2067年8月31日
母校が廃校になった。
そう聞いて私は、すぐに実家に帰って、跡地を見に行く。
高校生──青春時代。思い返せば、失敗ばかりだったなと自分を恥じてしまう。その中でも大きな失敗というか、思い出は校舎裏にあった。
「まあ、校舎なんてもうないんだけど」
ここだったかな。私は学校の跡から目星をつけて、そこに向かう。
「葵ちゃん」
葵ちゃんがいなくなってから60年。私はもう立派なおばあちゃんになってしまった。夫もいるし、最近は孫ができて、かわいくて仕方がない。
けれど、私はここに来てしまった。あの事があって、数カ月後にいなくなった葵ちゃん。私のせいかもと、今でも思っている。私が思いを置いていってしまったから、彼女はどこかに行ってしまったのでは無いかと──。
謝罪の言葉はあの時言ってしまったから、絶対に言えなかった。70歳を超えて、過去に引きずられている私を、葵ちゃんはなんていうかな。多分、葵ちゃんのことだから気を使ってくれるんだろうな
時間がたって、葵ちゃんのことに、みんな興味がなくなっていった。葵ちゃんのお父さんとお母さんも随分前に亡くなったと聞く。皆の中で葵ちゃんが消えていく。
けど、周りの人が葵ちゃんのことを忘れても、私だけは覚えておく責任がある。私がもっと歳をとって、何もわからなくなるまでは、彼女のことを抱えておかないと──何か、いけない気がするのだ。
私だけはせめて、覚えておこう。バレバレだった私への気持ちとか、無邪気な笑顔とか、何度も助けられた、その明るさとか。そういうことを、覚えておこう。もう声さえ思い出せない彼女のことを、私は心に閉まっていきたい
校舎裏に生えていた木は、切られずにまだ残っていた。私はそこに座って、持ってきたお弁当を広げる。木陰は夏空できらめいて、海からくる潮風が心地よかった。
「葵ちゃん、私、あなたのこと──忘れてないからね」
私はお弁当の中の卵焼きを食べた。潮風のせいか、いつもよりなんだかしょっぱかった。
止まる世界と残る場所 現無しくり @Sikuri_Ututuna
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