第14話 衝動
「その資料作成が終わったら物件の内見を希望してるお客様のご案内お願いしますね、須藤さん」
「はい、わかりました。ついでに社用車のガソリンも入れておくので帰り少し遅れます」
「あの人仕事は卒なくこなすけど、面白みないよな。暗いし笑ってるとこ見た事ねえよ」
「あれで既婚者なんだから物好きも居たもんだよな。社内イベントにも全然参加しないし、生きてて楽しい事とかあんのかな?」
男は聞こえて来る陰口を気にせず横切り社用車に向かった。
「(楽しい事…か)」
その男はどこにでもいる平凡なサラリーマンこそ真に幸福な存在だと考えていた。幸福と不幸の平均値を取った場合一番の恩恵を授かるのが平凡だと考えていた。
「(どれだけ金持ちになったところでトラブルに見舞われるリスクが跳ね上がるだけだろう…)」
誰かに理解されたいとも思わないし特別寂しいとも思わなかった。結婚を決めたのも世の中独身よりも妻帯者の方が普通だと判断した上に、妻はあまり主張をしない人柄で大人しかった為ストレスも無いだろうと判断したからだ。
「お待たせ致しました、田沼ご夫妻でお間違いないでしょうか」
「はい!すごく綺麗な物件だったので今日が楽しみでした!」
仲の良さそうな夫婦だった。新婚だろうか。これから見に行く物件は土地も家の広さも利便性も家族向けの物件だ。幸せの絶頂を迎えている夫婦を見て1人考え事をして男は車を停めた。
「お手数おかけして申し訳ないのですが、内見先の近所で工事があってここからは徒歩になります」
「あら、そうなんですね!でも近所をゆっくり見れるのも良いわよね!」
男と夫妻は少し歩くと件の建設現場横が見えて来た、完成図の看板が入り口に立てかけてありどうやらビルの建設工事みたいで今日は工事も休みの日らしい。三人は横を通り過ぎようとする
ーーーーーーーーその時だった。
建設現場を眺めていた夫妻の首元を掴み、男はその体格に見合わぬ怪力で建設現場の敷地に凄まじい勢いで投げられた奥さんは両腕両足があらぬ方向へ曲がっていた。主人は頭部を激しくぶつけたのだろう。血を吹き出しながら痙攣していた。
「あ、あがっ…ぎっなん、なんっで…」
肋骨が折れたのだろう、呼吸が乱れている。言葉にならない声で奥さんが震えながらこの凶行の真意を問う。
「私は、私の幸せを自覚したい」
須藤拓真は満面の笑みを浮かべながら動かなくなった物体を眺めていた。
「だから平凡が1番なんだよ」
Truth 嘉田岸洋大 @katagishi_yota
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