魔法使いとテポドンと
@baltbolt
魔法使いとテポドンと
(5つの単語【魔法使い】、【テポドン】、【五月雨】、【夜】、【童話・寓話】をお題に書きました)
それはもう梅雨の時期のことでした。
昼間降り始めた雨は夜になっても降り止まず、庭のあじさいを濡らしていました。
タケシくんはリビングでおやつのプチドーナツを食べていました。
今夜はお父さんもお母さんも帰ってこない日です。
さびしいといえばさびしいけど、タケシくんは一人で過ごすのには慣れていました。
でも、こんな夜には、だれか不思議な友達が訪ねてきてくれないかなと、そんな想像にふけることはありました。
プチドーナツも食べ飽きると、タケシくんはカーテンを開けて、窓の外の景色を眺めました。
狭い庭のむこうに、住宅街の景色が広がっています。
妖精のような、何か不思議な存在が空を飛んではいないかと思って、空の方を見上げたとき、はたしてタケシくんは不思議なものを見ました。
となりの家の屋根の上です。
小柄な人影が、狼のようななにかと戦っていました。
目の錯覚かと思って、目を凝らして見てみましたが、その何かは確かにそこにいました。
タケシ君は興奮して、いそいで玄関に向かい、外に出ました。
となりの家の屋根の上を見上げます。
家の中からみるよりよく見えました。
小柄な人影は、タケシくんと同じか、少し年上ぐらいの子供のように見えました。
狼のようななにかは、その子供より大きくて、四つん這いで素早く動き回る人間のようでした。それは、その動きからしておぞましく、まるで化け物のようでした。
「頑張れ!」
タケシくんは、屋根の上の子供を応援してそう叫びました。
それが良くなかったのでしょうか。
屋根の上の子供は驚いた様子でタケシくんの方を見ました。その隙に、四つん這いの怪物がその子供を襲ったのです。重そうな体当たりが子供をふっとばしました。
「くぅっ!」
悲鳴を上げて、その子供がタケシ君の前に落ちてきました。
「大丈夫!?」
その子を心配して駆け寄るタケシくん。
「キミは……私が見えるのね」
女の子の声でした。
「え!?」
「危ない!」
女の子が叫びました。
四つん這いの怪物が、家の屋根を駆け下りてくるところでした。
女の子は立ち上がり、右手に持っていた短い杖を振りました。
空中に半透明な壁が出現し、四つん這いの怪物はその壁にドスンとぶつかりました。
顔面からその壁にぶつかった怪物は、痛みにのたうち回りました。
「攻性魔法、五月雨!」
女の子がその短い杖でスススっと宙に図形を書くと、そこから光が空に向かってほとばしり、一点で爆発を起こしました。
その爆発の中から輝く光の光点が無数に降り注ぎ、化け物の体を貫きました。化け物は動かなくなりました。
「お姉さんは……魔法使いなの?」
タケシ君は恐る恐るたずねました。お姉さんと言ったのは、その女の子の顔が自分よりだいぶ大人びて見えたからです。
「まあ……」
女の子は言葉を濁しました。
「あの化け物は……なに」
「もうすぐ、このあたりで人が死ぬの。あれは、人が死ぬその少し前に、現れるの」
「そんな化け物が……」
タケシくんはそんな化け物の話を聞いたことがありませんでした。
「しっ」
女の子が口に人差し指を当ててタケシくんを制しました。
あたりを見回すと、あちこちの地面から、じわっと、四つん這いの怪物が湧き出てくるところでした。
右を見ても、左を見ても、どの方向を見ても何匹もの怪物が出てくるところでした。
「これって……?」
タケシくんは小声でたずねます。
女の子は厳しい顔をしていました。
「人がひとり死ぬたび、その少し前に、一匹の怪物が出てくる。これだけ怪物が出てくるというのは、それだけ、沢山の人が死ぬってこと」
「そんな!? ここで!?」
「……」
女の子はうなずきました。
そのとき、ギュイン、ギュインという、人をびっくりさせるような音が響きました。
タケシくんはびっくりして自分のスマホをポケットから取り出しました。
女の子はその画面を一瞬だけ見ました。
「Jアラート……テポドン……そう」
女の子は唇を噛んでいました。
「何が起きるの? みんな死ぬの?」
タケシくんは怖くなって女の子に聞きます。
「……大丈夫よ。今ならまだ間に合う。人が死ぬ原因がなくなればいいの」
そう言ってから、女の子はタケシくんの両肩に手を置きました。
「大丈夫。この世界には怖いこともあるけど、私みたいに、みんなを守る魔法使いもいるんだから」
「どこかに、行くの?」
その女の子は答えずに、微笑んで立ち上がりました。
「またいつか会える?」
タケシくんは聞きます。
「もう会えない。でも、大丈夫だから」
女の子はそう答えて、ひときわ大きく杖を空中に振りました。
彼女の体は光を放ち始め、やがて光の奔流となって空の一点に流れていき、そして見えなくなりました。
空の彼方で小さく爆発が起きたのを、タケシくんは見たように思いました。
気がついたときには次の日の朝でした。
タケシくんはリビングのソファで寝ていたのです。
でも、なぜかタケシくんは靴をはいたままでした。
タケシくんはあの夜の出来事を、生涯忘れることはありませんでした。
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