し。私はノロさんのママなので。

『どうしたんですか? 』

『いまって通話できますか!!!!! 』

 なんかすごいいいことがあったんだろうな、というメッセージが飛んできた。

 しかしあいにく、こちらは帰りの新幹線に乗ったところである。

 その旨を伝え、私は最後にこう締めくくった。

『17時にうちに来てください』



「昨日の配信で告知したんですが、コラボ配信が決まりました! 」

「おおー! よかったですね! 」


 私は手を叩いた。荷解きも終わっていないが、帰省前に掃除していったのでリビングはきれいだ。


「はい! それであちらのリスナーさんが僕の配信を見てくれたみたいで! チャンネル登録者数が200人を超えたんですよ! 」

「わ、すごい。個人勢で1か月経ってないのに200人はシンプルに偉業ですよ! 」

「ありがとうございます! でも報告したいのはそれだけじゃなくって」


 ガシャン! と鎧が鳴って、ノロさんが兜を脱いだ顔を出した。


「僕の呪いがちょっとだけ軽くなりました! 」

「えっ、それはマジでおめでとうございます! 」

「なんと、脱げる時間が8分と12秒増えたんです! 」

「全身脱げるんですか!? 初耳ですが!? 」

「あっ、言ってませんでしたね。前は28分23秒でした。いやぁ、その間にお風呂とか色々済ませるのが大変で」

 汗で貼り付いた前髪をぬぐいながら、ノロさんは嬉しそうに頬を紅潮させた。


「冬はお湯に浸かる余裕もないから、年中気温が低い実家じゃ命に関わるし。でも、これで30分越えです! 」

「おめでとうございます。原因って分かってるんですか? 」

「はい! 前々から『そうかな~』とは思ってたんですけど、たぶん登録者数です! 」

「はい? 」



 ――――そこ、連動してるんですか!?


「この鎧、『冥皇子めいおうじの鎧』って名前なんです」

 ノロさんが語る、鎧の悲しい来歴はこうだ。



 むかしむかし。ひとりの皇子がいた。

 皇子は王の子だが庶子で、城のものからは「いないもの」として扱われていた。

 そんな皇子が自分の存在を証明する機会がやってきた。戦場での武勲である。

 皇子は勇んで出兵し、多くの大将首を上げる。

 しかし、栄光の凱旋を期待して帰国した皇子に待っていたのは、以前と変わらぬ城での待遇だった。

 皇子の戦果は、誰とも知らぬ人物のものとされ、皇子の出兵すら伝わっていなかったのだ。

 命を懸けて上げた功績をなかったものにされ、皇子は怒り狂った。

 従者を殺し、召使いを殺し、静止する貴族たち、ついには寝室で眠っていた王すら手にかけた。

 最後は、自身も毒を含んで自死。

 しかしそれすらも、事態を知った母方の祖父らの手によって隠ぺいされ、王の死は敵国の手によるものとされたという。




「『事態を知った母方の祖父』やら、縁故関係がはっきりしているのが、ただのおとぎ話ではなく史実って感じがしますね」


「実際にその国があったのは、エルフ的には最近のことらしいですよ」


「じゃあ、わりと新しい呪いなんだ」

 まぁ、そうじゃないと、金属部分はまだしも間接などに使われている革製の部品などは傷んで着られなくなるだろう。


「そうですね。二百年はいかないはずです。

うちの宿屋って、ダンジョンのふもとにあるので、お客さんがいらないアイテムを料金代わりによく置いていくんですよね。そういうものは質として置いといて、ある程度したら売っちゃうんですけど、これは母の判断で倉庫にしまいっぱなしだったんです。僕、その、倉庫の掃除に飽きちゃって、遊びでついこれを着ちゃって……」


「こうなった、と」


「……はい。冥皇子は、たぶん注目を求めてるんです。こっちでの仕事に配信者を選んだのは、そういう理由があります」


「顔を出さないのは……」


「配信してるのは僕ですけど、中の顔が出てしまうと、鎧に宿る皇子の無念が晴らせないような気がしたんです」



 ノロさんの籠手に包まれた手が、脇に置いた兜の上に置かれる。

 そのまなざしには、不便な生活を強いられているというのに、透き通った優しさが宿っていた。



「あの、ノロさん。話してくれてありがとうございます。こんな、ただの隣人に……」

「いえそんな! エリザベスさんは、バーチャルでの僕の姿を作ってくれたママですから! ……実は前から、呪いの解き方がちゃんとわかったら全部お話しようって決めていたんです」

 へへへ、と頬を掻いて、ノロさんはふと、真剣な顔になった。


「エリザベスさん、そこで、お願いがあります」

「……なんでしょうか」

 わたしは居住まいを正して身構え、次の言葉を待った。


「僕の呪いを解くのに、協力してくださいませんか」

「ママとして、ってことですか? 」



 このとき私の背筋に、嫌な記憶が蘇った。



 ―――――もし、無償での作品提供を求められたら……。



 その時は、私はもうノロさんとは……。





「それは……具体的には? 」


「お仕事として、僕の相棒になってください。週3日で構いません。1日あたりにつき報酬もお支払いします。おもな業務はイラスト業務と相談役です。この前みたいに次にするゲーム企画の相談をしたり、お金が発生するやり取りのときにチェックしてもらったり……。僕、WEB上での僕の活動を隣で客観的に見てくれる人がほしいんです。

定期的にイラストのお仕事もお願いすることになります。もちろん、別のお仕事があるときは、時々で断っていただいてもかまいません」


 そう言って、カバンからクリアファイルに纏められた書類を取り出す。

 内容はノロさんが言ったことを、より具体的に纏められたものだった。


「検討よろしくお願いします」と、ノロさんは頭を下げた。西洋鎧を着ているのに、大河の武将を思わせる綺麗な頭の下げ方だった。





 後日、私はノロさんの家のインターフォンを鳴らした。


「ノロさん。お引き受けするにあたり、ひとつお願いがあります」

「な、なんでしょう……」

「呪いが解けたさいは、下の顔も私に描かせてください。『山田ノロ』のママとしてのお願いです」


 カシャン!


 ノロさんは私の手を取った。







「もちろん! よろしくお願いします!! 」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私がママになった異世界系VTuberが、たぶん隣に住んでいる。 陸一 じゅん @rikuiti-june

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画