メスガキ聖女に冷やしポッキーを与えてみた。

「なんか暑くなってきたっすね?」

 

 一葉の言葉に誰も返事をしない程度には日差しの暑さを感じ始めている。というか、船で移動できる距離でここまで気温が変わるなんて本来あり得ない。遠くに港が見えているわけだが、いくら何でも船で移動できる程度の距離でこれはどうかと思っていると、船頭さんが話してくれた。

 

「バカルディ首長国連邦のスペリオールの港は海の魔物避けに魔力の火を焚いているからですよ。ほら、遠くに見える光。あれは大きな魔力の火なんです」

 

 船頭が指さす方、ゆらゆらと景色が揺れている。成程あれかと一葉は納得する。数時間前に保存食を作ったシーサーペントみたいな魔物が毎回港を襲えば確かに厄介だなと思う。それにしても上着がいらないくらい暑い。あの魔力の火とやらを一葉の世界に持って帰れば冬の暖にお金がかからないなとそんな事を一葉は考えていた。

 

「暑い! もう、何なのよあんな火、消してやろうかしら?」

 

 今さっき、魔物避けだと言ったばかりなのに、聖女ラムは自分の事しか考えていないので、汗を拭いながら遠くで煌めく魔力の火を不愉快そうに見つめていた。このバカルディ首長国連邦には最後の魔女、ニコラシカを捕まえに来たのだ。

 

「エイトって国はここから近いんすか?」

「エイトは中心にある国だからさらに馬車に乗って歩いて、数日はかかるだろうね。私は帰りの船にお客さんを乗せて帰りますけど、聖女様方、お気をつけて」

 

 今まで船に乗っているだけで到着したので楽だったなぁと船頭さんがいなくなるまで一葉は手を振って、今回の依頼の最後の目的地へと向かおうとリュックを背負う。しかし、そろそろお腹が空いたと聖女ラムが駄々をこねる頃合いだろうなとも思っていた。聖女ラムが口を開く前に、聖女ラムのお腹がグゥウウウウと鳴る。

 

「ちょっとぉお! カミヤぁ! あんたがちゃんとあーしの料理を作らないからお腹が空いたじゃない? どうすんのよぉ?」

「はいはい、ちょっと待ってくださいっす。シーサーペントのベーコンが食べれるはずっすから」

 

 とリュックから捕食用に入れておいたシーサーペントの肉を取り出すと、塩抜きをして火で炙って聖女ラムに差し出す。「何なのよこんな保存食渡して!」とキレるがシーサーペントベーコンは受け取りくちゃくちゃと食べる。

 

「これだけじゃ足りないわよ! もっと切りなさいよ!」

「ひっくん、わしも腹が減ったのじゃ!」

 

 そうだった。もう一人、いたなとリュックに入っているシーサーペントベーコンは多分使い切りそうだなと言われた通り、シーサーペントベーコンを切りながらそれら全てに火を通していく。とりあえずお腹に何か物が入れば大人しくなるだろうと思っていたが、何やら港が騒がしい。

 

「海賊だぁああああ! 海賊が来たぞぉおお!」

 

 海賊が来たらしい。一葉は大人しくシーサーペントベーコンを齧っている聖女ラムの表情がみるみる嬉しそうに変わっていく。なんか既視感があるなぁとか思っていたら最初に聖女ラムと一葉の仕事の依頼が盗賊退治だったなと、懐かしいくらい昔の事のように思えるが割と最近の話である。

 聖女ラムに精神的、肉体的に虐められた盗賊達は憲兵に引き渡した時、泣いて喜んでいた。憲兵達は聖女ラムの説法が効いたんだと勘違いしていたが、当然違う。聖女ラムの元にいるくらいなら、正当な裁きを受けた方がマシだと彼らは思ったんだろう。

 そして……そんな鬼どSの聖女がくちゃくちゃとシーサーペントベーコンを齧りながら待っているだなんてこの港まちを襲った海賊達が知るわけもない。

 ただただ、一葉は可哀想にと思った。

 

「奪えるもんは全部奪っちまえ! 食い物も金も! 女がいたら、犯して連れて行け奴隷商に高く売れるぞ」

 

 てな感じの事を叫んでいる海賊達、そして女はいた。

 確かに……

 

「おいなんだこの嬢ちゃん? 聖職者か? 神が見ていますよ? おやめないさいとでも言いに来たのか? チビの癖にどすけべな身体してんな? お前みたいな奴を好んで買うやつもいるからついてこい」

 

 うん、終わったな海賊と、何もしてあげる事はできないけど手を合わせてあげる事くらいはできるので、一葉は海賊達の未来を憂いて「南無阿弥陀仏」とこの世界では意味があるのか分からない言葉を述べた。

 

「アンタ達、あーしにいま喧嘩売ったって事わかってんのぉ? クソ雑魚海賊の癖にぃ! いいわ、全員まとめてぐちゃぐちゃにしてあげる!」

 

 海賊がそんな口をきく聖女ラムにカトラスを、単発式のマスケットタイプっぽい銃を向ける。それはそれは、悦に入ったような嬉しそうな表情で聖女ラムは海賊達を見渡す。

 

「ほんとバカ、あーしに手を出せると本気で思ってるところがほんと誰かさんに似てグズ何だから! 神よ神! 我が前に神にあだ名す愚か者たちを撃ち抜く水の裁きを! セイクリッド・ウォーターブレード!」

 

 二十人程の海賊達は聖女ラムの食後の運動くらい雑に退治される。中には魔法を使える海賊もいるにはいるが、魔法の才能とその力は確かすぎるので使えたからどうというのだ? くらいに海賊達は次々と倒され、降参。

 白旗をあげる。

 

「アンタ達さぁ、白旗あげたら助かるってそれどこの法律?」

 

 この世界の法についてはまぁ一葉も知らないが、降伏している相手を嬲る事はきっと普通に考えたらアウトなんだろうなと思って見ていた。

 何故なら、今は聖女ラムが全力でメスガキムーブ炸裂して自分に陶酔しているので、一葉の名前が呼ばれる事がないから。

 がそんな時間は長くは続かない。

 

「カミヤぁ! この生きたモニュメントを見ながら食べるお菓子なんか用意しなさいよ! あーしのたべた事ないやつよ! さっさとしなぁい!」

「はぁ、なんかあるっすかねぇ」

「アンタ今、ため息つかなかった?」

 

 聞こえていても無視しながら一葉はリュックの中をガサゴソ漁っていると、老若男女みんな大好き。江崎グリコのスリムで粋な奴。

 

「ポッキーでも喰うっすか? あ、でもここで出すと溶けちまうっすね」

「何じゃそれは? 食べ物か?」

 

 お菓子という事で海賊相手に魔法を使うのが面倒だった魔女ラーダも興味津々で一葉の物ポッキーの箱を見つめる。

 

「あれっすよ。ラーダさんが聖女サマの目を盗んでくってたチロルチョコと同じチョコレート菓子なんすけど、暑いと溶けちまうんで氷が欲しいんすよね。魔法で出してもらっていいすか?」

「良いぞ! チョコレートを食べられるのだな! クリエイト・アイス!」

 

 アイスピックを取り出すとカッカッカッと氷を成型していく。学生時代バーでアルバイトしていただけにこれは少し得意だった。氷で器を作ると、そこにポッキーを入れる。

 ただそれだけ……

 

「聖女サマぁ! できましたよぉ〜!」

 

 と一葉が言うので、聖女ラムは少し面倒くさそうに全員、聖女ラムに頭を下げて地面に額をつけて服従のポーズ。それを見てゾクゾクしている聖女ラムは目の前にいる一人の海賊。海賊の船長を四つん這いにさせその背中に木製の板を乗せてテーブルとしている。


「がんばんなさいよぉ、ざこせんちょー! アンタが潰れたら乗組員全員処刑だからねぇ! まぁ、アンタ達なんて全部切り刻んで畑の肥料にでもした方がいいと思うけどぉ?」

「頼む! いや、お願いだ! アルバスの聖女様。俺はどうなってもいい! だから乗組員達だけは……」

「は? なんでテーブルが喋ってんのぉ? あーあ、その辺のモニュメントぶっ壊そうかしらぁ?」

「やめ、やめてくれぇ!」

「海賊さん、喋らない方がいいっすよ。あーいう人は無視を決め込むのが一番っす。聖女サマ、冷やしポッキー作ってきたっすよ」

 

 海賊の船長が四つん這いになっているテーブルに冷やしポッキーを置いた。それを見て、聖女ラムは難色を示す。何となく美味しくなさそうに見える。でも食べる物がそれしかないから、一本摘んで、じっと見つめてから、聖女ラムはパクりとそれを齧る。

 

「!!!!!!!!」

 

 あぁ、ハマったなと一葉は確信した。日本でポッキーを食べるというのは通過儀礼みたいなものだ。11月11日に至ってはポッキーと双璧の人気を誇るプリッツの記念日ですらある。異世界の聖女ラム、十代の女の子がポッキーを嫌いなわけがない。

 

「ちょっとー! ないよこれ、チロルチョコに勝るとも劣らない……アンタなんてお菓子を知ってんのよ! こんなの皇帝でも食べた事ないでしょ!」

「いやぁ、皇帝かどうかは知らねーっすけど、俺の国のめっちゃ偉い人は多分、ポッキーより美味いお菓子食ってると思いますよ」

「はぁああ! 何それずるい! あーしにも出しなさいよ」

「いや、まぁポッキーとりあえず美味いっすよね?」

 

 じっと見つめる聖女ラム。ポッキーというお菓子をたいそう気に入ったのか二本両手に持ってポリポリと食べる聖女ラム。

 

「聖女、わしも! わしも食べるのじゃ!」

「はぁあああ? アンタの食べる分なんてあるわけないでしょ! ぜーんぶあーしのなんだから!」

「ちょっとくらいいいじゃねーすか、この氷を出してくれたのラーダさんなんすよ。聖女サマの従者じゃねーすか。ね?」

 

 そう一葉に諭されてうーと唸ると、ガンガンとテーブルを叩く聖女ラム。目を瞑りながら耐えている海賊の船長。

 

「ちょ、ちょっとだけなんだからね! ほら食べなさいよ魔女」

「わーい! いただくのじゃああ!」

 

 ポッキーを二人して数を競うように食べる二人。そんな二人の為に紅茶を入れる一葉。ポッキーを食べているので砂糖は薄め、ほんのり甘いそのくらいで二人に出すと、

 

「カミヤにしては気が利いてんじゃない! んっ、なかなか美味しいわね。このお茶どこの? かなり良いものでしょ?」

「そうじゃな! こんな美味しいお茶は初めてちゃ」

「あー、俺の世界のお茶でリプトンってティーパックっすわ。まぁ知らねーと思いますけど、くそ有名な紅茶です」

「なぁーに! カミヤぁ! あーしへの点数稼ぎ? まぁ! こんな高級なお茶、これも皇帝でも飲んだ事がないんじゃない?」

「この世界の皇帝さん、なんか不憫っすね……」

 

 まぁ、世界が違うので食べ物の質がダンチなんだろうが、食が流通して飽和した日本で生活してきた一葉からすれば驚きである。というか、一葉はこの世界の食べ物を食べた事がそういえばなかったなと思う。今度、後学の為にこの世界の家庭料理でも食べてみようかと思いながら、時折海賊の船長を蹴っては悦に入る聖女ラムと、リスみたいに頬を大きくしてポッキーを狂ったように食べている魔女ラーダを見つめて、紅茶を一口飲んだ。


「ちょっとぉー! 何あーしの“ぽっきぃ“をそんな食べてんのよ! あとは全部あーしのなんだからしっしっ! アンタはあーしが食べてるのを見て指咥えてなさいよ! カミヤ、アンタ馬鹿なのぉ? 魔女に食べさせるからあーしの分がなくなったじゃない!」

 

 そんな感じで聖女ラムがブチギレている中、豪華な甲冑を着た兵隊達がやってくる。なんだなんだ怖い怖いと思っている一葉だが、聖女ラムは片目を瞑ってその連中に「なぁに? アルバス神教会の聖女ラム・プロヴィデンスとしってのかしらぁ? ポリポリ」ポッキー食いながら話す聖女ラムに兵達達は跪く。

 

「やはり聖女様でしたか! 我がカルディ首相連邦のゴールド国の王が真の聖女様であるならお呼びせよとご命令を賜っており、どうかお話を伺ってはいただけないでしょうか?」

「ふーん! 続けなさい」

 

 ブーツも靴下も脱いでテーブルに足を置いている聖女ラム、行儀が悪いなぁと思いながら一葉はまた面倒な事が舞い込んできたなとスマホで食材調達の連絡を神様に電話する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メスガキ聖女の胃袋を現代飯で分からせる煽り耐性振り切った料理番のエクスカーション アヌビス兄さん @sesyato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ