おまけ『ただのメイドじゃない?!』

夜会、それは交流や意見交換を目的とし、アラステア国では定期的に行われていた。

もちろん男女の出会いの場としても利用されていた。

そして今宵も……


「あのメイド、アシュレイ王太子殿下に声を掛けられるなんて、一体何をしたの?!」

「ただのメイドの分際で、王太子殿下を独り占めするなんてっ」

「きっと、失態を犯して叱咤されているのよ」


会場から聞こえてくる令嬢たちの声と、視線が物凄く痛い。

アシュレイから夜会に参加するようにと言われ、私はメイド服を借りて参加したんだけど、それを見つけたアシュレイが、壁際まで腕を引いて引っ張ってきた。


「なぜメイド服なんだ」

「なぜと言われましても、私は令嬢ではありませんので」

「ドレスが用意してあっただろう?」


コソコソと会話する私とアシュレイ。


「ええっ? まさかあのピンクのドレスって、私に?」


それは綺麗な箱に入った淡いピンクのドレス。どう考えても自分には似合わないし、まさかアシュレイが贈ってくれたなんて、知る由もなかったから、こっそりエントランスに置きに行ったのは、1時間ほど前。

ついでに夜会の身支度にきたといった侍女たちに、ドレスを持っていないからメイド服を貸してほしいと言ったのも1時間ほど前。

メイドとして会場に行くように言われたと説明したら、快く貸してくれたわ。


「アリアの髪に揃えたドレスだったんだが……」


(ああ、それであのピンクだったのね)


てっきりお届け先を間違えているのだと思って、人目に付きそうなエントランスにそっと置いてきたけど。


「……申し訳ありません」

「今すぐ着替えてこれるか?」

「大変申し上げにくいのですが、エントランスに放置しました」


まさかの放置。さすがのアシュレイも開いた口が塞がらないご様子。確かに部屋の入口に置きっぱなしにしてしまった自分にも非はあるが、まさかそれをわざわざエントランスに置きに行くとまでは考えなかったと、アシュレイは額を押さえた。




「ズルいですわッ」

「そうよ、わたくしのもお食べになって」

「ちょっとぉ、私が先よ」


広間の片隅で揉めていたら、どこからともなく女性たちの揉めている声が響いてきた。

何事かとアシュレイとアリアが視線を向ければ、そこには綺麗な令嬢に囲まれた男性が一人。


「そう急かすな、俺様は逃げん」


椅子に座ったヴォルフガングが、女性たちに落ち着けと口にしていた。

アリア同様に夜会の衣装を贈られていたヴォルフガングは、きっちりとそれを着こなしており、元々凛々しい容姿をしていたのも重なり、鮮やかな髪色と宝石のように輝く瞳が、人々を惹きつけていた。


「こちらのお菓子は、ジャムを挟んだパイですわ」

「触感がよいな、ふむ、美味い」

「まあ、パイがお好きなの? でしたら今度わたくしがお好きなジャムでお作りしますわ」

「それは誠か? では大きなパイを頼む」


茶褐色の髪の令嬢からパイを食べさせてもらったヴォルフガングは、このサイズでは満足できないと要望を口にすれば、令嬢は頬を赤く染めて、「もちろんですわ」と、返事を返す。

それを面白く思わない他の令嬢たちも身を乗り出す。


「私はクッキー作りが得意なのよ」

「おお、クッキーも大好物だ」

「それではケーキはいかが?」

「ケーキもよい、甘い菓子はいくらあってもよい」


次々に手作りの菓子を用意すると言われ、ヴォルフガングは満足そうに笑みを浮かべながら、令嬢たちの差し出す菓子をパクパクと食べる。

いや、食べさせてもらっている。




ダン、ダンダン、ダン……


思いっきり鼻の下を伸ばして、女性たちに囲まれていたヴォルフガングの元に、アリアが向かう。


「何をしているの?」


父親が女性たちからお菓子を食べさせてもらってる光景なんか、絶対見たくなくて、鬼の形相で目の前に行けば、ヴォルフガングの額に汗が浮かぶ。


「こ、これはだな……」

「言い訳なら、あっちで聞くわ」


自然と引き攣る口元を震わせながら、私はヴォルフガングの耳を引っ張って、椅子から立ち上がらせる。


「痛っ、悪気はないぞ」

「そうね、悪意があったら許さないわ」


すると、


「なんなのこのメイドっ、ヴォルフ様を離しなさい」

「メイドの分際で、こんなことしていいと思っているの!」

「あなたが出て行きなさいっ」


次々に責める声がするが、私は怖いくらいの笑顔を作ると令嬢たちを振り返る。


「ヴォルフガングは私の父ですのでっ!」


はっきりと言い切って、私は耳を引っ張ってアシュレイの元まで歩く。

この時、怒りに任せて完全に選択を間違えていた。

そう、広間を出る。それが正解だったのに、なぜか先ほどまで揉めていたアシュレイの元へと戻ってしまったのだ。

つまり、左にアシュレイ、右にヴォルフガング。



「あのメイド、何様のつもりなの?!」

「ヴォルフ様の娘だなんて、絶対嘘よ」

「アシュレイ王太子殿下とどういう関係なの?!」

「随分図々しいメイドね、クビにしていただきましょう」

「そうね、それがいいわ。ご自分の立場を弁えていただきましょう」

「誰か、あのメイドを追い出して」



当然、事情を知らない兵が私の元へとやってくる。


「王太子殿下、この不届き者を今すぐに連れ出します」


無礼者と腕を掴まれれば、アシュレイも腕を掴む。


「いや、問題ない」

「なりません。このようなメイドを庇う必要などありません」

「庇っているわけではなくてだな」


本来なら夜会でドレスに身を包んだアリアと親しくして、アリアに気があると見せつけたかったのだが、これではなんと説明していいのか、もはや分からない。

兵士になんと説明したらいいのかと、アシュレイが困惑していれば、兵士はアリアを引っ張っていこうとする。


「王太子殿下の優しさは汲みますが、この者の行動は愚行です」


明らかにメイドの立場を超えていると、兵士は容赦なくアリアの腕を持ち上げる。

無理やり腕を捩じられ、苦痛に顔を歪めたら、背後から凄まじい怒気が漂い、兵士はゆっくりと振り返ってアリアの腕を思わず離してしまった。


「貴様のような輩が、我が娘に乱暴を振るうか……」


燃えるような鋭い眼光が兵士を捉え、髪がパチッと火花を散らす。

ヒィと声が出なかっただけマシだったが、兵士は怯えたように目を泳がせる。


「娘に手を出せば、生きては返さぬ。失せろ」


掌に炎さえ浮かべて、ヴォルフガングが脅せば、兵士はアシュレイに指示を求めた。


「下がってよい。俺が話をする」


王太子殿下より指示がでて、兵士は逃げるように走り去る。


「大事ないかアリア」

「ええ、少し捻っただけだから」


怪我とかはしていないと言えば、ヴォルフガングはほっと息を吐く。


「ヴォルフガング殿、あまり怖がらせないでくれ」


ドラゴンの怒りは背筋が凍りつくとアシュレイが口にすれば、ヴォルフガングは全くもって控えめだと言い返す。

跡形もなく消し去ることなど造作もないと、さらに怖い発言までされる。

しかもだ、


「本気を出せば、アリアだって国の一つくらい簡単に消せるぞ」


と、さらに恐ろしいことさえ告げられる。


「そんなことしないわよっ」

「しかし、可能であるぞ」

「……まあ、そうかもしれないけど」


目の前で世にも恐ろしい会話をされ、アシュレイはこの親子を絶対に怒らせてはいけないと喉を鳴らした。



そ・し・て



「どうなってるの? あのメイド何者なの……」

「ヴォルフ様とアシュレイ王太子様に挟まれるなんて」

「魔女よ」

「あんな姿をしているけど、本当は化け物なのかもしれなくてよ」

「無理して若作りしている、年増の世話係ではなくて?」

「そうね、きっとお付きのおばさんなのですわ」


令嬢たちの声がグサグサと刺さりながら、私はそっと会場を抜け出す。


「夜風に当たってきます……。お二人はどうぞ楽しんでください」


最後に丁寧におじぎをして、私はメイドらしく出入り口でもしっかりと頭をさげて出て行く。

アシュレイもヴォルフガングも何か言いたそうだったけど、「すぐに戻ります」と嘘をついて、そのまま部屋へと逃げた。


(どうせ私は化け物で、見た目おばさんよっ)


しばらく一人になりたい。そう思って、私は


『シフォネ』(暗闇)


そっと闇魔法を唱えて、部屋ごと真っ暗な空間に閉じこもった。

外部からの声も音も遮断、もちろん侵入も許さない魔法は、二日間継続して、城の中はプチパニックになったみたい。

部屋から出たとき、アシュレイに思いっきり抱きしめられて、ヴォルフガングからはなぜか泣かれてしまったわ。


おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る