第5話
「また残業ですか、先生」
いつものように用務員さんに声をかけられる。でも今日は、別に僕だけが遅いわけではない。
「年度末ですからね。もうてんてこ舞いですよ」
ははは、と笑って彼と別れ、夜の校舎を歩く。
あれから何度居残っても、ノスタルジーとは会えなかった。
代わりに。夜の校舎を歩いていると、いろいろな光景が脳裏に浮かぶようになった。
脳裏に、だ。そこにはっきり立ち現れるわけではない。話しかけても返事をしたりはしないし、僕をセンセと呼んだりも、僕の思考を読んで先回りしたりもしない。
だけどそれらは、確かにあの頃の僕らだった。
窓を割って逃げる早瀬。呆ける僕。走ってくるのは、そうだ。体育教師の橋本先生だった。鬼のような顔をしていたっけ。
教室には、僕のクラスだった場所に、かつての僕がいた。そうだ。一年生の時だけ仲が良かった村田。今はどうしてるだろうか。同窓会にはいなかったな。
思い出に浸りながら校舎を歩く。彼女に限らず、もう戻れないあの頃の思い出はそこら中に溢れていた。
当然、その中に彼女だけがいないということもなかった。
校舎を出て裏門へ向かう途中、ケヤキの木の下に彼女の影がある。
ケータイを構える女子が誰だったかは、結局上手く思い出せないけど。
ガチガチな自分の顔ばかりは鮮明に思い出せて。
隣の彼女もまた緊張していたのには、今になって気がついた。
裏門を出る。それから振り返れば、思い出の欠片はふわりとほどけて空へと消えた。
それじゃあね、ノスタルジー。
次の夜に、また会おう。
ノスタルジーの夜にまた会おう 舟渡あさひ @funado_sunshine
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