勇者の革命
Self Secret
第1話
「さて、いよいよか…」
静かな喫茶店のカウンターでズズズズズズズズズズ…とコーヒーを啜りながら、1人の男が言う。金髪で赤い目をしており、腰には赤、青、緑の3本のナイフを差している。
「うん。久しぶりだね。会うのが楽しみだなあ。」
と向かいの店主と思しき男性が答えた。
彼は白髪で、黒い目をしている。が、とても優しそうな顔立ちで、どこか女性的にも見える。
店主の前では、撹拌棒がひとりでに白いカップの中でコーヒーとミルクをかき混ぜていた。
「兄ちゃん、税金の書類持ってきたよ。」
1人の男が、階段を降りてきた。
3人ともまだ若い。20代前半、といったところだ。
「それにしても、まさかあいつがこんなの出世するなんて、思いもしなかった…
といったら嘘になるか。あいつは8歳の時点で既に準2級程度の依頼をこなしてたからな。」
「そうそう。僕は彼女がいつかなるだろう、と予想していたよ。」
「第126代勇者の帰還か…。感慨深いね、兄ちゃん。これで15人目かな?魔王を倒した勇者は。」
店主は目の隅で黄色い液体に満たされたカップを見ていた。
彼らは某国の首都である中央1区の郊外の喫茶店にいた。
普段はまあまあ人気なのだが、時刻が午前4時という早朝なのでほとんど人がいなかった。
だが、今頃中央1区の地下の酒屋街は相当賑わっているだろうな、と店主はため息をついた。
彼の名前はテレセス。天才魔道具研究家である。
彼はもともと富豪、名門貴族の長男として生まれ、幼い頃から英才教育を受けてきたのだが、残念ながら弟の方が優秀であったため家を追い出されてしまった。
だが、彼を可哀想に思った叔父や使用人たちが援助してくれたおかげで、こうしてまあまあな大きさの喫茶店を中央1区の郊外に構え、研究しながら営業して生活することができている。
一つ言えるのは、決して彼が無能だったわけではない。実力のある子供以外は家を追い出されるのがこの世界の常識だっただけだ。彼の弟が異常にできる人間だけであり、彼自身平均より遥かに高い実力を所持している。
というか、体術、容姿、学力、ほぼ全てにおいて彼の方が弟よりも上だ。しかし、不運にもなぜか彼は魔法が使えなかったのだ。
2つ下の彼の弟ー名前はオレセールというがーは非常に強力な魔法を幾つも覚えており、そこが決め手になった。特に、「魔法干渉不可」という相手の魔法を無効化する魔法を使えるのはこの国でもオルセールだけだった。
テレセスが魔法戦で勝つためには、拳と剣で戦わなければいけない。
が、実際の魔法戦で肉弾戦に持ち込むことは容易ではない。
だから、テレセスもオルセールとの戦闘で勝てたことはほとんど無かった。
唯一テレセスが使える魔法は「仮死」。一時的に死亡することができる魔法だ。仮死状態のときあらゆるダメージを無効にするので、死にかけのピンチの時には役立つが、それ以外は一ミリも役に立てない雑魚魔法だ。
これを知った時の両親の落胆具合がテレセスは手に取るようにわかる。
「なあ兄ちゃん、コーヒー飲んでいい?」
「あ?ああ、うん。はい、砂糖。」
「俺にもくれ。今は甘いのが飲みたい。」
一方の金髪は、メルカトルという。
中央政府対魔省魔法規制室という、魔法使い同士の争いを調べたり、強力な固有魔法所持者の監視、魔王軍のスパイ魔法使いの抹殺などを取り仕切る公的組織の室長である。
魔法は「制約」という相手の魔法の効果範囲や時間を制限する魔法が得意だ。
10年くらい前、オルセールが12歳の時にちょっとした遊びでメルカトルと戦い、生まれて初めて敗北してボコボコにされた。メルカトルの「制約」がオルセールの「魔法干渉不可」より早く発動し、「魔法干渉不可」が使えなくなったからだ。やはりこういうところに日頃の鍛錬というものが出る。
「ところで…ゼリシアさんってどんな人だったんですか?」
砂糖をピンセットでつまみ、コーヒーの中に投入しているメルカトルにオルセールが聞く。
「ゼリシアは、俺の知る中で最も強い魔法使いだよ。
歴史的にみても、あそこまでの力を持ったものは稀だろう。」
ゼリシアは、メルカトルやテレセスの幼馴染の「討伐者」であり、つい先月魔王を倒した「勇者」である。
様々な凶暴な生命体が東の国、魔王の統べる国から流れ込んできて、人を殺害するのだが、その生命体を始末するのが「討伐者」という職業だ。
討伐者には7〜1級と、最高階級として「勇者」という階級が実力ごとに存在する。
「勇者」にはそれぞれ所持する固有魔法の一部からとって「〜の勇者」と異名がつけられ、東に向かい魔王討伐の任務に強制的にあたらなければいけない。
だが、単身で何千という魔族を葬り去る必要がある上、魔王が異常に強力なためこれまで数多の勇者が死亡してきた。
歴代で126名いた勇者たちのうち、15名しか魔王の討伐に成功しておらず、また成功しても
帰ってきた時に手足が満足であったものはその中でも数人しかいない。
「無事だといいんだけど…」
テレセスは、ゼリシアと最初に会った日のことを思い出していた。
彼が彼女に会ったのは、8歳の頃だった。
父親に連れられて行った貴族主催の宴会で、余興として誰の子供が一番強いかを試すことになった。後から思い出してみると、誰が勝つか金を賭けていたらしい。
そこにはメルカトルも来ていた。彼の父親は様々な貴族の護衛をする仕事人として有名だった。同い年ということもあり、メルカトルとテレセスは1、2歳の時からお互いを知っていた。
父親はテレセスを戦わせた。本当はオルセールにやらせたかっただろうが、母親が許さなかったのだろう。
彼は退屈だった。どいつもこいつも動きが単調ですぐに予想できたし、使う魔法や魔道具も大したことがないものばかりだったからだ。
おかげで彼はかすり傷一つ負わずに決勝戦まで上がった。
一応装備していた稽古用の木製槍も使うところが無かった。
(…やっと終わるのか。)
テレセスは決勝戦が始まる直前、相手を見てそう思ったのを覚えている。
そこに立っていたのは、1人の少女だった。
背は彼より少し低いくらいで、腰から片刃の剣を差していた。
服はボロボロで安っぽいが清潔で、その青白い髪は踵までつくほど長く、君が悪いほどまっすぐでサラサラだった。少し殴れば消えてしまいそうなほど儚い美少女だった。
(…どんなシャンプー使ってるんだろ)
と思うくらい余裕たっぷりで、テレセスは彼女と対峙していた。
だが、それがとんでもない勘違いであったことをすぐに知ることになる。
「始め!」
という酔っぱらいの叫びを聞いて、彼が蹴り飛ばそうとした瞬間ー
彼は口から血が飛び出るのを見た。
腹部をみると、何かが貫通していた。小さい穴が空いている。
(…攻撃魔法!?いつのまにー)
テレセスは彼女の攻撃があまりにも速すぎてみることができなかったのだ。
初めてのことに、彼はかなり動揺した。
そう呆気に取られていた約0.02秒後、前髪を少し切られた。
大きく後ろに避けたので前髪程度でなんとかなったが、もし後1秒反応が遅ければ確実に頭をスライスされていただろう。彼は防戦一方の状況に追い込まれた。
(とにかく速い、速すぎる。そういう魔法か?ならー)
ガクッとその場に崩れ落ちる。
足の膝から下を真っ二つに切断されたらしい。かろうじてくっついているが、これ以上下手に動くとちぎれるだろう。
その場にうずくまる。
彼女の剣が、視界の上端に映る。
剣の切先が額を掠めた瞬間。
彼は背中の槍を抜き取り、そのままヒュン、と風を切り縦に振った。
彼女は上に少し打ち上げられた。
空中で思い切り横に槍を振る。
彼女は大きく吹き飛ばされ、カウンターを受けた勢いのまま床に転がって行った。
テレセスは片膝を着きながら床にぐったりと倒れる彼女の様子を見る。
顎から頭にかけて顔をかち割ったつもりだったのだが…。かなりひどい出血だが、脳にそこまでダメージは無さそうだ。まあ生きているだろう。
呆然としている大人たちの方を向いて血まみれのまま無表情だった彼は、すぐに母親に頼み、再生薬をもらってきた。
足にかけ、治す。
彼女をみると、誰かの使用人が抱き抱え、どこかに連れ去っていた。
数時間後、宴会が終わり、テレセスと父は宴会場から出て、主催者の貴族の邸宅に泊まることになった。
その夜、彼は足が痛むのでなかなか眠れず、夜風にあたることにした。
メルカトルも警備で徹夜している彼の父親からの命令でまだ起きていたので、一緒に庭に出た。
そこで彼は、再び彼女に会うことになる。
彼が庭に出た時、血痕が玄関に付いていた。
そこからポツリポツリと血の跡が続いていたので、彼は気になって血痕を追いかけた。
血痕を辿っていくと、濃厚な血の匂いがして、彼は思わず顔を顰めた。
みると、庭の橋の上に、何やら誰かが倒れている。
駆け寄ると、彼女であった。
ほぼ死にかけていた。全身が血に塗れていて、足が片方なくなっていた。
慌ててポケットを探り、母親から借りっぱなしにしていた再生薬を取り出して彼女にかけた。
そしてそのまま使用人に頼んで病院につれていってもらった。
これが、彼女と2人の最初の出会いであった。
彼女は主催していた貴族の召使の子供だったらしい。
召使といえば聞こえはいいが、奴隷である。
人権などなく、ご飯もまともに与えられない劣悪な環境。彼女は虐待を受けていた。
彼女は生き残るために自らの身体能力、魔法を独りで極めたことで、超人的な強さを手に入れた。
虐待の発覚により、あの貴族は一気に地位を落とされたらしく、彼女も解放された。
しかし、金が足りないので彼女は齢7歳にして討伐者となった。それしかつける職業もなかったので、ならざるを得なかった。彼女が依頼を受けに来た時、依頼を管轄する「中央事務所」の人間は迷子相談所と間違えたんじゃないかと思ったという。
当然すぐに死ぬだろうと思われていたが、全くそんなことはなかった。
数年で7級から3級に駆け上がり、13歳の頃には単体で準2級の任務を引き継いだ。
2級になる頃には、彼女の噂はもうこの国全土に広がっていた。
貴族たちが彼女を恐れて暗殺しようとしたが、逆にテレセスの父親は彼女を保護することにした。
「お前と引き分けたあの子だろ?面白そうじゃないか。」
と父親は笑った。
こうしてゼリシアは保護下に置かれ、テレセスやメルカトルと友人となった。
最初はほとんど喋らない彼女だったが、やがて徐々に口数が増え、くだらないことでもいっぱい喋れるような仲になった。
そして16歳の頃ついに一級になり、4年前、18歳の時「崩れる勇者」の異名を与えられ、魔国へと派遣された。
ゼリシアは派遣される前日、2人にこう言った。
「もし帰ってきたら、盛大に泣いてね。」
と。
「催涙薬、持っててよかったな…」
テレセスは、オルセールから受け取った薬品を瓶に入れた。
その数時間後。中央1区、国立祭事場。
中央には豪華な装飾の椅子。
そこに1人の白髪の男性が座っている。この国の王だ。
テレセス、オルセールの両者は人々の山、山、山…の中の1人として、ただ王の前に立っている女性を見ていた。メルカトルは国王直属組織の長なので、王の側の観覧席で部下を引き連れていた。
相変わらず青白い髪を長く伸ばして、目は金色に輝いている。
腰からは剣をぶら下げていた。
「よくやった、「崩れる勇者」ゼリシアよ。」
王はゼリシアにそう声をかけた。
周囲の国民から割れるような凄まじい拍手が送られ、彼女はむすっとしたような顔で王にお辞儀をした。
その後くるり、と踵を返そうとしたが、引き返す途中でテレセスに気づいた彼女は、そこで初めてにこやかに笑って、彼に手を振った。
テレセスも手を振りかえした。
その日の夜だった。
深夜午前1時。外は凍てつくように寒い。
テレセスはまだ起きていた。
喫茶店の2階で鉄を加工していた。魔道具制作機に流し込む。鮮血のような真紅の火花が辺りを照らす。
その時、彼はふっと人の気配を感じた。一階に降りる。
全身を黒い服で纏った人間がそこに座っていた。
「やあ、久しぶり。」
その人間は口元だけで笑いかけた。
「ああ、久しぶりだな。ゼリシア。」
彼女はシュルシュルと全身の服を脱いだ。
その下から薄手の白い服が現れる。
「はー、本当に疲れた。」
「お疲れ。コーヒー飲む?」
「いらない。眠れなくなるから。」
「あ、そう。で?なんのよう?」
「いや、ちょっと様子を見にきたの。元気だった?
あと、ありがとう。あなたの開発した魔道具がなかったら、私多分死んでた。」
そう言って、彼女は着ていた服の内側から一丁の銃を取り出した。
「銃」は、テレセスが世界で最初に開発した魔道具だった。
と言ってもまだ4年前には試作品の段階だったので世界に広まってはいなかった。
「うん。メルカトルのところにも行くのか?」
「いや、行かないよ。あいつ政府官僚だから。」
「…ああ。そうか。」
ゼリシアは政府が嫌いだ。奴隷制を肯定しているからだ。虐待は禁止、と言っているが、基本誰も摘発しない。彼女はほんの少し運が良かっただけなのだ。
「これ、調べて欲しいんだ。」
彼女はそういうと、黄金色の液体の入った装飾付きの瓶を机に置いた。
「…なるほど。」
(なんかコーヒーとミルクとキャラメルを混ぜたみたいな色してるな)
彼はそんなことを考えていた。
「…なるほど。」
何がなるほどなのか、彼自身わからなかった。
「で、これを使って何をしろと?」
「どんな効果があるのか調べたいの。」
「分かった。ちょっと待ってろ。」
彼はなにやら試験管と試薬を持ってきた。
「他にもいくつかあるの。」といい、彼女はさらに腰から様々な植物や金属、宝石類を取り出した。
「あ、でもちょっと待って。それよりもやりたいことがある。」
「何?」
気がつくと、朝だった。
昨夜の記憶がぼんやりとしかない。
たしか、あの薬品の効果を調べて、魔王討伐の話をして、その後…と思い出して、彼は1人で赤面した。
黙って布団を出て、服を着る。なんだか変な感じがした。
「はあ…。確実にやばいだろ、これ。」
ゼリシアはもう次の依頼に出発したようだ。
簡単な護衛任務らしい。
机の上をみると、試験管や薬品が使われたままの状態になっていた。
なんとなくお腹をさする。
「もうちょっと寝よ…」
テレセスは、再び布団に潜った。
その4日後のことだった。
「崩れる勇者」ゼリシアの死亡が伝えられた。
「……………。」
テレセスは、黙って新聞を見つめていた。
泣かなかった。彼女を信じているからだ。
「おい、聞いたか!?兄ちゃん!」
オルセールがドアを蹴破りそうな勢いで店に駆け込んできた。
「ああ。」
「そんな…折角、折角魔王を倒したのに!
あんな簡単な任務で!」
テレセスは黙って頷いた。しかし、その時はっと急に青ざめ、
「なあ、メルカトルに一つ聞いてくれ。ーーーーーーーーーー?、と。今すぐに。」
「…は?わ、分かった…」
「ああ、なんてこと…。もしそうなら、もしそうじゃなかったら…。」
と呟いて、槍を握りしめる彼を心配しながら、店を出た。あそこまで狼狽している兄を彼は初めて見た。
2日後、ちょうど一週間後に、葬儀が行われた。
彼女の入った棺は、花と多くの人に囲まれ、多くの人の滝のような涙で濡れていた。
ほとんどの貴族、富豪、一級〜七級の討伐者たちも参列していた。
が、テレセスは参加していなかった。
(兄ちゃんのやつ、どこに行ったんだ?)
オルセールは不思議に思った。王と貴族の側で警護にあたっているメルカトルもおかしいと感じただろう。
彼女の棺の前には、様々な彼女が魔国から持ち帰ったものが置いてあった。
その中の一つに、例の瓶もあった。
(…見た目を入れ替える薬、ねえ…。兄ちゃん、研究したがりそうだな…)
何も知らないオルセールは、そう思った。
国王からのお言葉があり、対魔省大臣から追悼の言葉が送られ、「中央事務所」の所長からの追悼が行われようとした時だった。
一人の白髪の若い男性が、人々の列を離れて、国王の前の棺に近寄った。
テレセスである。
群衆の中にどよめきが走る。
言うまでもなく、無礼な行為だ。まして、それがあの「天才」テレセスともなれば、だ。
「………」
テレセスは棺を覗き込み、少し笑った。
不気味な状況だった。心底不気味な状況であった。
「おい、無礼だぞ!」
二人の護衛が彼に近寄った。
その時だった。
二人の護衛の胴体が輪切りにされ、その場に落ちた。
一瞬の静寂の後、悲鳴と絶叫が観客から上がった。
16、17名ほどの一級討伐者が彼に向かって行った。
彼は向かってきた一人目の剣を斬り飛ばすと、頭を掴み、膝に思い切りぶつけた。
その後向かってくる2人を同時に真っ二つにし、くるくると回りながらさらに3人を蹴り殺し、心臓を破裂させ、残って怯え、震えながら剣を握る者たちも走りながらまとめて首を刎ねた。
「………」
見ると、もう貴族や王は逃げてしまったらしい。
(だが、まだそんなに遠くには行ってないはずだ。)
その時、剣が彼の頬を掠めた。
「何やってんだよ!?」
息を荒げ、剣を振ったのはオルセールだった。
「何やってんだ!?兄ちゃん!?」
「この世界を、変えるんだ…。どけ、オルセール。」
「…オルセール?…………!!」
彼は黙って引き下がった。
「それでいい。」
テレセスは、すぐに走り始めた。
「…なんだ、もうやってたのか。」
ぽつり、と孤独にオルセールはつぶやいた。
護衛の兵をことごとく蹴散らし、彼は王宮に来た。
ドアを蹴破ろうとしたが、硬くて開かない。
「おい。」
後ろを向く。メルカトルだ。
「何をやってるんだ?」
「さあ?なんだろうね。まあ、彼女の遺志を継ぐってところかな。」
「王をどうする気だ?殺すのか?」
「ああ。」
「貴族も?」
「ああ。」
「そうか。じゃあ、通すわけにはいかないな。」
メルカトルは、剣を構えた。
「君で僕を止められると?」
テレセスも剣を構える。
「…ああ。ゼリシア。お前を止める。止めてみせる。」
勝負は一瞬で決するだろう、とメルカトルは思った。
でも、だからこそ負けられない。
約2週間前のことだった。
税金の中で、一部どこに使われているのか不透明な部分があった。
彼はいろいろ調べた。そしてその結果として、何千年も前に結ばれた条約のことを知った。
「魔国は貴国の危険人物を受け入れ、始末する。代わりに貴国より毎年一定金額をもらう。」
という、魔国と自国で結ばれた条約だった。
つまり、ゼリシアは「危険人物」とみなされていたのだ。
さらに調べると、歴代勇者は魔王討伐後最初の依頼で死亡しているのが分かった。
彼は衝撃を受けた。そのことをすぐにテレセスに伝えた。
(その時は大した反応を示していなかったが…。まさかこうなるとはな。
おおかたあの棺の中のゼリシア…いや、テレセスは「仮死」で生存してるんだろうが…)
「…魔王なんていなかったよ。」
ゼリシアは、メルカトルに向かってそう告げた。
「魔王城で魔王の最後の配下を倒した時、
「あの部屋に入れ、そこに魔王がいる。」
と告げられたんだ。
その部屋には何があったと思う?」
彼女は軽く空中で剣を切りながら聞いた。
メルカトルは黙ったままだった。
「鏡だよ。私は勇者なんかじゃない。私はもう、魔王になったんだ。
だからこそ、今ここで勝てない相手に挑む、勇気に満ち溢れたあなたー真に「勇者」であるあなたを殺すの。そして、貴族も王も皆殺すの!誰からも愛されず、1人だった私が!
そして解放してみせるの!全ての差別のない世界を!魔国もように!」
「君が貴族を恨んでいるのは知ってる。だが、貴族にもいいところはー」
「それはあなたがいいところしか知らないだけよ。私は悪いところをよくよく知っているわ。」
「…残念だな。心底残念だよ。僕が「真の勇者」か…」
ゼリシアは、まっすぐにメルカトルに向かっていく。
メルカトルはそれをしっかり受け止めて、彼女に「制約」をかけた。
「ちっ…」
剣による攻撃を封じられた彼女は一瞬焦ったが、すぐに魔法の攻撃をしようとした。
しかし、その前に彼女は呆然とした。
「制約」が一瞬で解けたのだ。
前を見ると、メルカトルが自分の剣で首を切って死んでいた。
「…は?」
ゼリシアはあまりの衝撃に剣を落とした。
「…ゼリシア。俺は好きだったよ。君が。」
鮮血が、火花のように散っていた。
ちょうどその頃、棺の中ではゼリシアの姿をしたテレセスが起きた。
彼は周りを囲む警備員たちの死体を見て、全てを察した。
その数年後。
ゼリシアはテレセスと結婚した。
もう王は存在しない。ゼリシアが殺したわけではなく、単純に革命が起きたのだ。
代わりに貴族の中から政治を行うものを選挙で選ぶようになった。
二人の間には、双子が生まれた。
双子はそれぞれ母親と父親の長所を受け継ぎ、最強となるのだが。
それはまた別の話だ。
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