最終話 しょうがないなぁと思うことほど実はなにより大切なものだったりする
かくして記憶遡行の旅は終了である。
な、言った通りだろ? 天の川に希求したところで願いは叶わないんだ。
あたかも瓢箪から駒が出たかのように思えた一連の騒動は、実は第三者によって仕組まれたもので、願望が叶うという摩訶不思議な現象は、あらかじめ俺に備わっていたものだったんだ。
……なんて形而上学的な結論が正しいってんだから、まだ織姫様一人が現界した方がマシだったんじゃないかと思えてしまうね。
異世界人派遣に欠かせない『門』とやらは、どうやら天のことを指していたらしい。開閉は天の自由自在……であったのは先週の金曜日までのようで、今現在その特権はカルマが掌握しているらしい。治癒に際して掠められたのだとかなんとか。
思うに、連絡網を断たれるのが不満でカルマは現界したのではないだろうか。
地球云々、査定云々は建前で、実際は妹が二度と見られなくなるのが寂しかっただけなんじゃないか? ……なんて、結論を出すには早計なんだけどさ。
こうして天は、命と代償に願いを叶える能力と、俺との脳内意思疎通以外の一切の能力を失ったわけである。
本人はそう言っていたが、実際はどうなんだか。
とっておきのひとつやふたつ、あるんじゃないかと俺は勘繰っている。
ま、なにはともあれ、天が弱体化したことには変わりなく、それ故さしたる変化は訪れなかったってわけだ。俺の感じていた寂寥感は一体なんだったのか。
週初め特有の憂鬱さも、放課後になればきれいさっぱり解消される。
今日も今日とて、部室は喧騒に満ち溢れていた。
うがー! と奇声が上がれば、ふふっと控え目だけどどこか得意気な微笑が返り、すかさずもう一回! と再戦を望む声が上がる。
それに柔らかな声が応え、結果は今回とまるで変わらないものになるのだろう。一度だって変わった試しがないからな。
視界の端で繰り広げられるモダンな熱戦(内一人はまだまだ本気を出していない模様)は見慣れたものだが、一方レトロゲーム派閥には変化があって、
「ダウト」
「……さてはお前、心中を見透かせたりするのか?」
「実を言うと、カードを引くときに表面が垣間見えてね」
ジャンケンで振りかぶった瞬間、既に手の形は見えている、みたいな理屈だ。
普通見えねぇよ……。
「まさしくダウトですね。バトラーさん、反則負けです」
差し向かいの妹からの指摘に、斜向かいの金髪はたははと腑抜けた笑みを漏らした。
珍しいことにバトラーがアナログサイドに属している。転属の理由は聞かずと知れたようなものだ。
まあ天と同じだろうな。手加減しないガチ勢二人が全部悪い。
「自前のものだから見逃してもらいたいんだけど、駄目かな?」
ちらと許しを請うようにこちらを見やってくる。
「駄目だ。ゲームが破綻する」
推測が正しいか、誤りかのスリルが醍醐味だってのに、透視が許可されたら楽しさ9割減だ。開示状態で神経衰弱するようなもんだからな。神経を使う要素が見当たらない。
小さくため息をつくと、バトラーは大儀そうに腰を持ちあげた。
「それもそうだね。二人とも注文は?」
敗者のドリンク献上は、ビギナーにも情け容赦なく課される義務である。
「コーヒーで。あ、ホットな」
「ではピーチティーで」
続く注文は……なし。
「了解。少し待っててね」
早々と身を翻し、バトラーは部室を後にする。
面影を見つめるように、視線を固定したまま俺はひとりごつ。
「なんだかなぁ」
俺の時だけ追加で三人分のオーダーが来てる気がするんだよなあ……。
「それだけ愛されてるんですよ兄さんは」
と、優しげな声に振り向けば、天が慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
「みんな、兄さんを困らせて楽しんでるんですよ」
「どこの太鼓持ちだ俺は」
親父じゃあるまいし。
「以前、兄さんも百合さんをからかって楽しんでいたでしょう? あの行動と同じ原理ですよ」
因果応報とはこのことか。
「まぁいいけどさ。平和ってことだし」
「なんて言ってると来るんですよね。お約束の展開です」
「いやフラグじゃないんだが?」
天は小首をかしげた。
「旗がどうかされたのですか?」
「額面通り受け取られてもなぁ」
一般に普及しているのか怪しい単語は、まだ享受しきれていないらしい。
「まだまだ未知の情報は山積みなんです。知らないこと、これからもたくさん教えてくださいね兄さんっ」
柔らかく微笑みかけてくる。
「ああ、手取り足取り地上のことを教えるよ。でないと天が将来困るだろうからな」
この先、天がどうなるのかはわからない。元いた場所に戻るのか、地上で過ごすのか、それは来たるべき日が来るまでわからない。
もっともそんな日が訪れるのかすら定かでないのだが、まあ用意周到に越したことはない。最低限、地上の知識は付けておくべきだ。
といっても、最低ラインはゆうに越えてるんだけど。
「はい。子供の名前も一緒に考えましょうね」
途端に部室が水を打ったように静まり返った。正確には消えたのは肉声だけで、ディスプレイからBGMだけが虚しく流れ続けている。
地雷を踏んだ時と近い感覚に全身が総毛立つ。
恐る恐る首を振ると、
「紫音、あんたそこまで落ちぶれて……」
「わたし、そんな展開は現実では起こりえないと思ってたんだけどなぁ」
「お師匠様……その道徳上よろしくないと思うのです」
「ち、ちがっ……!」
侮蔑に困惑に同情。
この妙な既視感をきっと気のせいではない。
しかし、今回に限って言えば俺に非はないのだ。
「なにが違うんですか? あのとき、命を育もうって……」
一言も言ってないですよ天さん?
他女性三名は、薄ら笑いと慈愛に満ちた笑みと侮蔑するような顔を浮かべている。
ゆかりしか正しい反応をしていない気がするのは気のせいか?
「齟齬だ齟齬! 確かにその瞬間が楽しみではあるけど誰も相手が……」
「自白してんじゃないの」
早口でまくし立てる俺を遮って百合が言う。
最後まで聞けよ。
「ま、いいんじゃない? 実の兄妹じゃないんだし」
「名義上は妹だ」
「昨今の婚約は大抵が血筋か収入目当て。そんな感性が腐敗したご時世で、純粋な愛の上に子宝を授かるなんて滅多にないことよ。知ってる? 第一王子が暗殺されて第二王子が即位するのが昨今のテンプレートなのよ」
「現実とフィクションを混同するなよ」
途中まで真面目な話かと思ってたのに最後で台無しだ。
「でも戦略結婚がありふれてるのは事実だよ」
と、いつの間にか帰ってきていたバトラーが会話に加わってくる。
机上に缶とペットボトルが置かれているが、ドアの開いた音はしなかった。
少しは異能を自重してほしいもんだね。偶然目にした奴が腰を抜かしちまうよ。
「それは三千年前までの常識だろ。てかバトラー、お前一部始終見てただろ? なんでそっち側の助太刀してんだよ」
弁明側に回るのが筋だろ。
バトラーはどこか偽悪的な笑みを浮かべた。
「なんのことだい? 悪いけど、あの時僕は意識を失っていてね」
「こんにゃろ……」
意趣返しですかそうですか。罰ゲームくらいで懐の狭い奴め。
……どうしよ、このままじゃ本当に妹ENDになっちまう。
それだけはなんとしても避けねば!
「あ」
と、小さく漏らしたのは天だ。なにかに勘づいたような驚きの表情。
一目見て俺は悟った。
どうやら運は俺の味方をしたようだ。
「さ~て、一仕事行きますか。ゆかり、今日はお前の番だ」
「え?」
なんでどこにの、疑問の二乗の困り顔だ。
「カルマが刺客を送ってきたんだよ。そうだよな天?」
視線を向けると、天は渋々と言った様子で頷いた。
「はい。……せっかく漕ぎ着けそうだったのに」
小声で呟いて悄然と項垂れる。
既成事実作戦とは……こいつなかなか曲者だな。危うく陥落して、社会的制裁を喰らうところだった。
それだけじゃ済まず、社会的に死にそうだけど。
「バトラーは姉貴と百合の護衛な」
「もし手に負えない相手だったらすぐに呼んでよ」
「ああ、お前は最後の砦だ」
バトラーでも手に負えない相手だったら、そんときゃ潔く諦めよう。
「気をつけなさいよ」
「無茶しちゃ駄目だよ~」
百合と姉貴に頷き返して足先を廊下に向ける。
二人もこの超展開に慣れてきたようだ。
「場所はピロティです。今のところ被害はないようですが、少し急ぎましょう」
「了解。ゆかり、仮に戦闘になったらよろしくな」
「っ! はいっ!」
うん、良い笑顔だ。
口に出してはいないものの、ゆかりは対カルマ戦で戦闘要因と見做されなかったことに不満を覚えているようだった。
今の反応を見るに、俺の推測は正しかったと見ていいだろう。弟子の変化に気づけるなんて、俺の師匠職も板に付いてきたもんだね。
「じゃ行くか」
こうしてピロティに行きたいと願えば、次に瞼を開いた瞬間にはピロティである。
まったく、いちいち異世界人の折衝をしなくてはいけないなんて面倒な話だ。
でも、これがカルマとの約束だ。
この約束を反故しない限り、地上の安泰は約束される。
ならやるしかないだろ? 大切な人と場所を守るために。
ああ、最後にプロローグの言葉をひとつ訂正させてほしい。
俺はこのポジションを誰にも譲るつもりはない。
面倒で、責任重大で、いつもいつでも悠々自適とはいかないけれど、それでも最高に楽しい毎日なんだ。
ヘンテコな日々は明日も続いていく。
明後日も、明明後日も、その先の未来も。
――いつまでもこの日々が続きますように。
転移直前、俺は小さく呟いた。
しかしそんな大きな願望は、俺一人ではとても叶えられそうにない。
今年は真面目に、七夕の催しに参加しようかな。
たまには神頼みも悪くないだろ?
―FIN―
このままでは地球が滅びてしまいます! 風戸輝斗 @kazato0531
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