幼馴染と焦らずいこう

「ちわっす。例の物、取りに来ました」


「は~い! ごめんね、急に予定を変えちゃって……冷蔵庫の中に入ってるから、確認してちょうだい」


 かすみを伴っていちご亭までやって来た幸太郎は、たま子に挨拶をしてから店の冷蔵庫を探り始めた。

 そうして、お目当ての物を見つけた彼は、背後から自分のことを見つめているかすみの方へと振り向く。


「それ、なに? 昨日から仕込んであったって言ってたけど……」


叉焼チャーシューだよ。今日の昼飯、これでいいか?」


「いいけど……そのまま丸ごとかぶりつくってこと?」


 んなわけねえだろ、と苦笑と共にツッコミを入れた幸太郎が厨房へと立つ。

 細いタコ糸でぐるぐる巻きにされている肉の塊をまな板の上に置いた彼は、鼻歌混じりにそれを切っていった。


「うわ、改めて見てみると大きいね……! お店で食べる時は薄く切ってあるってのは知ってたけど、元はこんなに大きいんだ」


「そんなでもねえだろ。このくらい普通だよ、普通」


「幸ちゃんにとってはそうなのかもしれないけどさ……本当にいいの? 私に食べさせちゃって」


「別にいいよ。おかみさんたちも納得してるし、このまま店に置いといても夜に来るお客さんにおやっさんが振る舞っちまうだろうしさ」


「そうじゃなくってさ、こういうのを作るのって大変だったんじゃない? それを私にタダで食べさせちゃって、本当にいいの?」


 肉の塊をまるまる調理して作った叉焼こと焼き豚を目にしたかすみは、これを作るのに幸太郎が手間暇かけたのではないかと考えたようだ。

 先の布団のこともそうだが、手間をかけて作ったであろう食材を惜しげもなく振る舞ってしまっていいのかと、そう問いかける彼女に対して、ふっと笑みを浮かべた幸太郎が言う。


「心配すんな。お前が思ってるよりずっと簡単に作れる物だからよ」


「……そうなの?」


「ああ。強いて言うなら、少しばかり時間がかかるってくらいかな?」


 巨大な肉を仕込むと聞くと大変そうに思えるが、実は叉焼作りはそこまで大変なことではない。

 丼にご飯を盛りながら、切ったばかりの叉焼をそこに盛り付けながら、幸太郎はその作り方を話していく。


「肉を糸で縛ったら、全体に満遍なく焼き色を付けるために焼く。それが終わったら、酒とか醤油とか砂糖を混ぜたものと臭み消しのにんにくと生姜、ネギの青い部分を鍋に放り込んで煮汁を作る。火をかけて、鍋に肉を入れて、あとは弱火で煮込みながら様子を見て何度かひっくり返すっていうのを繰り返すだけ……な? 簡単だろ?」


「う~ん……簡単なの、それ?」


「お前が思ってるよりもずっとな。案ずるより産むが易し、実際にやってみれば案外簡単だし、じっくり時間をかければ問題ないってことがわかると思うぜ。んで、そうやって作った叉焼を使った料理がこちらとなっておりま~す」


 ご飯を盛った丼に少し厚めに切った叉焼をこれでもかと敷き詰めてから、タレをかける。

 真ん中に白髪ねぎを置いてしまえば、これだけで立派な賄い飯であるチャーシュー丼の完成だ。


 軽くレンジで温めておいたから、叉焼とご飯の温度差も消えているだろうと……そう思いながら見つめる幸太郎の前で料理をぱくりと頬張ったかすみが、目を丸くしながら感想を述べる。


「んっ! 美味しい!! お肉の味とタレの甘さがご飯に絡んで、堪らないお味ですな!!」


「そうか。まあ、お前にそう言ってもらえて良かったよ」


「幸ちゃんも一緒に食べようよ! そこで立ってないでさ、ほら!」


 テーブルに座った状態で手招きするかすみの言葉を受けた幸太郎が、やれやれとばかりに笑みを浮かべながら自分用のチャーシュー丼を手に彼女の向かいの席に座る。

 簡単な料理ではあるが、向かいに座る彼女の笑顔を見ながらだといつも以上に美味しく感じられるだろうなと思いながら、幸太郎もまた手を合わせて口を開いた。


「……いただきます」


「はい、めしあがれ! って、私が言うことじゃないと思うけどさ」


 かわいらしくぺろりと舌を出しながら、そう言っておどけるかすみ。

 彼女の言葉に笑みをこぼしつつ箸を取った幸太郎は、自作の料理を食べながら話をしていく。


「結構上手く作れたな。残りは家に持って帰る分と店に残す分で分けとくか」


「そうだね! 折角こんなに上手に作れたんだから、お客さんにも食べてもらいたいもんね!」


 そう言いながら美味しそうにチャーシュー丼を頬張るかすみを見ながら、嬉しそうに微笑む幸太郎。

 上手く言葉にできない感慨深さを抱きながら、彼女へとこう呟く。


「……作ってよかったよ。お前が喜んでくれてる姿を見ると、本当にそう思う」


「ん? だって幸ちゃんの料理は美味しいし、喜ぶのも当然でしょ?」


「……食べてもらいたい相手のことを考えながら仕込んだ叉焼だからな。普段より強くそう思ったってことだよ」


「ほえ……?」


 一瞬、幸太郎の言葉の意味を理解できなかったかすみであったが……徐々にその顔が赤くなっていった。

 幸太郎はかすみに食べてもらいたくてこの叉焼を仕込んだのだと、一日じっくり時間をかけて作ってもらった焼き豚と、それを使った料理であるチャーシュー丼を改めて見たかすみの顔は、面白いくらいに赤く染まっている。


 一日かけてじっくりコトコト煮込まれたのは、肉だけではないのだろう。

 幸太郎からの愛もまた叉焼と共に煮込まれていたのだと感じて顔を赤くするかすみへと、臭いことを言ったせいか自身もまた顔を赤くした幸太郎が言う。


「俺たちもこいつと同じなのかもな。ぱっと見だと難しそうに感じるけど、時間をかけて取り組めば案外簡単にできちまう……焦らずじっくりいくことが肝心なのは、料理も人間関係も同じってことか」


「そうだね……じっくり、ゆっくり、時間をかけていこうよ。焦る必要なんて、どこにもないもんね」


 時に喧嘩したり、想いがちぐはぐに噛み合わなかったりして悩むこともあるが、自分たちが相手を思い合っていることは間違いない。

 まだ同棲生活は始まったばかり、焦らずにじっくりと向き合って、会えなかった五年間という時間を埋めていくことが大事なのだと……叉焼を例に出して説明した幸太郎は、かすみと共にそのことを改めて噛み締めたようだ。


「……次からはちゃんと話し合ってから動くか。無駄な喧嘩しないためにも、その方がいいだろ」


「うん、そうしよう! ちゃんと話し合って、二人で決めようね!」


 寝具店の一件から続いていた気まずさも、この話し合いの中でようやく完全に消し去れたようだ。

 じっくりでいい、焦る必要なんてないと……自分に言い聞かせる幸太郎に対して、先にチャーシュー丼を食べ終えたかすみが言う。


「私たちとこの叉焼は一緒……うん、いい例えだ! つまり、私はまだ幸ちゃんに仕込まれてる真っ最中ってことだね! よっしゃ! とりあえず、お金が入ったらSMプレイ用の縄を買おうか!」


「ぐっふっ!? ごほっ! げほっ!?」


 急に何を言い出すんだと、かすみの突拍子もない発言に盛大にむせる幸太郎。

 顔を上げ、視線で言葉の意味を尋ねれば、彼女は屈託のない笑みを向けながらこう答えてみせる。


「こういうのはまず形から入るのが大事なんだって! 叉焼と同じように、私も縛ってみたら関係が進むかもしれないしさ! そこからじっくりかいは……仕込みをしていけば、きっといい感じになるって!」


「なにがいい感じだ!? お前、俺とどういう形で同居生活を送るつもりだ!?」


「ん~……ご主人様と飼い犬? 割とM寄りな性格してる自覚があるから、そういう危ない主従関係もありかな~って……あっ! 幸ちゃんが犬の方がいい? だったら私が女王様に挑戦してみるよ! 案ずるより産むが易し……意外とやれるかもしれないしさ!」


 かすみのその言葉に、がっくりと項垂れる幸太郎。

 本当にもう、なんでもかんでも下ネタにつなげるなと……そんな思いを乗せながら、彼は盛大に幼馴染へとツッコミを入れるのであった。


「だから、お前……本当に、何にもわかってね~っ!!」





 ――なお、この話を聞いていた市古夫婦は、最近の若者は進んでいるなと驚きながら色々と受け入れる構えを見せたという。



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家賃一万、風呂無し。幼馴染付き 烏丸英 @karasuma-ei

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