二つ葉 平和



「涼ー! 仲直りできた!」


 桜は前喧嘩していた友だちと仲直りしたらしく、帰ってくるなりうれしそうな顔で俺に抱きついた。


 ゆっくり桜のことを離して、真っ直ぐな瞳を見つめる。


「……俺はなんもしてない」


「でも前から話聴いてくれたでしょ?

 だから、今日は私が料理をつくるね!」


「まって! 俺、消防車呼びたくないからね?」


 桜は料理がめちゃくちゃ苦手だ。

 桜にやらせては危険だと身体中が訴える。


「今日は大丈夫だから! 涼は大人しくソファーに座ってて」


「……わかった」


 心配だったけど、今日は大丈夫って言われたからとりあえずソファーから温かく見守ることにした。


 すると、すぐに「あれ、お砂糖どこ? 適量ってどのくらい……?」なんて声が聞こえてくる。


 はぁ……。

 やっぱ手伝うか。


 そう思ってると「あつ!」という声が耳に入る。


 俺は慌てて駆け寄り、その手を水につけた。

 

 咄嗟にしたことで、桜との距離が0センチなことに気づく。

 お互い見つめあっているのが余計に気まずい。

 しばらく沈黙が続き、その沈黙を破ったのは桜だった。


「……ごめん。火かけてるの忘れてた」


「バカなんだからやめとけばよかったのに」


 照れ隠しで、こんなことしか言えなかった。

 大丈夫だった? とか他に言うことあったはずのに。


「あー! お姉ちゃんに向かってなんてこと言うの?」


 桜は少し怒ってるみたいだったけど、すぐ笑顔に変わり、ふたりで笑いあった。


 よかった。もう気まずくない。



「俺がつくるから桜は座っててよ」


「ううん。私も見て次は作れるようにする!」


「はいはい」


 俺がそっけなく返すと「絶対期待してない!」と言いながらおどけて笑う。



 桜の笑顔をみていたら、好きだな、とやっぱり想ってしまう。


 この想いを打ち明けても隠してもいまは辛いだけ。

 だったら、せめてこの平和で幸せな毎日が、ただ桜が笑っている毎日が続けばいい。





 家でひとり昔のアルバムの整理していた。

 そこには俺の母さんも当然映っている。

 あいたいな。

 

「それ前のお母さん?」


「わっ!」


 目の前には桜の顔があった。

 いつも急に現れるな、と思う。


「ごめんごめん。驚かせちゃった?」


 そういいながら、俺の隣に座る。

 その目線はアルバムに向けていた。


「べつに」


「あいたい?」


 なんとも言えない顔で桜が問う。


「……ずっとあってないからちょっと」


「そっか」


 もう何年もあってない。

 でも、母さんも新しいだれかと結ばれて新たな家族の形をつくっていたらうれしいと思う。




「桜だってお父さんとあいたくないの?」


 俺だってまだ時々あいたくなる。

 でも、父さんにあっちゃいけないって言われてる。


「あぁ、私はべつにだよ……」


 そっけなく返された。


 そういえば、桜のお父さんは隣町に住んでいるし、あえない距離ではないだろう。

 だからなのか? そう思っていると桜が疑問を見透かしたように話す。


「だって、普通にあえる。お母さんとお父さんの縁はずっと切れないし……」


 どういう意味だろう。

 そんな顔をしていると桜が苦笑いして話し出した。


「実は私のお母さんとお父さん義理の兄妹だったんだよね」


「えっ?」


思ってもないことを言われ、素っ頓狂な声が出る。



「親同士の反対を押し切って結婚したらしいけど。近すぎる存在は逆によくないみたい。それに別れても義理の兄妹ってことは変わらないからつらいって。だから私たちのこと自分たちみたいになるかもしれないことを心配してる」


 ただただ驚いて、声も出なかった。

 桜の両親が義理の兄妹だったなんて。

 お母さんがそんなこと心配してたなんて。



「だから、ね?」


 桜はもしかして俺の気持ちをもう見透かしてるのだろうか。

 それとも、これはただの忠告なのか。


「……うん」


 俺は頷くことしかできなかった。





「やば、時間ない!」


 叫びながら桜が2階から降りてくる。

 まだ6時前なのに珍しく早起きだ。


 その姿はいつもよりおしゃれでまるでだれかとデートにでも行くような服だった。


「どこか行くの?」


「あ、涼。隣町にデート的な?」


「は?」


 自分の考えが当たって思わず声が出た。



「ねぇ、この服おかしくないかな?」


「いいんじゃない?」


 目線はさっきまで見ていた漫画に映しながら言う。

 でも、その漫画の内容は全然入ってこない。


「もうちゃんと見てよ!」


「あ、時間いいの?」


「えっ? もう行かないと!」


 洗面台の方へと駆けていき、またリビングへぱたぱたと戻ってきた。



「じゃあ行ってくるね! お留守番よろしくね」


「はいはい」


 はぁ……。

 最後まで慌ただしく出ていった桜を見送り溜息を溢した。





 普段、全く読まない本を取り出す。

 それは、俺のお母さんがくれた最後の贈り物だった。

 小説には興味なかったけど、お母さんのいちばん好きな本だったから捨てずに取ってある。


 その中には四つ葉のクローバーの栞が挟まれている。

 少し前に桜が俺の誕生日にくれたものだ。



「涼。お誕生日おめでとう」


「四つ葉のクローバー?」


「そう。これが私の気持ちだから。探すの大変だったんだよ!」


 私の気持ちってどういうことだろう。

 四つ葉のクローバーは幸運という意味だ。


「俺に幸せになってほしいってこと?」


「……そう。私の大事な弟だからね」


それだけ言って部屋を出ていった。



 なんだろう。

 桜の表情が少し悲しそうにも見えたのは俺の勘違いだっただろうか。




 

「あれ、空いてる?」


 家でひとりでいるのも暇で春樹の家に遊びに行って帰ってきた。

 鍵をかけたはずなのに少し驚く。

 ドアを開けると桜の靴があるからもう帰ってきてることがわかった。



「桜?」


 そう声をかけたが、桜はソファーで寝息をたてて眠っていた。


 珍しく早起きなんかするからだろ。

 隣町まで出かけて。


 俺の方が絶対桜のことよく知ってる。

 俺の方がずっと近くで見てきた。


 俺の方が── 


「好きだし……」


 気づいたら眠っている桜に自分の唇を重ねていた。


 ハッとして急いで自分の部屋へ上がる。

 俺はなんてことを!


 

 自分がしたことの後悔でいっぱいいっぱいで桜がほんとは起きてたなんて気づけなかった。




 昨日のことがあって、全然寝れなかった。

 まだ朝の4時だ。

 だれもいないであろうキッチンへ行くと桜の姿がある。


「はやっ、なんで?」


「ちょっと眠れなくて本読んでたら朝だった」


 あはは、なんて笑う桜の目は少し腫れているように見えた。

 そんなに泣ける本だったのか?


「そこまで夢中になってたのかよ」


「まぁね。涼にも貸してあげるよ」


「いいよ。小説は読むの苦手だし」


「……」


「……」


 沈黙が続く。




「昨日はごめん」


 桜は知らないけど、謝りたかった。

 勝手にあんなことしたことを。

 自分でも、最低だと思う。

 桜がもし起きていたら気持ち悪いと思われていただろう。


「……なにが?」


「なんでもない」


 首を横にふって、桜の隣へといこうとする。

 すると、逃げるかのように階段のほうに歩いていった。


「……私、もう部屋戻るね。眠たくなっちゃった」


「うん。俺も寝る」


 今日は休日だし、昼過ぎまで寝ていても怒られないはずだ。


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみ」


 朝する会話じゃないな、と苦笑いしながらまた部屋に行きベッドに入り、瞼を閉じた。

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