最終話

「皆、いいコにしていたようだな」


 泉の精が馴染みのセリフを問いかける前に、勇者は聖女たちに声をかけた。


 【選択の泉】の上にずらりと並んだ聖女たちは、選ばれるまで話せないし動けない。皆うつむいているが、いちように頬は上気し、瞳はうるみ、吐息は熱い。


「ふふ。今回は誰の世界に行こうか。まぁ選ばれなくとも、待っている時間すら、お前たちなら十分に楽しめるだろうがな。ご褒美は必要だろう?」


 ニィと口の端を上げた勇者は、聖女一人ひとりの耳元で、ぼそぼそと囁いていく。


 囁かれた聖女たちの頬はさらに染まり……。


「いい加減にしてください! この【選択の泉】は、絆を確かめたり、特殊なプレイを楽しんだりするためにあるんじゃないんです! 普通に使ってください!」


「泉の精よ、心配するな。お前も一緒に」


「だーかーら!! 使用目的がズレてるって話しかしていませんから! 【選択の泉】の使い方を正しく理解して」


「理解しているとも。お前も仲間に入りたいと」


「だあぁぁああ!! もうほんと無理!! 神様! この仕事、辞めさせてもらいます!!」


 泉の精が溜まりにたまった憤りを叫んだ瞬間、泉の精も【選択の泉】もかき消えた。


 その場にいた聖女たちは全員残され、動けるようになった聖女たちは不安げに顔を見合わせている。


「あぁ、心配しなくていい。今まで通り、みな平等に可愛がってやる」


 聖女たちは「それならなんの問題もありません」と勇者についていき、宣言通り勇者は聖女たちを


 勇者のおかげで聖女たちの癒やしが途切れることはなく、この世界は他にないくらい長い期間、平和になった。


   ※


「泉の精よ、機嫌をなおしておくれ」


「無理です」


「まぁ、途中からアレなお客さんばっかり増えておったが、泉の精ちゃんのおかげで助かった勇者聖女もたくさんいるんじゃよ?」


「それは、わかってますけど」


「まぁ、あれだけ目の前でイチャイチャされたり、なにを見せられてるのかって気持ちにさせられたりしたら、のう」


「……【選択の泉】って、私が落ちても作用するんでしょうか?」


「理論的には作用するじゃろうな」

「しかし泉の精ちゃんは『【選択の泉】の精しごとを辞める』と宣言したから」

「あぁ、もう【選択の泉】ではなくなっているかもしれんな」


「私、試してみます!」


「え」

「泉の精ちゃん?」

「早まるでない」


 泉の精は【泉】を呼び出すと、自ら飛び込んだ。


 瞬間、【泉】も泉の精の姿もかき消え、待てど暮らせど、神々の前に、【泉】と泉の精の姿は二度と現れることはなかった。


   ※


「はぁ。泉の精は今頃どうしておるかのう?」


「おそらく、泉の精ちゃんが必要とされている場所に現れているのではないか。少なくとも、ここでの需要はもうないということじゃ」


「あやつとは長い付き合いであったゆえ、少しさみしいのぅ。泉の精よ、今度はそなた自身が幸せになれると良いな」


「我らはここからいつまでもそなたのさいわいを願っておるぞ」

「健やかであるように」

「良い出逢いがあるように」


 事あるごとに神々から寿ことほがれていることを知らない泉の精は、顔を引きつらせていた。


「泉の聖女様だ!」

「我が国にも泉の聖女様が現れたぞ!」


 知らぬ間に、泉の精は泉の聖女にランクアップしていた。


  ※


 神々の元を飛び出した当初は、まだ泉の精のままだった。


 ある国の泉にいきなり現れた泉の精は祈りを捧げていた聖女に名前を聞かれ、


「私は、泉のせ……いえ、名も無き存在です」


神泉しんせんに現れたのですから、さぞや力のあるお方とお見受けします。どうかその智慧ちえをわたくしたちにお貸しくださいませ。実は、我が国で一番力ある聖女が、ある日とつぜん消えてしまい困っているのです」


 いきなり相談を持ちかけられた泉の精は面食らったが、的確な助言を与えた。


 目の前にいる聖女は泉の精を知らなかったが、泉の精は長年、【選択の泉】でマッチング先を探していたため、全異世界の勇者聖女のいる国の事情に通じていたからだ。


 しかも消えた聖女は、最後に【選択の泉】へと喚ばれた聖女の一人であったため、自分がキレたことで力ある聖女を奪ってしまったと、泉の精はその国の問題に真摯に向き合った。


「ありがとうございます、名も無き尊きかた。今後も末永く我が国に」


「無事に解決したことだし、私はおいとまします」


 泉の精は最後まで聞かずにさっさと泉に飛び込んだ。


 ――思ってたのと違う!


 どうやら【泉】に飛び込むと、必要とされている相手の前に現れるようだが、泉の精はビジネスライクな出会いは求めていなかった。


 しかし何度飛び込んでも、困った状況を憂う相手から助けを求められ、無下にもできない。


 行き掛けの駄賃とばかりに、泉の精は様々な問題を解決に導き続け、神々の寿ぎもあり、いつの間にやら泉の聖女と呼ばれるようになっていたが、本人は、目の前で歓喜されている今の今まで知らなかった。


 最初に『名も無き存在』と語ったことと、問題が解決すればすぐにいなくなることから、『神出鬼没の泉の聖女様は恥ずかしがり屋』だと思われ、逃がしたくない人側は気を使っていたのだ。


 しかし今までは神泉しんせんと呼ばれる清らかな泉にしか現れなかったのが、開催真ッ最中の舞踏会会場に現れたのだ。


 会場は大興奮の渦に包まれていた。


「聖女とか、無理むりムリ〜〜」


 うなるような熱気の中、今まで見てきた聖女たちのアレやコレやを思い出し、逃げ出したいが、なぜか【泉】を呼び出せない。


 物理的に駆け出そうにも、人々に囲まれていて逃げられそうにない。


 足がガクガクして、うつむいた先に、片膝をついて手を差し出す者がいた。


「お手をどうぞ。このままでは倒れてしまいそうだ。私につかまって。座れる場所に案内します」


「えっ、あ、ありがとうございます」


 手を重ねた瞬間、懐かしい神々の声でお祝いの言葉が降ってきた。



 


 




 

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泉の精は言いました。「勇者(あなた)が落としたのはどの聖女ですか?」 高山小石 @takayama_koishi

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