第5話 魔法についてのあれやこれや

 さて。

 それからしばらくは、ずっとルーチンワークを行う日々が続いた。


 横暴な魔女の命令(オーダー)を聞いて家中を駆けまわったり、

 暇を見ては読み書きの勉強をしたり。

 その間ティオテトの家の敷地からは一歩も出ていない。


 まあ、外に出てみようと思わなかったわけでも無いが、あの魔女の目を盗んでというのは困難だし、よしんば森を抜けられたとしてあの断崖絶壁を越えられるわけでもないのだ。

 それならこの世界の勉強をして、いつか外に出る機会に備えておいた方がいいだろう、という判断である。

 

 その間、何も変化が無かったわけではないし。


 一番大きな変化はやはり、おれが『魔法』を使えるようになったことだろうか。




***




 ティオテトと空を飛んでから一週間が経った日の朝だった。


 おれが適当に日本食っぽいものを作ろうとして失敗しただし巻き卵(だし抜き)を出したところ、

 ティオテトは「まずい」だの「へたくそ」だのぶつぶつと文句を言いながら、それでも全部食べ切ってくれるという謎の優しさを見せていたのだが、

 その途中でふと彼女が口に出した言葉がきっかけだった。


「焼きすぎじゃないの? 焦げてるよ?」


 おれだってそんなことは分かっていた。


 しかし、火加減の調整が出来ないのである。

 というのも、この家には火を起こす設備と言うものが存在しない。

 ではどうやって火を使っているのかというと、ティオテトの使う魔法に頼っているのだ。


 よって火を使う時はいちいちティオテトに頼まなければならないのだが、

 その火加減というものがやたらと大味で、火力が無駄に高いのである。

 おかげで大抵は焼きすぎになるか、逆に焦げるのを気にして早く火から下ろし過ぎて生焼けになるか、そのどちらか。

 じつに融通が利かない。


「ティオテトの魔法が効きすぎなんだよ。

 フライパン近づけるだけでこっちの腕まで焼けそうになるんだぞ」


 おれがそう抗議すると、彼女はふん、と鼻を鳴らす。


「あたしのせいにするんじゃない。

 文句言うなら次から自分で火を点ければ」


「いやそれが出来たらとっくにやってるわ。

 出来ないから頼んでるんだろ」


「じゃあ出来るようになればいい。

 あたしが今から教えてやる」


 しれっとそんなことを言う魔女に、おれは反発した。


「おい。

 前言ってたことと違うぞ」


 この火加減問題は今日急に始まったわけではないので、

 おれは初期の段階で一度、火の魔法の教えをティオテトに請うていた。

 しかしその時のティオテトの答えは「無理だよ、あんた魔力無いもん」というじつに素っ気ないものだった。

 今さらその言葉をひっくり返すつもりなのだろうか。


「やる前からあーだこーだと言うんじゃないよ。

 とにかく、やってみな」


 そう言ってティオテトは机の脇から一枚の紙を取り出すと、

 くしゃくしゃに丸めてボール状にし、金属製の皿の上にそれを載せた。

 

 そしてそのボールに人差し指を向ける。


「魔法を使うときに大切なのは、”集中すること”、そして”想像すること”だ。

 自分の心に現象を思い浮かべ、その現象に魔力を注いで形を与える。

 ……何も難しいことは無いよ」


 そう言ったティオテトの指から小さな炎が迸り、ボールに当たった。

 紙で出来たボールは一気に炎上し、皿の上で消し炭と化す。


 あまりにも自然に行われる、あまりにも超常的な現象。

 これがおれにも出来るなどと言われても、正直言って冗談にしか思えない。


 しかしティオテトはもう一枚紙を取り出して、

 同じように丸めて皿の上に置いた。


「ほらテル、あんたもやってみな」


 ここで逆らうとひどい目に合わされるのである。

 くだらねえなあ、と思いつつ紙のボールに指を向ける。


「まずは、心を落ち着ける」


 その言葉に、深呼吸を一つ。


「そして次に、その心の中に火を燃やす」


 思い浮かべるのは、燃え盛る炎のイメージ。


「最後に、その心の火を形にしたいと強く願って、

 精神を集中させるんだ」


 ティオテトに言われた通り、意識を集中させる。


 すると、である。


 不思議な感覚が身体の中を貫いた。

 胸の中心から、仄かに暖かく、得体の知れないもの……力が湧き上がって来る。

 それは今までに経験したことの無い感覚だったが、

 不思議と心地よく、妙にしっくりと身体に馴染んでいく。


 その力が己の伸ばした指先に流れていき、

 そして、イメージの具現として結実した。



 ――ただし、天井まで巻き上げるような火柱として。

 


「うおおお!?」


 椅子に座っていたおれは火の勢いにたまらず後ろにぶっ倒れ、尻餅をつく。

 やばい。火事になったらティオテトに殺される。

 しかし、室内を煌々と照らしていた豪火は、次の瞬間にふっと消え去った。

 

 おそるおそる立ち上がる。

 見れば、ティオテトは机の向かい側で肘をついてくるくると指を回していた。

 魔法を使って火を消したらしい。


「人の家を燃やすな、バカ」


 ノータイムで罵声を浴びせて来るティオテトに、


「いや普通あんなの出てくると思わないだろうが!」


 本気でびっくりした。

 出るにしても紙のボールを少し焦がす程度の火だと思っていたのに、

 まさかあんなに大きな炎が放たれるとは。


「想像した火の勢いが強すぎたんだね。

 魔力が足りてれば心象通りに出てくるんだから、次から気を付けなよ」


「そういうことは先に言えよな!」


 おれが抗議すると、ティオテトは何がおかしいのかくつくつと笑った。


「いやあ、それは悪かった。

 でもあんた、才能はありそうだね」


「……そうなのか?」


 おれは椅子に座り直しながら訊く。


「魔法を最初に使う人間は大抵上手くいかないものだけど、

 その中でも結果が二種類に分かれるの。

 思い浮かべたよりも結果が大きくなる人と、小さくなる人。

 個人差はあるけど、上達するのは圧倒的に前者の方だね。

 想像力と集中力、あとは思い切りに優れてるってことだから」


 ティオテトはそう言ってにやにやとおれを見る。


 なんかよく分からんが褒められているらしい。

 なんかよく分からんので褒められてもうれしくない。


 しかも、まだ根本的な疑問は残っている。


「……でも、魔法を使うには魔力が必要って前に言ってたろ?

 そんでもって、おれにはその魔力が無いはずなんだろ?」


「あたしはその時こうも言わなかったか?

 最初は魔力が無くても、

 この世界で生きているうちに必ず魔力を宿すようになるって。

 その法則が異世界人のあんたにも当てはまったってことだろうね」


「……マジか」


 しばらくこの家で過ごしている間に、いつの間にか一般地球人の枠を大きく超えてしまっていたらしい。

 割とショックである。

 これもし地球に帰っても使えるんなら、一時の脚光と研究所監禁ルートがおれを待ってるな?

 

 ……などと思っているおれには気付かず、ティオテトは笑う。


「ま、使えるようになったならそれを鍛えない手は無いよ。

 元々魔法も教えてあげるつもりだったし、早速今日から練習しようか」


「ええ……嫌だ……」


「練習しろ」


「はい」

 

 そしてそれからというものの、おれは毎日ティオテトに魔法を教わることになったのである。


「あたしの使用人なら魔法くらいきちんと使えないと色々困る」とは彼女の談。


 基本的におれは掃除洗濯料理しかしていないのにどういう『色々』で何が『困る』のかはちっとも分からない。

 しかしおれの生殺与奪の権利を握っているのはティオテトなので、反論できるはずもなかった。




***




 そして、そんな謎の魔法レッスンが始まってからしばらくして。

 

「”火炎魔法フレア”」


 おれが胸の前にかざした手から小さな炎が迸る。


「”水流魔法アクア”」


 同じく、弱い水流が。


「”雷力魔法エレク”」


 微かな雷撃が。


「”旋風魔法エアロ”」


 そよ風が。


「”地石魔法アース”」


 石ころ。


「……そこまで」


 立て続けに五つの魔法を使用したおれに対して、

 後ろからティオテトの声が掛かる。


「うん、上出来上出来。

 その五つの魔法は他の魔法を使う時の基礎になる大切な魔法。

 これに光と闇の二属性を加えたのが素因魔法ってやつだから、

 よく覚えておきなよ」


 そう言われ、己の手のひらを見つめた。


「……言うほど上出来か?」


 今使ってみた魔法は、まあ言ってみれば無から有を生み出す所業なわけだから、凄いと言えば凄い。

 が、どれもこれも威力的にはしょっぱすぎる。

 そよ風や石ころ出して何に使えばいいんだ?


 しかしティオテトは、


「火力最大限でぶっ放すだけなら誰にだって出来る。

 魔法とは”魔”の”法”、つまり魔力を制御するためにある技術だ。

 大切なのは自分の思い通りに操るということだよ」


 言ってティオテトは指を一つ立てる。

 その先端から勢いよく水流の柱が現れたかと思うと、

 空中で身をよじってから一直線におれの方に向かってきた。


 そしてぶつかる寸前に顔の前で迂回し、

 ぐるぐるとおれの身体の周りでとぐろを巻くような動きをした後で、

 再びティオテトの指の中に消えていく。


「……だから、すごいけど何の役に立つんだ? それ」


 水流の余波で全身びっちゃびちゃになったおれが訊くと、


「魔女に向かって失礼なことを言うね、あんた」


 ティオテトは指に残った水滴をぴっ、と払いながら答える。


「直接的に役立つ、という場面が来るかはあたしには分からない。

 だけど、この世界は魔法を基礎にして出来ているから、

 その仕組みは知っておいた方がいい。

 前に教えただろう?」


「……まあな」


 何だかんだでおれは、この世界における初歩的な魔法の使い方と

 基本的な魔法体系をすでに覚えてしまっていた。


 暇な時間が多すぎてずっと勉強していたというのもあるが、

 ティオテトの教え方が上手いのが大きい。

 知識量が膨大だし、頭は回るし、

 感覚的な魔法の話を平易な言葉で分かりやすく説明してくれるのだ。

 その方面の知識のないおれでも確実になにかしらの魔法で年齢ごまかしてんなと察するくらいの博覧強記ぶりである。


 前から思ってたけど、この魔女もう少し見た目に言動寄せる気とかないのかな。


 ……そんな文句はさておき、ティオテトによれば、魔法には自分の感覚のみで制御するものと、魔法陣などの外的要素で制御するものの二種類が存在するらしい。


 種類は違えど引き起こすことのできる結果は同じため、どちらが上と言う話ではない。

 けれど一般的に複雑な結果を求めるものほど、魔法陣などの外的要素で制御したほうが成功率が上がるのだそうだ。


 たとえば、単純にものを燃やす、凍らすなど、自然界に存在しうる基本的な現象についてはイメージを固めることで楽に発動させることが出来る。

 

 が、その範囲を広げたり、効果をずっと継続させるなど、特殊な効果や付加価値を付けたい場合は話が変わる。

 その場合は己の感覚のみに頼るより外部の助けを借りた方がいいらしい。

 具体的には魔法陣の構築や魔法道具の併用など。


 それを聞いたおれは、じゃあ自分を異世界から召喚したのは後者の魔法なのかとティオテトに訊いてみた。

 明らかに自然にはあり得ないことなのだから、高度な魔法に分類されるだろうと思ったのだ。


 しかし、彼女は難しい顔をしてこう言った。


「あんたの身に起きていることは、あたしたちの世界から見ても異質なことだ。『魔法』という括りで考えてしまっていいのか分からない」と。


 それはつまり、ティオテトにも異世界関連のことはいまだに何も分かっていない、ということだ。

 つまり、おれが帰る道筋というのも未だに見つかっていないということ。


 ……なんだかなあ。


 おれ、この調子でずるずる異世界生活に馴染んでしまいそうで怖いなあ……。

  

 

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異世界に来たらロリ魔女にこき使われる羽目になったので早く帰りたい。 雨後野 たけのこ @capral

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