メスガキ聖女にシーサーペントのはりはり鍋を与えてみた

 予想通りと言うべきか、聖女ラムの攻撃魔法はシーサーペントなる巨大な怪物が慟哭する程度には手加減をしてシーサーペント痛めつけていく。なんというか、シーサーペントの肉が焼けて美味しそうな匂いが立ち込めてきた。

 

「ラーダさん、シーサーペントって食えるんすか?」

「そじゃのぉ、喰うたという物はおらぬが……この香りからすると、うまいのじゃろうな?」

「食べた事はねーんすね。まぁ、うまそうっすね。海蛇、というより、クソでかいワニとかトカゲなんすかね?」

 

 口にしていないので、臭みがあるのかどうかもはっきりしないわけだが、それでも多分食べられるだろうと、一葉は自分の凶暴的な魔法に酔いしれている聖女ラムに大声で伝える。

 

「聖女サマー! それ食おうと思うので、あんまり痛めつけると肉が不味くなるっすよ!」

「はぁあああああ? あーしがこんなクソ不味そうなの食べるわけないでしょ! 何ケチろうとしてんのよぉカミヤぁあ!」

「いや、別にいいすよ。今日の食事なくなったらマジで喰うもんねーっすからね?」

「うっ……わーったわよ! もう、ほんとカミヤはグズなんだからぁ」

 

 語彙力がないのかな? なぜ一葉がグズという事になるのだろうか? とかいう事をいちいち聖女ラムに問いただすと面倒くさいので一葉はあえて何も言わない。その代わりに食事を作る準備をする。

 

「ひっくん、その野菜はなんじゃ?」

「これっすか? これは水菜って野菜で、鍋料理には必要不可欠な物っすよ! そういえば、こっちにきて鍋ってちゃんと食ってなかったっすから、今回はあの獲物で一杯やろうかなと思ってるんすよ」

 

 水菜はすぐに火が通るし、メイン食材のシーサーペントはそろそろ討伐されそうだ。怒りに任せて逃亡するという選択を間違えたシーサーペントは瀕死の状態で、再び逃亡を始めようとする。

 

「はぁああああ? 逃げるつもりぃ? バカじゃないのぉ! 逃げれるわけないじゃない! カミヤがうっさいからトドメさしてあげるわ! 神よ神。邪なる者……愚かな者が育て肥やした闇を切り裂く光の一振りを、ジャスティス・バスターブレード!」

 

 天より落とされる巨大な剣は、シーサーペントを真っ二つに切り裂いた。それはそれは綺麗に切られて死んだ事も分からないくらいスパンと高速で切れた体はゆっくりと崩れ落ちていく。満足したように振り返る。

 

「はい、殺したわよ! さっさと料理作りなさいよ。もうお腹空いて我慢できないんだからまきで作りなさいよ!」

「聖女サマ……流石にこれは……まぁいいか。とりあえずシーサーペンとの体の上に降りるので手伝ってくださいっす」

 

 ちょっとした浮島みたいになっているシーサーペントの死骸。それに乗っかり、出刃包丁でシーサーペントの肉に歯を入れてみる。

 

「硬って……」

 

 想像以上に硬い。出刃包丁が突き刺さらない食材なんて鰹節くらいなんじゃないかと思う一葉。当然、鰹節に包丁を刺した事はないが、感覚的にはそんな感じ、シーサーペーンとの肉を切り分ける事ができそうにない。

 

「聖女サマぁ! ラーダさぁーん! このシーサーペンとの皮、やべぇくらい硬いのでちょっと魔法で切れねーっすか? 身が取れないっす」


 身が取れないという事は食べられないという事なので、聖女ラムは「ほんと最初から言いなさいよぉ! どうぜラーダじゃ時間かかるからあーしが行ってあげるわ! 涙を流しながら喜びなさぁい!」

 

 シュタっと降り立つ聖女ラム。厚底ブーツだから一瞬バランスを崩す。そんなの履かなければいいのにと思う一葉だが、これも言わない。もしかしたら低身長である事を気にしているのかもしれないし、一葉は聖女ラムと違ってデリカシーもあり、倫理観もあるので身体的特徴に関しては絶対に何か言う事はない。なので、ある種辛辣に聞こえる。

 

「じゃあ、聖女サマ。この辺の皮をぶった切ってくださいっす!」

「はぁあああ? なんであーしがアンタの言う事聞かなきゃダメなのよぉ? ねぇ!」

「この辺が美味そうだからっすよ。というか俺の手伝いしにきてくれたんすよね?」

「はぁああああ! 手伝い? アンタ、今手伝いって言った? 違うわよ! あーしは施しをしにきたの!」

「じゃあそれでいいっすよ! 施してください! この辺の肉。今日食べる分と鯨ベーコンっていうかシーサーペントベーコン作るので一メートル四方くらいあればいいっすかね?」

 

 これは一葉も失言だった。

 

「何それ、いちめーとる? 何よそれ、何語使ってんのよ! あーしにわかるように言いなさいよ!」

「えっと、聖女サマの大きさより頭分くらいない大きさで切り分けてくださいっす!」

「はぁあああああ! それってあーしが小さいとか言いたいの? ねぇ?」

「じゃなくて、喰う分っすよ。いつになったら切り分けてくれるんすか?」

「うっさいわね! あーしに命令すんじゃないわよ!」

 

 もう面倒くせーなーと思いながらも一葉は煽らない。やれと言えばやらないのが聖女ラムだ。じーっと聖女ラムを見つめていると、聖女ラムは魔法の呪文を詠唱する。

 そして、

 

「あーしの光の魔法、シャイニングカッター! こんな雑魚モンスターも切り裂けないなんてほんと一葉はグズなんだからぁ!」

 

 そう言ってズバッと切ると、肉が焼ける匂いがする。


「どう?」

「あー、それじゃダメっすね! ちょっとその魔法だしたままにしてもらってていいっすか? 手、失礼するっすね?」

「は? アンタ、あーしの手を勝手に」

 

 どうやら、聖女ラムの魔法は熱量を持っているらしい。なので、時間をかけて切ると、焼けてしまう。なので、熱が通る前に一気に切り裂いてしまう。聖女ラムを包丁がわりに使ってシーサーペンとの肉を切り分ける。

 

「ちょっとおぉお……」

「いやぁ、さすがっす。聖女サマがいなかったら切り分ける事ができなかったっすよ」

 

 と切れ散らかす前に聖女ラムを讃える一葉。聖女ラムの扱い方はもう手慣れたものだ。切り分けたシーサーペントの肉を小さく切って口に入れてみる。

 

「ちょっとずるいじゃない! あーしにも」

「はいどうぞっす」

 

 くちゃくちゃと食べている聖女ラム。さて、味の方は……どちらかと言えば魚系の味がする。が、肉は魚類のそれではない。とはいえ、哺乳類でも爬虫類特有の鶏肉みたいな食感でもない。

 

「んまい」

「はぁ? そう? あのマグロっての方が絶対美味しいじゃない!」

 

 いや、まぁそうなんだけどとしか言いようがないが、それでもマグロに負けないくらいシーサーペントは美味しい。

 予想とは違ったが、これで作ろうと思った鍋ができる。一人で数人前はペロりと食べる聖女ラムに魔女ラーダ。十人前くらいの鍋の量を用意しておけばいいだろう。残りは塩漬けにして保存食にしてみよう。

 

「あと、タタキも作ってみるっすか?」

「たたきぃ? 何よそれ? なんか不味そう」

「超うまいっすよ」

「……はぁ? じゃあ早く作りなさいよ」

 

 じっと聖女ラムを見つめる一葉。そんな一葉に見つめられ聖女ラムはきょどる。「一体、何よ? 何見つめてんの? もしかして、あーしに欲情しちゃったのぉ?」「いや、船に戻りたいんすけど」と再び聖女ラムの力をアテにするので、ぐぬぬぬぬぬと怒りそうになりながら「浮遊魔法」と一葉と共に船に戻ってくる。

 

「切り分けたシーサーペント肉を鍋に放り込んで、鍋の元もぶちこんで、しばらく煮る。速攻で火が通る水菜は最後でいいから、この間にタタキ作るか、聖女サマかラーダさん、火」

 

 いつも通りの火の要求。それに聖女ラムが知らん顔をするので、魔女ラーダが「わしが出してやろうな! ファイアー」と炎を出すのでその火でシーサーペンとの肉を炙る。いい感じの油が滴るのでその油も取っておく一葉。

 

「よし、タタキはこれで切って食べられるから、あとは残りの大量のシーサーペンとの肉に塩を塗りこんで保存食にするっすね」

 

 同時進行して水菜を入れて、味をみる。流石に鍋の素を使えば簡単に美味しい鍋が出来上がるなぁと一葉はひっくり帰ってヘソを曲げかけている聖女ラムを一葉は呼ぶ。

 

「聖女サマ、はりはり鍋できたっすよ!」

「はりはりってどういう意味よ! まぁいいわ。早く出しなさい!」

「はりはりってのはこの水菜の食感の事を言うらしいっすよ。おろしポン酢でどうぞっす! 船頭さんもご一緒に」

「自分もいいんですか?」

「いいっすよね? 聖女サマ」

「はぁ? 勝手にすれば?」

 

 という事なので、みんなでいただきます。先ほど生で少し口にしたけど、これは火を通してポン酢で食べると間違いなく……

 

「うまっ!」

「なんじゃこの汁は美味いぞぉ!」

「美味しいですねこの鍋」

 

 と正直な感想をあげる三人に対して、聖女ラムは当然……

 

「まぁまぁね! いつも通り褒めてあげるわ! と言うかー! あーしの為に作ってるんだから当然じゃない! カミヤぁ! おかわり!」

 

 予想の範囲内。

 シーサーペントのタタキも切って一葉は出す。こっちは紅葉おろしが合いそうだなと、生で食べることに抵抗がある船頭だけが静かに見つめていたが、聖女ラムと魔女ラーダがバクバクと食べるので、船頭は目を瞑ってパクりと、

 

「う、うめぇ!」

 

 一葉は思わずニヤリ。そして一葉は船頭さんに日本酒を見せて「一杯やりましょうか?」とトクトクトクトクと三人分日本酒を、聖女ラムにはグレープフルーツジュース。

 乾杯。くぅうううううう! と全員が目を瞑ってシーサーペントのタタキをおつまみに楽しむ。しかし、一葉が少し心配な事。

 

「シーサーペントの肉、だいぶん放置して行くっすけど? 他の生物が食べれるんすかね? あのクソ硬い皮とか」

 

 と言う一葉の言葉に対して、一葉の想像できないとんでもない提案を魔女ラーダが行う。

 

「聖女よ。貴様、このシーサーペント全て凍らせる事ができるかの? できるのであれば、わしの亜空間魔法の中で管理しておけばいつでもこれを喰う事ができると思うがの」

「はぁああああ? なんであーしが…………まぁ仕方がないわね。セイクリッド・オメガコールド!」

 

 カチコチと凍らし、そこで、魔女ラーダが「開け! 闇の扉!」と凍らせたシーサーペントの肉をなんらかの亜空間に吸い込んでいく。これは凄いなと思いながら、こんな事ができるならもっと早く言ってくれればドレイクの肉も持って帰れたのになと思いながら、一葉はそんな事よりももっと大事な事を言う事にした。

 

「あの、海が凍っちまったんすけど、これどうするんすか?」

 

 シーサーペントのはりはり鍋を食べながら「その内とけんじゃないのぉ?」とか言う聖女ラムだったが、めちゃくちゃ寒くなったので炎の魔法で溶かすのに二時間くらいかかり、出発も大幅に遅れた。

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