『働きたくない』

小田舵木

『働きたくない』

 久々に働いた。約一年ぶりの労働である。

 約一年という月日は私を軟弱な男に変えていた。

 昔は働いてないと落ち着かない性分だったのに、今は働かない方が気分が落ち着く。

 とは言え。生活する糧を得るためには働かなくてはならない。

 あーあ。宝くじでも当たって巨万の富が得られないだろうか?

 いや、私は宝くじを代表とするギャンブルが嫌いだ。必ず胴元が勝つゲームの何が面白いと言うのか。

 

 昔は働くことが自己表現の一部だった。今では想像できないが。

 曲がりなりにも社会に挑んでいく事、そしてそれでカネを稼ぐ事。それが自分にとって大事な事だった。元引きこもりでも社会でやっていける事を証明したかったのかも知れない。

 

 今や。私はスキがあれば働きたくない。家でゴロゴロしていたい。

 だが、この世の中にはこんな言葉がある―『働かざるもの食うべからず』

 そう。働いてない人間には日々の糧を得る資格などないのだ。そもそもカネもないし。

 うん。いつまでもダラダラしている訳にはいかない。

 だが。私は働くことに対する動機づけの大事な一部を失ってしまった。

 働くことで自己表現?馬鹿らしいのである。

 

 そもそも。働くことが自己表現になっていた頃の私はオーバーワーカーだった。

 とかく無理をした。丸一日、24時間働いていたこともある。

 そんな無茶は。体と精神を蝕む。人生に仕事しかなかった私は仕事にのめり込んだ。そして精神を病んだ。


 鬱である。

 気がつけば療養生活に入り、ダラダラと5年近くを過ごしている。

 鬱とは治らない病気である。脳の神経に異常があるが、脳の神経は入れ替わりを滅多にしない。根治しようがないのである。出来るのは薬を使った対処療法だけ。


 私はこの鬱と付き合いつつ、働くしかないのである。

 これ。どうしていけば良いのか分からなくなっている。

 一年前、鬱の寛解期に働きに出たのだが。その職場は私にとっては環境が良くなかった。残業は多いわ、家から遠いわでかなり神経をすり減らした。

 結果として半年で辞めてしまった。鬱が再発したのである。

 

 そして現状。とりあえずは単発のアルバイトを3日こなした今。

 私は考える時期に入っている。

 これからどう働いていくのか?

 単純な答えを用意するなれば。さっさとパートなり正社員の道を進むべきなのだが。

 私は1年振りの労働で体が鈍っている事に気がついて。精神も変容していた。

 単純な答えに飛びつくと、またもや潰れる事になる。



                  ◆


 いっそ。自営業でもしてしまえ、なんて事を提案してくる人間がいるが。

 私には元手もなければ、信用もなく、ガッツも足りてない。

 とりあえずは人に雇われて使われる方が性分にあっている。

 かと言って。私はあまり魅力のあるワーカーではない。

 なにせ鬱持ちである。取り扱いを間違えば、頭で爆弾が炸裂する男なのである。

 こういう事情があるから。就職活動に身が入らない。甘えだろうか?しかし、負ける面接に挑み続けるのも精神にはよろしくない。

 

 今のアルバイト生活が長く続かないのは知っている。続けられるのはほんの一時だけ。

 私は身の振りよう…できるだけ失敗しない身の振り方を考えなくてはならない。

 

                  ◆


 時間があるのなら。資格を取ってみるのはどうか?

 ふと思いつくこと。だが、資格を取るにも動機づけは欠かせない。

 私はやる気がないと物事に取り組めないダメ人間なのである。

 あまり遠い目標を掲げたところで長続きしないのは分かりきっている。

 就職を目標に資格を取る…道が遠く感じる。

 とりあえずは手に職をつけてしまいたい。要するに面倒なのである。


                  ◆


 私はすっかり怠け者になってしまったらしい。

 とかくすべてが面倒くさい。これは鬱がなせるモノなのか?はたまた生来の性分なのだろうか?

 鬱は甘え、という言質がある。私はこの言葉が嫌いだが、一理がないとも思えない。

 

 やる気を出すべきなのだ。

 だが。将来に何の展望も抱けない私は、スキがあれば死ぬ事ばかり考えてしまう。

 やる気を出そうにも、将来の展望がない私には。やる気なんて遠いモノなのだ。


                  ◆ 


 遠い目標を据えてしまうと。私はやる気を失くす。

 とりあえずは年末の友人の訪問の為に小金を稼ぐ生活をするが。

 問題はその先。楽しみを失ってからの働き方。

 だが。私の頭は回らない。具体的な答えが出せそうにない。

 悩ましいものである。そして贅沢な悩みとも言える。

 こんな生活をしている30代の男性が何処にいると言うのか?私ぐらいのモノである。

 まったく。甘ったれている。

 だが。私はそういう生き物であり。とりあえずは存在し続けなければならない。

 適当な生存戦略が必要だ。短い目標を打ち立てながら、とりあえずは走って行く他なさそうである。

 

 明日の仕事も頑張ろう。

 そしてその先に何が見えるか考えながら生きて行こう。

 とりあえずはやって見る他ないのである。うだうだ理屈を考え始めれば雁字搦めになる。そんな面倒な目には遭いたくない。


 

 

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『働きたくない』 小田舵木 @odakajiki

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