メスガキ聖女に鉄火麺を食べさせてみた
聖女ラム曰く、ニコラシカ・キラーガールがいる場所は少し離れた海の向こうの国。呪いを通じてニコラシカ・キラーガールの視界を垣間見た景色は知っている国だったのだ。
「バカルディ首長国連邦のエイトにクソ魔女はいるわね。んっと魔女って連中はやーね。安全なところからくっだらない事をして、あーしに見つかって命乞いするんだからぁ!」
ニヤニヤと笑いながら、聖女ラムは魔女ラーダと魔女シーアンドスカイを見てそう言う。勇者ディタに魔女シーアンドスカイは引き渡してしっかりとした正当な裁きを行う事になっている。もちろん引き渡し先はアルバス神教会。アルバス神教会の信徒を襲った事で相当憎まれている魔女シーアンドスカイだが、罪の償いが終われば聖女ラムの従者となる書面を面倒くさがる聖女ラムにチロルチョコの詰め合わせを食べさせてなんとか書かせた。
これで不当な扱いや辱めを魔女シーアンドスカイが受ける事はないだろうと一葉の配慮である。
「ふふん、それにしてもカミヤぁ、これチロルチョコ。美味しいじゃない! 一粒金貨一枚くらいするんじゃなぁい?」
綺麗に形どった箱にチロルチョコを並べてみると、高級チョコレートっぽい見た目になり、そしてこっちの世界では日本の駄菓子の水準は超高級菓子のそれであるという事も相待って、物欲しそうにする魔女ラーダに見せつけながら食べる聖女ラム。
「聖女よ。そんなだけあるのじゃ! 1個くらいくれてもよかろう?」
「だぁーめ! これはあーしのなんだから、アンタはあーしが食べるのを眺めてなさいよぉ!」
「ひっくん! 聖女がぁああ!」
託児所みたいな状況。現在、一葉達は船に揺られている。海の向こうの国へ行く為だが、魔法の力を推進力にした船。残念ながら一葉の世界の大型エンジンやモーターで動くようなそれらには遠く及ばない。
だが、それでも緩やかな旅は悪くないなと、海を見ながらおにぎりを食べている一葉。
「カミヤぁ、アンタ何一人でおにぎり食べてるのよ! それよこしなさいよ!」
「もうねぇっすよ。聖女サマとラーダさんが全部食っちまったじゃねーっすか! 一個だけ、一個だけって国語の教科書に載ってる一輪の花みたい食い散らかしたっすからね。むぐむぐ」
要するにもうおにぎりはないと一葉に言われ、聖女ラムは大きく口を開けて驚愕する。その隙に魔女ラーダがチロルチョコを一粒盗んで「んまーい」と声をあげる。
「ちょっとカミヤぁああ! あーし、お腹空いて死にそうなんですけどぉ? アンタあーしの食事番でしょ! 馬鹿なの! どうするのよ! あーしもう我慢できないんですけどぉ! どうすんのよ? アンタクビになりたいのぉ?」
めっちゃくちゃ煽ってくる聖女ラム、それにハァとため息をつくとリュックから一葉はサッポロラーメン塩を取り出す。
「インスタントラーメンならあるっすけど喰うっすか?」
「はぁあああ! 食べ物持ってんじゃん! バカじゃないの! さっさと作りなさいよ」
さてと、と一葉はマグロの筋が多い刺身も取り出した。ヅケにするつもりだったが、インスタントラーメンだけだと栄養価がゴミカスなので、強力で純粋なタンパク源。
「スープの出汁に少しマグロ入れてみるか」
沸騰した鍋にサッポロ一番塩のスープを放り込み煮込む。麺は別で沸かしたお湯でほぐしそれを合わせる。マグロの出汁を取った事で昨今流行りのアレを作ってみるかと一葉はザクザクザクと一口大にマグロを切ってそれをサッポロ一番塩ラーメンマグロ出汁バージョンに刺身を乗せる。
「よし、鉄火麺の完成っすよ。さっさと食べないとマグロの身に火が通っちまうので、って」
下手くそな箸の持ち方でずるずるずるとラーメンを食べる。聖女ラム。カップ麺を一度食べさせているのでラーメン自体は全然耐性有りなのだが、
「聖女サマ、マグロの刺身美味いっすよ」
「……アンタこれ、生の魚じゃない! 馬鹿じゃないの! あーしは加護があるけど、こんなの普通食べたらお腹壊すんだからぁ!」
フッと笑うと、一葉は刺身醤油にマグロの刺身をつけてひょいパクと食べてみせる。そして、日本酒のパックをキュッと一口。世界で唯一生の魚を美味しく食べる民族、日本人である圧倒的なアドバンテージを聖女ラムに見せつける。
「アンタ……が食べるという事は……」
目を瞑って聖女ラムはパクっと食べると目をカッと見開いてマグロの刺身にバクついた。モッモッモ、ずるずるずる! ゴキュごきゅとスープを飲む。
そして、パァあああああと笑顔になり、
「まぁああああ、そこそこ美味しいんじゃない? おかわり食べてあげるんだから!」
「まぁ、今日はそうくると思ってあるんで、作るっすよ」
ちょおおっと待ったぁああ! と口の周りをチョコレートを汚しながら魔女ラーダが手を前に出す。
「わしが先じゃああ! 聖女は今、喰った! わしの方が先に作るのが先じゃろう!」
「はぁああああ? 雑魚魔女何言ってんのぉおお? カミヤはあーしの食事番なんだからあーしの為だけに作ればいいのよぉ! 雑魚魔女が飢えてもあーしは全然困らないんだからぁ! ばーか!」
と下衆なことを言う聖女ラム、それにぐぬぬと泣きそうになる魔女ラーダを見て、一葉は聖女ラムに提案する。
「いやぁ、ラーダさんも聖女サマの一応従者なんすから飢えたら困るっすよ。とりあえず次作るのはラーダさんのにするっすから、その次に聖女サマの鉄火麺作ってあげるっす」
「はぁああああああ!」
納得いかないという顔をする聖女ラム、だからさっさと作ってしまえばいいだろうと、たかだか数分で作れる袋麺。一葉は魔女ラーダの為に鉄火麺を一杯作ると、
「いっちょ上がりっすよ。はいどうぞ!」
「わーい! いただきますじゃああ!」
「むむむむむ! 早くあーしのつくんなさいよー! はーやーくー!」
「はいはいっす」
聖女ラムはじーっと自分のサッポロ一番塩ラーメンが出来上がるのを待つ。誰にも取られないように、守ように見つめているのが少し面白い。
作り方は簡単だし、聖女ラムが癇癪を起こす前に、一葉は完成させ「はい、いっちょ上がりっすよ」と言った時、
聖女ラム一行が乗る船がぐわんとうねった。
「ああっ、ちょっとぉおお! 船頭ぉ! 何してんのよぉ! あーしの生魚のチュルチュルするやつこぼれたじゃない! 死にたいのぉお?」
いやいや、そんな事言ってる場合じゃないだろう。というとんでもない怪物が船の前からのそのそと顔を出した。
「シーサーペントじゃのぉ! 厄介な魔物じゃ。シーアンドスカイがしもべにしていた物より落ちるが、ドラゴン亜種じゃ」
またドラゴンかと、一葉はため息をつきそうになる。プレシオサウルスのような見た目の怪物。魔女ラーダが厄介だというから中々ヤバい系の魔物なんだろうと思っていたが、一葉が思った通り、と言うか誰しもが想像に容易い結果。
「こんのぉおお雑魚海蛇ぃ! あーしの食べ物台無しにしてくれた落とし前どうつけてくれるのよぉ? ねぇ!」
ヤクザかな? というキレ散らかし方をする聖女ラムはすでに両手に魔法を練り込んで目の前のシーサーペントをぶち殺す気満々でいる。とりあえず手持ちの食材が完全に無くなったので、一葉ができる事としてはスマホを取り出す。
「もしもし、神様ですか? えぇ、今。ちょっと大変な事になってましてー! えぇ? 今、女性の神様と三対三で? 合コンっすか? 違う。いや、合コンっすよね? ちょっと待って? りょーかいっす。えぇ、食材を今から言う物と、あとそうっすね。ちょっと良いビール送ってきてもらって良いっすか? 神様。合コン。頑張ってくださいね」
電話を切ると、次は現在進行形で襲いかかってきたシーサーペントをどうするか……はあまりきにする必要はない。
仁王立ちしている聖女ラムとシーサーペントが睨み合っているからだ。よくまぁ、あんな怪物相手に恐れもせずに腕を組んで睨みつけているものだなと一葉は思う。
シーサーペントも聖女ラムから目を離さない。どちらが動くのか、魔女ラーダは一葉と船頭を魔法で守りながらそれを見守る。
10分少々睨み合っていてついに動いたのはシーサーペントだった。魔素を集め、水の魔法を放つ。
「もう我慢できないのぉ? ほぉんとぉ! ケダモノってざこ! ざーこ! そんな水鉄砲があーしに当たるわけないじゃない? セイクリッド・シールド!」
魔女ラーダが一葉、船頭を守る魔法防御術に対して、聖女ラムは船全体を軽々と覆うそれ、当然シーサーペントの魔法は魔法障壁に散らされる。
もうすでにドヤっと。そして悪い笑顔になると聖女ラムは両手に練り込んだ魔法を放つ。
「お返し! あーしの至高の稲妻の魔法。セイクリッド・ボルテックス! あーしの食べ物を滅茶苦茶にしたんだからぁ! あんた、苦しんで! 苦しんで! 苦しんで死になぁい!」
「聖女サマのセリフじゃねーっすね」
ちゅどん、ちゅどーん! と、二発、雷の魔法をシーサーペントに直撃し、シーサーペントは逃げ出そうとするが、それをシーサーペントはやめた。本来危ないことからは逃げるべきなのだが、シーサーペントは大きな怒りを覚えた。それは一葉や魔女ラーダにはよく理解できた。
ニヤニヤと全てを見下し、馬鹿にしている聖女ラムの嬉しそうな表情。人間だけでなく、魔物をも怒りを覚えたのだろう。
が、そんな怒り捨ててしまえばよかったのに、再び聖女ラムに牙を剥こうとするシーサーペント相手に、聖女ラムはゾクゾクした表情。紅潮し、それはそれは年相応の可愛い少女の笑顔で、
「あはは! まだ向かってくるのぉ? 良いわぁ! 少しだけあーしの食べ物滅茶苦茶にしたこと許してあげてもいいかもぉ! まぁ? アンタの命で払ってもらうんだけどぉ! 来なさい! 粉々にしてあげる! ざーこ!」
クソドSで、クソ戦闘狂。というかイジメ回す事に喜びを覚えている多分、絶対聖女になるのを間違えた少女が聖女ラムなんだろうなぁと一葉は渡り鳥らしき生き物が神様からの食材やらが届いた物を確認しながらそんな事を一葉は考えていた。
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