【短編】異世界の発明家が勇者に魔王討伐用のアイテムを与える話

千月さかき

【短編】異世界の発明家が勇者に魔王討伐用のアイテムを与える話

「異世界から来た技術者どのに、魔王討伐のためのアイテムを作って欲しいのだ」


 研究所を訪れたのは、年若い青年だった。


 すらりとした体格で、目は鋭い。

 建物の外には馬車があり、数人の従者が控えている。

 おそらくは貴族か、それに近い地位の人間だろう。


「あなたが高名なアイテム研究者ですね。お名前は──」

「皆からは、ハツメイ博士と呼ばれておるよ」


 答えたのは、白髪の少年だった。

 顔には銀縁眼鏡ぎんぶちめがねをかけている。

 白衣を身にまとい、青年と向かい合っている。


 少年の見た目は10代半ば。

 なのに、奇妙にれた雰囲気をただよわせている


「本名は『八鳴はちめい ひろし』と申す。この世界の人には呼びにくいであろうから、ハカセと呼ぶがよい」

「わかりました。自分は国王陛下から勇者を拝命しております。カイトです」

「よろしく。あ、こちらはわしの助手です」

「ちゃんと名前で紹介してください。ヒロシ」


 お茶を持ってきた少女が、不満げにほおをふくらませる。

 彼女は、勇者と名乗った青年にお辞儀して、


「私はアイリーン=ジョシュアン。伯爵家はくしゃくけの三女です。えんあってヒロシの助手を務めています。勇者さまのお話は聞いております」

「うむ。魔王討伐に行かれるのですな」

「はい。そのためのアイテムが必要なのです」


 勇者の青年は真剣な表情で、


「ハカセは、魔王が32枚の『ダークマント』をまとっていることはご存じですか?」

「……いえ、初耳ですな」

「『ダークマント』はおそるべき防御力を備えております。そのすべてをがさなければ、魔王本体にダメージを与えることはできません。ですが、それには時間がかかります。『ダークマント』を剥ぎ取っている間に、仲間が致命的ちめいてきなダメージを受けることも考えられます」

「となると、あなたの依頼は……」

「はい。『ダークマント』に対抗するためのアイテムを作って欲しいのです」


 勇者の青年はテーブルに両手を突いて、頭を下げた。


「世界の平和のため、どうか、お願いします!」

「わかった。ではこの『服だけをかすスライム』を持っていきなさい」


 ハカセはたなから取り出したびんを、青年の前に置いた。


「このびんの中には『服だけを溶かすスライム』が入っておる。訓練済みじゃから、瓶の持ち主が指示した相手をねらってくれるはずじゃ。回収したいときは瓶を叩けばいい。それで戻ってくるようになっておる」

「…………あの、ハカセ」

「なんじゃ?」

「いつの間に、このようなものを?」

「この世界に転生してすぐに作ったのじゃよ」

「どうして?」

「ロマンがあるからじゃ」

「でも……訓練済みということは?」

「作ってすぐに、色々と試した結果じゃな」

「……おかげで、わたしはひどい目にあいました」


 助手のアイリーンが目をそらした。


「まぁ、責任は取ってもらいますから、いいんですけど」

「人前でそういうこと言わない」

「はぁい」

「…………」


 勇者は思わず息をのむ。

 まさかハカセが、すでに魔王の『ダークマント』に対抗するアイテムを作り上げていたとは。

 しかも、それを実用化にこぎつけていたとは。


 だが、助手が体験した「ひどい目」とは? 「責任を取る」とは? 

 没落貴族ぼつらくきぞくである伯爵家はくしゃくけの三女がなぜ、ハカセの助手をしてのか?

 10代にしか見えないハカセが、老人のような口調で話しているのはなぜなのか?


 浮かんだ疑問を、勇者はかぶりを振って追い払う。

 今、重要なのは魔王への対策だ。

 質問するべきは、この『服だけを溶かすスライム』についてだろう。


「ハカセ。質問をよろしいですか?」

「なにかね。勇者くん」

「戦闘時には予想もしないことが起こります。たとえば、魔王に向かって投げつけた『服だけを溶かすスライム』が、うっかり自分や、仲間の身体にかかることもあるでしょう」

「……あるかもしれぬな」

「その場合、私や仲間の防具は、スライムにかされてしまうのでしょうか?」

「うむ……そうなるな」

「スライムをすぐに呼び戻したとしても?」

「魔王のころもを食らいつくすほどのスライムじゃからなぁ。触れたのが短い時間であっても、装備は破壊されてしまうかもしれぬ」

「それでは危険すぎます!」

「そうですよ。ヒロシ」


 助手が勇者に同意する。


「ヒロシはこの世界を甘く見過ぎです。装備を溶かすようなスライムを、魔王の前で使えるわけがないじゃないですか」

「確かに、そうかもしれぬな」

「実験中ならいいですけど。わたしに使うならいいですけど。むしろ以前使ってくれたときは、新しい世界が垣間見かいまみえましたけど」

「人前でそういうこと言わない」

「……ハカセ」

「なんじゃね? 勇者どの」

「あなたは伯爵家の三女に、一体なにをしたのですか?」

「ヒロシは、わたしを変えてしまったのです」

「だから! 責任は取るから!!」

「まぁ、ヒロシは世界を変える人ですから。没落貴族の三女を新たな性癖せいへきみちびくくらい、あたりまえのことなのかもしれないですけどねっ!」

「人前でそういうことを……いや、世界を変えたいというのは、本当のことじゃが」


 ハカセはうなずいて。


「助手くんの言う通り、わしは自分の発明品で世の中を変えるのが夢なのじゃ。世界を変えるのは、いつだって新技術。そして、新技術を作るのはえらそうな博士と相場が決まっておる」

「だからヒロシは髪を白く染めて、『わし』とか『じゃ』とか言ってるんですよ。かわいいですよね」

「かわいいとか人前で言わない」

「人前でいちゃつくんじゃねぇ」


 思わず突っ込む勇者。

 それから、彼は椅子いすって立ち上がり、


「もういいです。『服だけを溶かすスライム』は危なすぎて使えません。『ダークマント』の対策は、別に考えることにします!」

「待て、勇者よ。話はまだ終わっておらぬ」


 ハカセは不敵ふてきな笑みを浮かべた。


「わしも博士と名乗るほどの者じゃ。『服だけを溶かすスライム』を安全に使う方法くらい、すでに考えておるわい」

「……え?」

「……本当ですか、ヒロシ!」

「うむ。確かこのへんに……」


 ハカセは研究室のすみっこにある箱を開ける。

 そこから引っ張り出したのは……漆黒しっこくの服だった。


 一見、貴族の正装せいそうのように見える。

 だが──それは動いていた。

 まるで生きているかのように、表面がかすかに振動しんどうしているのだった。


「これが『服だけを溶かすスライム』を安全に使うための切り札! その名も『服だけを溶かすスライムで作った服』じゃ!!」

「「『服だけを溶かすスライムで作った服』!?」」

「実演してみせよう。少し待っておれ」


 ハカセは黒い服を手に、となりの部屋へ。

 しばらくガサゴソしていたかと思うと、着替えてすぐに戻ってくる。

 戻ってきた彼は漆黒しっこくの、『服だけを溶かすスライムで作った服』を着ていた。


「まずは見てみるがいい。ほれ」


 ハカセは『服だけを溶かすスライム』が入ったびんを手に取った。

 ふたを開けてかたむけると、瓶の中から半透明の生物──スライムが現れる。


「これが『服だけを溶かすスライム』じゃ。これに白衣を与えてみると……」

「……すごい勢いで溶けていきます」


 半透明のスライムは、あっという間に白衣を食べ尽くしていく。

 あとに残ったのは、一回りサイズが大きくなったスライムだけだった。


「ヒロシ。それは買ったばかりの白衣ですよ!? また無駄にして……」

「実験のためには犠牲はつきものじゃ」

「研究所の予算だってカツカツなんですよ!?」

「大丈夫じゃ。わしに考えがある」

「……本当ですか?」

「まぁ見ておれ。次に『服だけを溶かすスライム』を『服だけを溶かすスライムで作った服』に触れさせてみると」


 ハカセはスライムに、服の袖を近づける。

 餌の気配を感じたのか、スライムは身体を伸ばし、ハカセの黒服にしがみつく。

 けれど──


「……服が、食べられていませんね」

「……本当です。ヒロシ。いつの間にこんなものを」

「助手くんとスライムの実験をした後じゃな」

「で、でも、おかしいですよ。ヒロシ!」


 助手の少女が首をかしげる。


「このスライムは服を食べるんですよね? なのに、スライムで作った服は食べないんですか?」

「食べておるのじゃよ」

「……え?」

「『服だけを溶かすスライム』じゃからな。当然、『服だけを溶かすスライムで作った服』も食べておる。正確には『服だけを溶かすスライムで作った服』の素材となっている『服だけを溶かすスライム』も、自分自身である『服だけを溶かすスライムで作った服』を食べているのじゃ」

「じゃ、じゃあどうして、服が消えないんですか?」

「服を食べたスライムが、その分、成長しているからじゃ」


 ハカセが指を鳴らす。

 反射的に助手が立ち上がり、ホワイトボード (ハカセの発明品)をガラガラと引っ張り、ハカセの後ろに配置する。

 そうして、ハカセは図を書き始めた。その内容は──


(1)『服だけを溶かすスライムで作った服』は、服である。

(2)服だから『服だけを溶かすスライム』は、それを溶かす。

(3)溶かした分の栄養で、服を構成しているスライムは大きくなる。

(4)スライムが大きくなるから、減った分が補充される。

(5)その結果『服だけを溶かすスライムで作った服』は、いつまでもなくならない。


「そして……『服だけを溶かすスライムで作った服』に触れた『服だけを溶かすスライム』は、自分を服の一部だと認識するのじゃ。これは、服が同じスライムで構成されているからじゃな。ひとつの群れ──群体になってしまうのじゃ」


 ハカセは、説明を続ける。


「その結果、『服だけを溶かすスライムで作った服』の、捕食と成長のループに取り込まれてしまう。だから、服が食べられて消えることはない。もちろん、スライムを引っぺがせば再利用も可能じゃ」


 ハカセは、黒服にくっついたスライムを、ぺり、と引き剥がした。

 そうしてびんたたくくと、スライムは、その中に戻って行くのだった。


「──というわけじゃ。これなら、魔王討伐に使えるのではないかな?」

「……ヒロシ」

「なにかな、助手くん」

「どうやってこんなものを作り出したんですか?」

「『異世界だからできるじゃろ』と思って作ったらできたのじゃ」

「…………ヒロシってば」


 助手は頭痛をこらえるように、


「ヒロシはいつも、私の心と身体に、新たなる感動を叩き付けてくるんですから」

「助手くんがいてくれるからじゃな。それで、どう思う? 勇者どの」

「人前でいちゃいちゃするなと思いました」

「そっちじゃない」

「……『服だけを溶かすスライムで作った服』については……よくわかりません」


 勇者は迷いを振り切るように、


「この服があれば『服だけを溶かすスライム』を安全に使えるわけですね?」

「そうじゃ。しかも、この服はしなやかで、衝撃しょうげきを受け止める効果がある。望むならよろいやローブにすることもできる。下着も作れる。どうじゃ。この装備で魔王討伐に挑んでみぬか?」

「魔王の『ダークマント』に対抗するには……それしかないようですね」


 勇者は、拳を握りしめた。


 魔王討伐には、王国の未来がかかっている。

 もちろん、勇者自身の栄光も。


 得体の知れない装備だ。リスクはあるのだろう。

 だが、国の未来と栄光のためなら、使う価値はあるはずだった。


「お願いします。ハカセ! 『服だけ溶かすスライムで作った防具』と『服だけ溶かすスライムで作った下着』を、製作せいさくしてください」

「承知した。ただ、値は張るぞ?」

「わ、わかっています」

「『服だけを溶かすスライム』をだけなら安くできるのじゃがな。服や防具、下着にするとなると、専門の業者の手を借りねばならぬ」


 ハカセは、満足そうな表情で、


「まぁ、こんなこともあろうかと、業者とは契約しておいたがな。あとで見積もりを出すとしよう」

「……ハカセ」

「なにかな。勇者よ」

「あなたは、こうなることがわかっていたのですか?」

「言ったはずじゃよ。わしは、自分の発明品で世界を変えるのが夢だと」

「まったく、ハカセには敵わないな……」


 勇者は降参、というように肩をすくめてみせた。

 こうして、魔王討伐のために『服だけを溶かすスライム』を『服だけ溶かすスライムで作った防具』『服だけ溶かすスライムで作った下着』が製作されることが決まり──


 ハカセの研究所は、かなりの報酬ほうしゅうを得ることになったのだった。






 ──十数日後──



「ねぇねぇ、ヒロシ」

「なにかな。助手くん」

「いつになったら、わたし用の『服だけ溶かすスライムで作った白衣』と『服だけ溶かすスライムで作った下着』を製作してくれるんですか?」

「助手くんが新たな性癖せいへきの扉を開くから駄目じゃ」

「あの服と下着はビクビク震えますからね。裸より恥ずかしいかもしれません」

「こら、目をうるませるな。妙な眼光を放つな。落ち着け」

「ヒロシが責任を取るんだからいいじゃないですか」

よろいと防具の代金は助手くんの家にあげたではないか。あれで満足せよ」

「ジョシュアン伯爵家の没落ぼつらくっぷりをなめてますね? あんなもんじゃ再興さいこうできませんよ」

「助手くんも大変なのじゃな」

「異世界人に娘を差し出すような親ですがね。相手がヒロシじゃなかったら、両親まとめてぶっ殺してやるところですよ。ヒロシだったから、伯爵家を再興さいこうする気になったんですけどね。ヒロシは伯爵家はくしゃくけを救ってますね」

「助手くんの愛が怖いのじゃが」

「ところでヒロシ、王宮での話を聞きましたか?」

「いや、知らぬが?」

「魔王討伐に向かう勇者たちの、出征しゅっせいパーティが行われたそうです。勇者カイトさんたちも、フル装備で出席されたとか」

「……フル装備で?」

「……フル装備で」

「……あちゃー」

「結果、聞きたいですか?」

「うむ」

「国王陛下も王妃さまも姫君も貴族も──勇者たちを除いて、みんなが全裸ぜんらになりました」

「……じゃろうなぁ」

「……使い方は、ちゃんと説明したんですけどねぇ」


 ハカセと助手はため息をついた。


 勇者たちの装備は『服だけを溶かすスライム』で作られている。


 その素材となっているスライムが、装備を溶かすことはない。捕食と成長のバランスが取れているからだ。

 かなり難しい調整だったが、ハカセの『異世界だからこのくらいはできる』という思い込みで成功させた。


 けれど『服だけを溶かすスライム』の服を捕食ほしょくするという性質は変わっていない。

 そのスライムで作った装備に、一般人の服を近づけたら──


「あっという間に捕食されるじゃろうなぁ」

「王宮は大変なことになったみたいですよ。どうするんですか? ヒロシ」

「大丈夫じゃ。契約書に『ノークレーム、ノーリターン』と記載きさいしておる」

用意周到よういしゅうとうですね!?」

「あと、業者には『服だけを溶かすスライムで作った国王や貴族の服』と『服だけを溶かすスライムで作ったドレス』も発注済みじゃ」

「え、なんで!?」

「売れることがわかっておったからじゃよ」

「……え?」

「魔王討伐をした勇者を、王家や貴族が無視することはできぬ。地方貴族などは、通りかかる勇者を歓迎するじゃろう? となれば、スライムに食われない服の需要はあるはずじゃ」

「で、でもでも、王族や貴族が『服だけを溶かすスライム』の服を着たら、召使いや騎士きしや、一般の人たちは服を食べられてしまうんじゃ……」

「無論。『服だけを溶かすスライムで作った一般的な服』も発注しておる」

「用意周到ですね!?」

「言ったじゃろ。『わしは、自分の発明品で世界を変えるのが夢だ』と』

「あー」

「いずれこの世界の服はすべて『服だけを溶かすスライムで作った服』に置きわっていくじゃろう。わしの発明品が、世界を変えるのじゃ。もちろん、利益も計り知れぬ。助手くんの伯爵家を再興さいこうするなどたやすい……おや、どうしたのじゃ? 助手くん。鼻息が荒いようじゃが?」

「…………」

「え? 伯爵家が再興するなら、もう我慢しなくていい? ヒロシとの未来を考えたら興奮こうふんしてきた? 今すぐ一人目のこど……い、いや、待って。助手くんの性癖せいへきの暴走を止めるために、わしはれた老人の口調をしてるんだけど……もう効果がないの? え? 性癖を覚醒めざめさせた責任を取れ? いや、だから将来は責任取るから! 今は我慢を……待った。いつの間に『服だけを溶かすスライム』を持ち出したの!? それが助手くんの背中からい出してくるということは、君の服の後ろ側はすでに……あ、待って。誰かが研究所のドアをノックしてるから! 来客だから!! あ、あああああ。あ────っ!?」


 数時間後。


 研究所を訪ねた人々は、やけにつかれた様子のハカセと、満足そうな表情をした助手に、新たな服を発注することになるのだった。




 おしまい


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