さん。異世界産ネットリテラシー
カミングアウトした1週間後くらいだろうか。田中ノロの初配信が、ぬるっと始まった。
内容は単発のゲーム配信が中心で、中性的な声がカワイイし、リアクションがいちいち大きいから、企業ではない個人勢としては、なかなか好感触じゃない? って感じ。
でもまあ、大手企業勢だと初配信で一気に収益化可能のチャンネル登録者500人まで駆け上るのは珍しくないものに対し、横の繋がりの無い個人配信者など、そうそうフォロワーが増えるわけでもない。一度でもバズれば簡単なんだろうけど、狙ってできるもんなら世話ないよね。
(でも外見がな~甲冑なんだよな~ 兜の中身は見せないつもりみたいで、私も描いてないし)
そう、ノロさんは顔出し(中身出し?)はしない方針でいる。なので美少年路線はなし。
私は美少年エルフも描けるし、なんなら甲冑を依頼されるよりもエルフのほうが経験あるくらいなんだけど、ノロさんは頑なに『中身はいいです』って言う。
でも私に言わせれば、山田ノロの魅力ってあの人柄だと思うから、どこかとコラボでもできれば、固定ファンは増えていくだろう。
配信者向きの人って、『興奮してもキャラにあわない汚い言葉は出てこない』『大声でも耳障りじゃない』『私生活の匂わせをしない』の3つがそろってると思うんだよね。
いや、もちろんその真逆の態度でも売れていく人だっているが、そうとうな猛者じゃないかぎり、このタイプってシンプルに人気が出なくて飽きてやめるか、精神を病んで消滅パターンが多いと感じている。
いまのところ、リスナーとしての私の印象では、山田ノロにはこの上記3つがそろっているように感じているのだ。最後のやつは、匂わせどころか、フルオープンにしているだけなんだけど。
そう、山田ノロ、『呪われし甲冑ハーフエルフ』『34歳』さらには、本名フルネームで活動している。
こうなれば、『実家は異世界ユグドラシルのダンジョンふもとの宿屋』という実家住所もおそらく真実でろう。
そもそもバーチャル化しているとはいえ、外見もそんまんまである。とんでもねェな。
配信歴が長くなれば、『エルフ設定』なんか彼方に飛んでいく配信者も多いが、彼の場合、その心配は無いだろうと感じる。
初配信のすぐ、いちおう私も『本名で活動して大丈夫なんですか? 』っていうのは聞いた。
「だいじょうぶです! 僕の家の名義、ぜんぶお母さんなんで、郵便物もぜんぶ母の名前で届きます! あと、あれから外に買い物に出るのはやめました! 通販と実家の仕送りで生きてます! 」
「それ、私が情報漏らしたら意味ないですよね? 」
「あ、そこはエリザベスさんなら大丈夫かな、って思ってるんですけど。まあ、これからの関係は分かりませんもんね。もしエリザベスさんが『そういうこと』をしても大丈夫です。いざという時は……」
ノロさんは、34歳らしい微笑みを浮かべた。
「――――僕にも、ちゃんと対処する準備があります。ま、無いとは思いますけどね! エリザベスさん、リテラシーとかちゃんとしてるのは、一緒にお仕事して分かってますし! 」
……ということらしい。
エルフのマジ顔こえー。
▽▼▽
「エリザベスさん、夏っぽい企画考えたんですけど」
さて、それはお盆前のことだった。
私たちは、最初に仕事を依頼されたときのDMをそのまま使って、ときどき話をしている。
ご近所付き合いが始まってしばらく経つが、3日~5日に一度という、わりと高頻度で話す仲になっていた。
「夏っぽい企画って、ホラゲとかですか? 」
「ホラーに限らずなんですけど、おすすめってありますか? 何か一本、クリアまで耐久しようかと」
「そうですねぇ」
あまりゲームをしてこなかったというノロさんは、配信をはじめるのを機に、メジャーなハードを揃えていっているという。
ホラーに限らずと言われたが、私はやはりホラーゲームのほうがいいんじゃないかと思った。
それもビックリ系のモンスターがたくさん出てくるやつ。つまり、プレイヤー側のストレス値の高いゲームだ。
前述のとおり、ノロさんのウリはその人柄だと思う。
リアクションは大きいのに、言葉遣いがおっとりしていて乱れない。悲鳴を上げても、あの濁りの無いボーイソプラノで『ひゃぁ~っ』って言う。癒し系路線ど真ん中。
新人配信者をわざわざ発掘する人なんて、大半が生活に『配信を見ること』が組み込まれているから、ノロさんの仕事終わりにも優しい癒し系キャラには、一定の需要があるはずである。
(ハードが手に入るかって問題もあるし、条件を変えていくつか候補があったほうがいいよな)
多様な選択肢は、イラスト仕事でも喜ばれる点だ。
(あと、ノロさんの鎧甲冑ビジュで、画面のインパクトが生かせるのやつ)
まずはハードの問題はあるけど、いわゆるレトロゲー。
これは主人公も敵のモンスターも鎧を着ている。ダメージを受けると装備を落とす仕様で、主人公の騎士はどんどん裸になっていくという笑いどころがある。
ステージ数は少ないのに、クリア難易度が倍々と高くなっていくので有名で、ゲームがうまい人は短時間クリアが可能だし、そうじゃない人は何度も死んでは学び、死んでは学びを繰り返すことになる。耐久向きゲーだろう。
次に、ホラーゲームじゃないけど、かなり近い鎧姿をキャラクリエイトできて、いわゆる『死にゲー』って言われている高グラフィックの最新アクションゲーム。
鎧が鎧を操作してるのは面白そうだし、ストレス値もかなり高い。
シリアスなストーリーで序盤に泣き所があるから、プレイしたときの反応で人柄が出ることが多く、ノロさんの涙腺強度なら崩壊が期待できる。
最後に、王道のフリーPCホラーゲーム。
主人公と相棒の青年のハートフルな関係性が描かれていて、分岐によっては泣きゲーとしても有名なやつ。これは確実に狙える。
うん。これならどれを選んでも面白そう。
帰省の新幹線の中で、私はメッセージの送信ボタンを押した。
お盆は、実家のあるクソ田舎に帰ることにしている。
なんにもないところだが、盆の田舎は何かと忙しい。
まず昼にお坊さんが経を上げにくるし、昼が過ぎればひっきりなしに、親戚やら、ご近所さんやら、同じく帰省した誰ソレさんやらがやってきて、夜はいつのまにか宴会に決まっているし、祭りの準備にも駆り出される。どこかで墓参りも行かなきゃいけないし、地元の友達にだって少しは会いたい。
帰省の3日間はずっとそんな感じで、ノロさんの配信をリアルタイムで覗いたのは、最終日、寝る前の深夜3時だった。
(夏休みだからか、同接けっこういるなぁ)
液晶画面の中で、主人公のおじさん騎士と、画面の端の黒甲冑がシンクロしたリアクションをしている。
(そっか、このゲームにしたんだ)
と思って、すぐ眠気に負けちゃったのだが。
朝、ノロさんからメッセージが入っていた。
「やりましたよ! エリザベスさん! 」
……何が?
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