Fine. ペテロは誰にも何も告げずに

***


 ペテロは誰にも何も告げずに、明け方自身の僧房へと帰って来た。手には僅かな黒い塊を持っている。ほんの数時間前には、人の形を持っていた塊だ。


 間違えたと思った。

 ペテロは、選択を間違えたのだ。


 聖バシリオ精神病棟での異変は、修道士たちの変死は、ルカレッリ医師によるものではなかった。彼もまた、それに囚われた者のひとりに過ぎなかったのだ。


 鏡を見てわかった。今、ペテロはタダイ修道士やトマゾ修道士と同じものを見ている。鏡に映る彼の顔は黒く塗り潰され、目や口だけがぽっかりと、赤い洞を空けていた。

 同じものに憑りつかれたからこそ、理解できる。三人を――否、イサベルを、トビアを、アダンを、エーネロを、ジャコモを、そしてアダルジーザを追い詰めた犯人。それは、他ならぬ「罪悪感」というものではないのか。


『人間の内から湧き出すありとあらゆる感情が人々を揺さぶり、破滅の道へと振り落とす』


 シモーネ修道司祭に言われた言葉が、今になってありありと蘇っていた。

 ルカレッリは母の死に対して。トマゾは自身の生い立ちと、トビアの死に対する後悔。タダイの事情は知らないが、噂では彼の厳しい追及が若い修練士を死に追い遣ったことがあると聞く。皆が皆、何かしらの罪を抱えて生きていた。


 この病棟には何か、罪と向き合わせるものがいる。それをフレド神父は「悪しきもの」と呼び、トマゾは「悪魔」と呼んだのだろう。しかし、それはきっと意思のあるものではない。ただそこに居続ける、そんなものであるような気がしていた。


 それでは、リリィとはなんだったのであろうか?

 トマゾを導き、ペテロの命を救ってくれたリリィ。無垢で無邪気なあの少女は、きっと救済そのものだったのだ。


 おそらくリリィは二度と自分の前に姿を見せてはくれないだろう、とペテロは半ば悟っている。トマゾがそうだったように。彼は最期が近づいたあの時から、自身の救済を諦めていた。自分は救われてはならない身なのだと確信していた。彼がそう信じたその瞬間から、救済リリィは彼の前から姿を消してしまったのである。


 けれども、それがわかったからと言って、ペテロにはやはり自分が救済される道は見えなかった。自分を赦してしまうには、この罪は重すぎる。


 嗚呼。

 ペテロは、罪の意識に苛まれている。



fine.

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Memento Furor -聖バシリオ精神病棟慰問日誌- 祇光瞭咲 @zzzzZz

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