第101話 横入り上等?
その後、俺とひかりはメイドカフェでのアルバイトをすっぱりとやめた。
そもそも一か月限定という話だったし、その間に店長が新しいスタッフの目途をつけていてくれたこともある。
過剰に引き留められたり、険悪な雰囲気になったりすることはなく、むしろ大きく感謝をされて、送別会まで開いてもらえた。
そして、そのとき送り出されたのは、俺たちだけじゃない。
千種葉月もまた、同じタイミングでバイトをやめる。
千種はかなり多く、シフトに入っていたから、これには店長も驚いていたが、事情も知っていたから快く送り出してくれたらしい。
そして今はといえば――
「啓人くん、次、ジェラートセット!」
「次の注文、お願いしまーす。なんか不機嫌そうなんで、急ぎで水だしコーヒー3つください」
俺もひかりも千種もまとめて、今里さんのところのカフェ『ル・キャフェ・イマサト』に、
お世話になっていた。
正直もうしばらくのお金は貯まっていたから、本当はゆっくりするつもりだった。
けれど、一度お金がある生活を覚えてしまったら、なかなか戻るのは厳しい。
そこで今里さんに頼んで、あの洒落すぎたカフェでバイトとして採用してもらったのだ。
俺が厨房で、二人がホールという形式は、メイドカフェの時とまったく同じだ。
まぁここの場合、調理担当の正社員がいるから、俺が行うのは調理ではなく、ドリンクを入れたり、アイス系統の盛り付けをしたりという、サブ的な業務だが。
「ひかりさん、わたしのほう先に貰っていきますね。なんかちょっと、せっかちな方みたいで」
「あ、うん、全然いいよ!」
「助かります。てことで、よろしくです、先生」
千種は俺のほうにぺこっと軽く頭を下げる。
そこへちょうど、ホールのほうからベルが鳴らされた。
それには二人ともが反応するが、「私行くよ! 千種ちゃん急ぎでしょ」とひかりが先んじて、その対応へと出て行く。
前はひかりが年上後輩だったが、今は同期だ。なかなかに頼もしい。
残った千種はお盆をくるくる回しながら、俺の作業を見つめる。
といってもまぁ、すでに抽出されたものを注いで作るだけなのだけれど。
コーヒーだって、ホットのものはバリスタさんが注ぐ本格派なのだ、この店は。
「ねぇ先生、今のがめつかったです?」
「なにがだよ。別に普通じゃないの。客がいるんだろ」
「ま、そうですけど。ほら、なんというか、割り込んだというか、押しのけた感がありませんでした? 今になって、よくなかったかなぁなんて思って」
「……いいんじゃないの、別に。というか今くらいで気にしてたら、受験なんてできないだろ。誰かと席を奪い合うんだから」
俺はそう返事をしながら、注ぎ終えた水だしのアイスコーヒーを三つ、カウンターに並べる。
大したことを言ったつもりはなかった。
ただ、思ったことを口にしただけなのだが、どういうわけか彼女は大きく目を見開いて、俺のほうを見てまばたきをする。
「……なんだよ」
「いや、まぁたしかにそうかもって思って。意外と、そういう考え方もするんですね」
「別に聖人じゃないぞ、俺」
「それは知ってますよ。まぁじゃあ、横入り上等ってことで!」
彼女はそう言うと、コーヒーを盆にのせて、ダンスでも踊るかのような軽いステップで身を返す。
「それじゃ、なんかいい感じに出してきまーす」
……なんだか、拡大解釈されてしまった気もするが。
電車待ちの列を抜かしたら、いくら容姿がよくたって、睨みつけられる気がするが。
まぁ、わざわざ指摘するようなことでもないし、もう遅い。
俺は、千種が客にメイドカフェ仕込みのきらきら笑顔を作って謝っている姿を見ながら、一つほっと息をつく。
まぁあれくらい図太い方が、彼女には似合っているかもしれない。
理不尽に彼女に振られ心を折られた俺、元同級生でクラスのアイドルだった美少女をヤリサーから助けたら、灰色だった大学生活が輝きだした件 たかた ちひろ @TigDora
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