おまけ『憂鬱な舞踏会』

「むせ返るような香りが充満してますね」


会場の警護を任されていた第二師団ローレンは、気合の入ったご令嬢たちから漂う香りが部屋に満ちに満ちていたため、扉や窓を開けて換気をすると決め、各場所に人員を置き、厳重な警戒もすることになった。


「今夜は王太子殿下が参加するからな」

「カーティス師団長は、こちらにいてよろしいのですか?」

「本日はアレフがつく」


アシュレイ王太子は姿を見せただけで、女性たちの心を射止めるほどのイケメンだが、正装したローレンもなかなかのイケメンであり、女性たちに囲まれる。

よって、アシュレイとローレンが並ぶと会場内に混乱が生じ、今宵は体格の良いアレフが側近に選ばれたのだ。

騎士団の格好ならば、まず声をかけてくるような者はいない。警護に当たっているのを承知しており、仕事中だと分かっているからだ。


「きゃっぁ、アシュレイ王太子様よ」

「今夜も素敵だわ」

「早くお声をかけなければ……」


重厚な扉が開き、国王、王妃に続き、アシュレイ王太子も姿を見せ、令嬢たちがざわめきだす。

結婚適齢期でもあり、アシュレイ王太子が相手を探しているとの迷惑な噂が広まっているせいか、女性の集まりはすこぶる良いが、パーティの真相は、大臣の息子二人の嫁探しだ。

幼き頃より世話になっている大臣のため、アシュレイは自ら餌となり、女性参加率をあげる手助けをしているに過ぎない。

まあ、ついでに相手が見つかればそれはそれで嬉しいことだと、国王は頻繁に夜会を開催していた。


『アシュレイ王太子殿下様、ダンスのお相手をしていただけませんか?』


無数の女性たちからそう声をかけられ、アシュレイは優しげな笑みを作っては、ワンフレーズだけ踊る。

行列ができてしまっては、長くは踊れない。ダンスを所望する女性たちを無下にはできず、アシュレイは短時間だけと断りを入れ、並んだ女性たちを順番に相手していく。


「申し訳ないが、少し休息をいただきたいので、次の方で一度切らせていただきます」


丁寧に軽く頭を下げたアシュレイが、休息のあと、また続きの方の相手をするといえば、「お待ちしております」と、皆、快く休息時間を促してくれた。

ダンスを初めて1時間半……、さすがに疲れたと、アシュレイはアレフを伴って一度退出し、別室へと足を運んだ。


「何かお飲みになりますか?」


ぐったりと椅子に腰掛けたアシュレイに、アレフが声をかければ「水を、それとローレンを呼んでくれ」と、要求され、


「畏まりました。ただちに」


直角に腰を折り、アレフは足早に部屋を出た。


「今夜はきついな……」


夜会も3回目ともなると、女性たちも大胆な行動に出る。

そろそろお相手を見つける頃かと、気合も十分で、纏う香りも強くなり、唇の色も紅すぎるくらい赤く、大きく開いた胸元を見せつけてくるもの、または胸を押しつけてくるもの、必要以上に密着してくるものと、アシュレイは気分がすこぶる良くなくなっていた。


「お呼びでしょうか?」


静かに開かれた扉から見知った人物が顔を出し、アシュレイはようやく息ができたような気がした。


「堅苦しい敬語はなしだ」

「随分やつれてるな」


敬語なしと言われ、ローレンは部屋に鍵をかけ、要求されていた水を手渡す。


「ありがとう」


グラスいっぱいに注がれていた水を半分ほど飲んだアシュレイは、生き返ると顔を上げる。


「今日はもう下がったほうがいいんじゃないか?」

「いや、大丈夫だ」

「……そうは見えないけどな」


ローレンは顔色が良くないと言うが、アシュレイは少し休んだら戻ると口にする。

ダンスの相手をしていない女性たちを放って下がれば、不公平が出る。そんな些細なことで揉め事を生みたくないのだと、アシュレイはご令嬢たちのことを思っての決断をする。


「ローレン、良い香りも混じれば毒になるな」


香水と呼ばれる香りが混じりに混じって、会場内は咲き誇る花というよりは、腐った花のような香りさえ漂っていた。

だから、ローレンは会場の窓を開けるように指示を出したのだ。


「今夜、相手を決めるとの噂が流れていたから、気合十分だ」

「……勝手なことを」

「そうはいうが、本当に気になる女性はいないのか?」


令嬢という令嬢はほとんど城に足を運んだであろうし、両親の熱も凄まじく、取っ替え引っ替え娘を紹介して来ていた。

作り物の笑みをあれほどまでに披露できるアシュレイを、ローレンは「からくり人形か」と、突っ込んだほどだ。

それに、見惚れるほどに美しい女性も多かった。


「隣に置きたいとは思わない」


アシュレイは、深い溜め息とともに、うんざりだと毒を吐く。


「ちなみに、好みはあるのか?」

「自然体の女性がいい」

「自然体?」

「俺を俺として扱わない人だ」


謎掛けのような答えをもらい、ローレンは首を傾げ、アシュレイを覗き込む。


「なんだそれは?」


意味がわからないと、正直に問えば、アシュレイは再びため息を吐き出すように息を吐く。


「俺を王太子殿下として利用しない女性だ」


地位や名誉、容姿で選ぶような人は愛せないと断言した。


「難題だな」

「……だろうな」


現在そのような女性に出会えていないことを考えれば、そんな女性はいないと結論が出る。

よって、アシュレイは項垂れるように息を吐く。

言い方は悪いが、本日ダンスの相手をした女性ならば、誰でも選べるだろうとも思った。


「案外付き合ったら、馬が合う令嬢もいるかもしれない」


ローレンは、アシュレイに付き合ってみなければ分からないこともあると、助言したが、肩を落とし、ため息を返される。


「噂が独り立ちしそうだ」

「……は、はは。間違いないな」


お試しという選択をすれば、いらぬ噂が尾ひれをつけて蔓延するだろうと、アシュレイは深く息を吐きだす。

それに、取っ替え引っ替え令嬢を連れ歩けば、女癖が悪いとも言われかねない。つまり第一印象で決めなければいけないという、究極の選択しか残されておらず、アシュレイはますます肩を落とす。


「ローレン、お前が決めないか?」


自分では決められないと、話を振れば、ローレンは額を抑えて、転びそうになった。


「……ったく、伴侶を他人に託すな」

「だが、愛せる自信がない」

「ならば、政略結婚か?」


国の利益になるような相手を選ぶ、愛せないというなら、それが得策だろうとローレンが助言してやれば、アシュレイは深く息を吐き出した。


「結論だな」


結局、相手が決まらなければそうなる。

好きでもない人と生涯を共に。なんだかお先真っ暗になり、次の夜会では、少し頑張ってみようと決めた。


「世の男性からしたら、贅沢な悩みだ」


言い方は非常に悪いが、よりどりみどりの状況で、何を暗くなると、ローレンはアシュレイを睨んだ。


おしまい

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