、とホノカは思った。
「人殺しってのは、ろくでもないです。どんな理由があったって、人を殺して良い理由になりません」
「……そうですね。うん。そう、ですね」
「だよね、うん」
ウツギの言葉に、双子は揃って、こくりと頷く。
そう、そうなのだ。それはホノカ達も分かっている。
ホノカ達だって元々は、切り裂き男が何かしら高尚な理由で殺人を犯しているとは思っていなかった。理由があったとしても、ただの屑だと考えていたのだ。
ただ――その理由がホノカ達の想像以上にろくでもなかった事には、少し驚いている。
だからたぶん、高畠が犯行に及んだ理由についてが、この胸のもやもやの原因ではないのだ。
ならばこれは一体何なのだろう。
ホノカ、うーん、と軽く首を傾げると、ウツギが小さく笑いながら、その指で自分の頬をかいた。
「……実はね、俺、さっきホノカ隊長があいつに銃口を向けた時、撃ってしまうんじゃないかって少し思ったんですよ」
「……え?」
「目がね、そういう目をしていました。ヒノカ隊長も、高畠を斬った時に同じ目をしていたんですよ」
ウツギの言葉に、ホノカとヒノカは目を見開いた。
確かに――確かに一瞬、ホノカは思った。
あの時、高畠に銃口を向けた時、引き金を引けばこいつを殺せると思った。
恐らくヒノカも、高畠に斬りかかった時、致命傷を負わせていたら、と考えたのだろう。
だけれどそれは本当に一瞬だ。思ったけれど実行できなかった。しなかった。
それをまさかウツギに見抜かれているとは思わなかった。
二人揃って顔色が変わる。それをウツギに見せたくなくて、思わず顔を伏せた。
心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。痛いほどに。
(彼らには殺すなと言っておいて、私は――――)
額から汗が流れ落ちる。動揺で吐き気もしてきた。
――――しかし。
ウツギはそんな双子の様子をよそに、明るい声で、
「だから俺、よく我慢したなって思ったんですよ」
と続けた。
え、と思って、双子は同時に顔を上げる。
するとウツギが優しい眼差しを向けてくれている事に気が付いた。
「ホノカ隊長も、ヒノカ隊長も、あいつを殺してやりたかったでしょう。俺だってそう思います。あいつはミハヤさんの仇だ。……でもね、それをよく、我慢してくれたなって思ったんです」
「…………」
その言葉に、ストン、と腑に落ちた。
ああ、とホノカは心の中で呟いた。
そうか、とも。
ホノカの胸に広がるもやもやは、決して、高畠の理由がくだらないものだった事に対してじゃない。
これは、あの時あの場で――高畠を撃たなかった事を、その選択をした事を、無意識に後悔していたのだ。
「…………」
それを理解した途端に、ホノカの目から涙がぽろりと零れ落ちた。
ヒノカもだ。
双子は呆然とした顔で、ぽろぽろと大粒の涙を零している。
それを見てウツギが「え!?」と焦り出した。
彼は大慌てで双子の前にしゃがみこんで、わたわたとホノカ達の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫ですか、お二人共!? どこか痛いですか!? それとも苦しいですか!?」
「い、いえ、あの」
「ちが……」
そうじゃない、と否定しようとしたが、上手く言葉が出てこない。
涙が後から後から流れてきて、話をするどころではなくなってしまったのだ。
だけど、泣き声を出すわけにはいかない。この場でだけは出すわけにはいかないのだ。
だから双子が必死で嗚咽を堪えていると、少しして、ウツギがおずおずと双子の頭を撫で始めた。
「だ、大丈夫ですよ! ほら、えーと、ね! 大丈夫!」
何が大丈夫なのか分からないが、ウツギはそう声をかけ続けてくれる。
その声は慌てていて、困っていて――それ以上に温かくて優しかった。
――――大丈夫。ほら、大丈夫だよ、ホノカ、ヒノカ。
その時ふと、頭の中に父との思い出が浮かび上がった。
双子が泣いていると、父もこうして頭を撫でてくれていたのだ。
喧嘩をした時。
転んでひざを擦りむいた時。
寂しくなった時。
いつだって父はホノカとヒノカの頭を優しく撫でてくれていた。
「とう、さん……」
思わずそう言葉が漏れた。
ウツギは目を見開いたが、そのまま何も言わない。
ただ優しい笑顔を浮かべたまま、
「大丈夫、大丈夫」
と、双子が泣き止むまで傍にいてくれた。
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