おまけ『寝顔のひととき』
新生アラステアに結界を張り、意識を失ったアリアをベッドに寝かせれば、ヴォルフガングが壁にもたれかかった。
「我が見ている」
アリアの傍についているから、心配はいらないとアシュレイに言い、人払いをしようとしたのだが、アシュレイはベッドの傍から離れない。
「目を覚ますのか?」
静かな寝息は聞こえるが、ここまで運ぶ間も全く反応がなかったことが、アシュレイを不安にさせる。
「魔力消失の反動だ、問題ない」
「消失だと、それは」
「心配はいらぬ。休めば戻る」
魔力を失ったわけではないと、ヴォルフガングから説明を受ければ、アシュレイはほっと息を吐く。
「頭を下げても足りない」
アリアの手を握りしめて、2つの国を救ってくれた礼はどれほど大きいか図りきれないと、静かに頭を下げる。
結界により、数百万の人々が救われた。全てアリアとヴォルフガングのおかげだと、アシュレイは二人には感謝してもしきれないと、奥歯を噛みしめる。
「気に病むことなどない」
「しかしっ」
「睡眠不足と変わらぬ」
「ヴォルフガング殿……」
疲労と睡眠不足で眠っているに過ぎず、すぐに元気になるとヴォルフガングは言うが、本当に目を覚ますかどうかは分からない。
このままアリアが目を覚まさなかったらと、アシュレイは見えない恐怖に背筋が冷たくなる。
声が聞きたい、その瞳に自分を映して欲しい、手放したくない……
「アリアを好いておるのか?」
いつまでも手を離さないアシュレイに、ヴォルフガングが素直にそれを聞く。
「俺を王太子扱いしなかった女性はアリアだけだ」
「それは失礼した。我が娘に代わり、我が詫びる」
王太子殿下に失礼な言動をしたであろうアリアに代わり、ヴォルフガングが静かに頭を下げれば、アシュレイは感謝するのはこちらだと言い返した。
王族に対して無礼な態度をとっただろうアリアが、なぜ感謝される? と、ヴォルフガングは眉を寄せたが、アシュレイは優しく微笑みながらアリアを見つめる。
「嘘をつかれても、怒りに支配されることはなかった」
アリアに断られても、逃げられてもなぜか憎悪抱くことがなかったとアシュレイは、思い返す。
こちらの思惑もあったが、どこかで楽しんでいたようにも思い出された。
「顔色をうかがい、機嫌をとり、あわよくば国と繋がりたいと、権力を手にしようと企む者ばかりだ」
「人間とは欲深い生き物だ。仕方あるまい」
「だが、アリアは違った」
アシュレイは、ギュッと手を握ったままヴォルフガングを見る。
「魔力か?」
人ならざる魔力を有していることかと、問えば、アシュレイは首を左右に振った。
「アリアは、魔力を隠そうとしていた」
「隠す? なぜだ?」
「俺にも分からないが、魔法が使えないフリをしていた」
『生まれてくる子には、普通に生活して欲しいの』
そう言えば、マリアがそんなことを口にしていたことを思い出す。
どれほどの魔力量を持って生まれてくるかは分からないけど、利用されたりしないようにしたいと願っていた。
つまりアリアは、自分で利用されないようにしていたということなのだろうと、ヴォルフガングは娘は賢いと、ますます愛おしくなる。
「俺は、初めて人と接した気がした」
言いなりにならず、反論し、俺の指示に従わない。あれほどの魔力があれば、力で物を言わせることだって叶う。だが、アリアはそれをしなかった。
「ふっ、……ふふ……」
数々のシーンが思い出され、アシュレイは思わず笑みを吹き出す。
「アシュ?」
「可愛いと思ったのは、アリアが初めてだ」
嬉しそうに微笑んだアシュレイに、ヴォルフガングは少しだけ顔を赤くして、
「当然だ。我が娘は世界で一番可愛い」
と、言い切る。
そんなヴォルフガングに、アシュレイはゆっくりと立ち上がると、片膝を床につき、片手をそっと胸に。
「貴殿の愛しき娘を、どうか俺に託していただきたい」
「それは、嫁にということか?」
「必ずや幸せに」
まるで誓いをたてるようにアシュレイは、そっと頭を下げる。
「100年は帰らぬぞ」
「それは?」
「厄介な付録がつくと言った」
せっかく降りてきたからには、ヴォルフガングは100年ほどはねぐらに帰るつもりはないと、話す。
つまり、アリアと結婚すれば、もれなくヴォルフガングがついてくるということ。
それを聞き、アシュレイはなぜか笑った。
「アリアを一人にしなくて済むのは、ありがたい申し出」
アラステア国に留まってくれるというのなら、むしろ感謝したいとさらに頭を下げた。
片付けなければならないことが山積み状態であり、きっと長くアリアを一人にしてしまう。ヴォルフガングが側にいれば、危険に晒されることもなく、淋しくもないだろうと考えたのだ。
「我を利用できるとは思わぬのか?」
「然るべきときは、協力を頼みたい。しかし、恐怖や権力で国を変えることはしたくない」
アシュレイは、ドラゴンを従えた国として名を広めたくはないと口にした。
ヴォルフガングがドラゴンであることは、一部の人間しか知らぬこと、世に広めるつもりはなく、人の姿を保てるのであれば、このままここで暮らしてほしいとさえ言う。
「欲がない」
ドラゴンがいる。それだけで何かを仕掛けてくる愚か者は一掃でき、アラステア国に逆らうものなどいなくなるというのに、アシュレイはそれを望まない。
利用されるつもりなどないが、アシュレイのそういうところが良いと受け、ヴォルフガングは床に膝をつくアシュレイと目線が合うようにしゃがみ込む。
「娘を泣かせば、国が滅ぶぞ」
灼熱の色を含む瞳が、嘘ではないと語る。
人ならざるその輝きに、アシュレイの喉が鳴る。
「誓って、悲しませない」
「ならば、我には何を差し出す」
ヴォルフガングから娘のアリアを貰い受ける代償と問われ、アシュレイは少し驚いたように目を開いたが、答えは一つしか出てこなかった。
「菓子だ」
「ぶはぁっ、ハハハ……、それはよい。菓子は好物だ」
腹を抱える勢いで笑い出したヴォルフガングは、大好物の菓子を毎日食べられると、上機嫌で二人の結婚を認めた。
おしまい
最強魔力を隠したら、国外追放されて、隣国の王太子に求婚されたのですが、隠居生活を望むので、お断りします! 砂月かの @kano516
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