四つ葉 幸福
「桜です。これからよろしくね!」
「……うん」
初めての顔合わせのとき、笑顔で手を差し出すと少し気まずそうな君。
ひとりっ子の私はずっと弟や妹がいる友だちが羨ましかった。
だから、弟ができるって聞いたときはうれしくてしょうがなかった。
でも、姉弟じゃなかったらよかったのに。
「彼氏とかつくらないの?」
お母さんとふたりでココアを飲みながらおしゃべりをしていると、唐突に訊かれる。
「……好きな人ならいるけど」
頭の中にはある人が思い浮かぶ。
でも、それはお母さんには絶対に言えない人だ。
「好きな人ってまさか涼くんじゃないよね?」
いきなり変なことを言うから、カップを落としそうになった。
「……な、なに言ってるの? 涼は弟じゃない」
うん。弟だよ。
自分にだって思いっきり言い聞かせる。
「そう。信頼してるからね」
お母さんは私たちが恋愛に発展してほしくない。
義理とはいえ、姉弟なのだから。
自分たちとは同じふうにはなってほしくないらしい。
大丈夫だよ、お母さん。
私はちゃんと姉として接するから。
恋愛関係にならないよう努力はするから。
「義理だったらいいと思うけどね」
クラスでいちばん仲良い
親が再婚したことも、私が涼を好きなことも、全部。
「でも、うちの場合お母さんが……」
「あぁ、そっか。でも、桜ちゃんはどうしたいの?」
「私は……両想いになりたい気持ちもあるよ。
でも、家族を壊す勇気もないな」
私のせいで、お母さんが涼のお父さんと再婚しなければよかったなんて思ってほしくない。
私さえ我慢すればいいだけなのだから。
「桜ちゃんが決めたことならどっちでも応援するよ」
この言葉を聞いて私はある決心をした。
「親同士の反対を押し切って結婚したらしいけど。近すぎる存在は逆によくないみたい。それに別れても義理の兄妹ってことは変わらないからつらいって。だから私たちのこと自分たちみたいになるかもしれないことを心配してる」
「だから、ね?」
言葉には力がある。
言ってしまえば取り消せないから。
だから、忠告したのに。
結局、想いを抑えられなかったのは私だった。
「桜ちゃん、まだ帰らないでいいの?」
「うん。もうちょっとだけ」
春くんに付き添ってもらって、四つ葉のクローバーを探しにきた。
でも、簡単に見つかるはずもなく、日が落ちようとしていた。
「……だれかにプレゼント?」
「そう」
「好きな人?」
好きな人か。
直接 "好き" という言葉はいえないけど。
「……まぁ」
「俺は、桜ちゃんのこと……」
春くんが何かをいいかけてたけど、それより四つ葉のクローバーを見つけたほうに目を開いて最後まできけなかった。
「あった!」
ちゃんと四つ葉だ。
三つ葉じゃ違う意味になってしまうから見つかってよかった。
「え、ほんと?」
「うん。これ!」
「おめでとう!」
四つ葉のクローバーを見せると、自分のことのように喜んでくれた。
他人の喜びも心から喜べる春くんは素敵な人だ。
「そういえば、さっきなんか言いかけたよね?」
「えっと、なんでもない! 帰ろ」
「そうだね」
帰り際、春くんが少し元気なさそうに見えた。
今日は涼の誕生日。
今まで自分の気持ちに蓋をしてきた。
でも、今日だけは。自分勝手な私をどうか許して。
誕生日プレゼント。
あれは私にとって賭けだったんだ。
「涼。お誕生日おめでとう」
この前、春くんと一緒に探した四つ葉のクローバーを栞というかたちにして渡す。
「ありがとう。開けていい?」
「もちろん」
「四つ葉のクローバー?」
「そう。これが私の気持ち。探すの大変だったんだよ!」
どう? 伝わったかな?
淡い期待を胸に涼のことを見つめる。
「えっと、俺に幸せになってほしいってこと?」
「……そう。私の大事な弟だからね」
そう言って笑顔をつくって涼の部屋を出た。
この意味を知ってたら、肯定して想いを伝えようと思ってたけどやっぱり知らなかったか。
散々、弟だよって言ってきた。
でも、あなたのこと好きだったよ。
弟してじゃなくて、ひとりの人として好きだった。
今日からはもう涼のこと意識しないようにする。
はやくこの想いが消えるように。
「好きだし……」
あの言葉はあのキスの意味は何だったのかな。
訊くのが怖くて結局訊けないまま。
でも──
「昨日はごめん」
謝られたんだから。
涼はなかったことにしたかったかも。
うれしかったのはここだけの話。
私たちもしかしたら……なんて考えても意味ない。
私は姉として涼の傍にいることができる。
だから、これでいい。これでいいんだ。
「雨、止まないね」
初めてふたりで行くショッピングの帰り道。
春くんの傘にいれてもらいながらふたりで歩いていた。
「……そうだね」
予報では降るって言ってなかったのに。
それは涼と初めてあった日のことを思い出すような雨で思わず苦笑してしまう。
「あのさ、涼からふたりで行ってきなよって文化祭の招待状もらったんだけど……」
春くんが紙を見せてくれた。
それはゆずちゃんがくれた招待状だ。
そっか。これが涼の出した答えなんだね。
「うん! 一緒に行こ!」
これからの未来のことを考えながらふたりで仲良く手を繋いで帰り道を辿る。
私が涼に傘を渡した日からたぶんわかっていた。
この人のこといつか好きになるって。
でも、もう前を向かないと。
さよなら、そしてありがとう。
私の初恋。
自分にしか聞こえない声でそっと呟くと、雨は止み、空は次第に晴れていき虹がかかった。
四つ葉のクローバーの花言葉
『幸福』『私のものになって』
姉弟 天野 心月 @miru_amano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます