三つ葉 信頼
【いまから桜ちゃんに告白する。
だから、星空公園に来てほしいって伝えて】
春樹がメッセージを送ってきた。
ついに覚悟を決めたらしい。
桜の部屋の前に行き、ノックをする。
どうしたの? と首を傾げながら言う。
「春樹が星空公園に来てほしいって」
「……」
「桜?」
「え、あ、うん」
大丈夫だろうか。
なんだかぼーっとしている。
こんなのストーカーみたいだけど、気にせずにはいられなかった。
人の告白を覗く趣味なんてない。
でも、親友と義姉となると気になってしまう。
「あの……桜ちゃん、ずっと好きでした。
俺と付き合ってください」
いいな。お前は俺と違って告白することが許される立場で。
いつだってまっすぐな春樹が羨ましい。
俺だってほんとは「好きだ」そう伝えたかったんだ。
叶うことないって最初からわかっていた。
いちばんになれないこともわかっていた。
「出逢わなければよかった」
なんて、ほんとにそう思えたら楽なのに。
目の前で桜の返事を聞きたくなくてそのまま去った。
あのあと、すぐ春樹から電話がかかってきた。
「桜ちゃんと付き合えることになった!」
報告してくるだろうと思ってたけど、きついな。
なにも言えない。
おめでとうって言わないといけないのに。
もうほんとに諦めないといけない。
そう思うと涙が零れそうになった。
「涼? 聞いてる?」
「……聞いてる」
「もしかして泣いてる?」
「……泣いてる」
「えっ、なんで?」
俺がそんなこと言わないと思ったのか、電話越しで驚いたような声が響く。
「……やっと春樹の気持ちが桜に届いたことがうれしくてさ!」
声震えてないだろうか。
嘘は言ってない。これも俺の本心だ。
ずっと春樹のこと見てきたからこそ桜を振り向かせてほしかった。
でも、俺の届かない想いはどこに捨てればいいんだろう。
「実は、春くんと付き合うことになったんだ」
「……そっか」
桜からの報告にも祝福の言葉なんて出てこなかった。
言わないといけないのに。
たった5文字なのに喉が支えて言葉が出てこない。
「驚かないんだね」
「あぁ、聞いてたから」
「……そっか」
なんか微妙な空気が流れる。
このまま気まずくなるのは嫌だから、俺はいつも通りの声のトーンで話す。
「この前デート行ったんじゃないの?」
「あれはデートだけどゆずちゃんとだよ。女の子ともデートしてもいいでしょ?」
「……まぁ」
いけないわけじゃないけど紛らわしい。
隣町ということでゆずちゃんって選択肢は思いもつかなかった。
ゆずちゃんは桜の幼馴染だ。
昔は隣町に住んでいた桜と家が隣同士だったらしい。
俺も何度かあったことがある。
「それで高いケーキ屋さんに入っただけ! お店がおしゃれなら私もおしゃれしないとと思って」
「そのために早起きしたのかよ! ほんと食べることしか頭にないんだな」
「あー! なにその言い方! 私だってね、いつも食べ物のこと考えてませーん!」
「ははっ、どうだか」
よかった。ちゃんと普通にできてる。
顔を見て冗談も言える。
ちゃんと姉弟している。
いつか「おめでとう」って言える日がくるからもう少しだけ待ってて。
「みて、この俳優さん! 私が好きな人!」
好きか……。
自分の想いはもう叶わないし届かなくても、言うだけならいいよな。
想いを返せなんて言わないから。
「あのさ、俺、桜のこと……」
好き。
たったその2文字が喉の奥まで出てきたのに飲み込んでしまった。
俺はずっと臆病だ。
「涼。私は涼のこと好きだよ!」
「……えっ!」
いきなりのことで声が家中に響いてしまった。
「姉弟としてね」
「……俺も桜のこと好き」
姉弟としてじゃなく、ひとりの人として好きだったよ。
頑張るから。ただの姉弟に戻れるように。
「好きだよ」
改めて想いを伝える。
これが桜の瞳にどう映ったのかはわからない。
「うん。私は涼に出逢えてよかったよ」
「俺も」
出逢えてよかった。桜の笑顔に安心する。
「あ、そういえば!」
桜が何かを思い出したように大きな声を出す。
「今度ゆずちゃんの学校で文化祭あるんだけど……涼も来ないかって?」
「……考えとく」
すぐに、答えは出せなかった。
外に出ると久しぶりに雨が降っていた。
そして、俺の目の前には、手を繋いで登校しようとする義姉と親友。
文化祭だって春樹と桜で行けばいいじゃん!
あ、なんでそんなこと思いつかなかったのだろう。
いや、思いつきたくなかった。
俺は邪魔者だし、ひとりで学校に行くことになるんだろうな、と思ってるとふたりがこっちを見る。
「涼も一緒に行くぞ」
「え、俺も? お邪魔じゃん」
「涼は私の弟なんだから! いーの!」
「それに俺の親友だし!」
素直にうれしいと思った。
このふたりが付き合ったら春樹とはもう学校一緒に行けないと思っていたから。
立ち止まって少し考える。
家族の幸せは俺の幸せだ。
親友の幸せも俺の幸せ。
そうだ。よかったんだ、これで。
桜が選んだ人が他の知らないだれかじゃなくて俺の大切な親友で。
春樹なら任せれる。信頼できる。
そして何より俺の大切なふたりが笑っているから。
「どうしたの?」
「涼、はやく!」
ふたりが不思議そうにこっちを向く。
あのとき、言えなかった言葉がいまなら言える気がする。
「桜、春樹。おめでとう!」
桜と初めてあったときのような雨の中、声を振り絞って伝えた。
すると、ふたりはまるで雨が止んだときに見える虹のような温かく眩しい笑顔を浮かべてくれた。
あの日言えなかった言葉を言えた俺は、初恋を胸に抱いてこれから前を向いて歩いて行けるような気がした。
また恋ができるように、まただれかを好きになれる日がくるように。
さよなら、そしてありがとう。
俺の初恋。
そう小さく呟いたとき、空はどしゃぶりの雨なはずなのに、俺の心は晴天だった。
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