に。真夏の太陽とフルアーマー


 鎧が落ちてる。


(……オイオイオイ! 死ぬわあいつ)


 7月に入ってすぐのある日。午後14時21分。最高気温36度と予報された炎天下、現場は閑散とした住宅街。私はコンビ二帰りの隣人A。

「ぜえ……はあ……! 」

 拾うしかなかった。

 だって、人通りが少ないと言っても車道だし、あたりに日陰なんて無いし、あったとしてもどこかの御宅の軒下になっちゃうし、マンションまであと50mもない距離だったから……。

 資料を探す過程で知ったのだが、フルプレートの鎧って、総重量が30㎏くらいあるらしい。

 この体格でその30㎏が追加されているにしては軽い気がするが、それでも重いもんは重い。

 しかし人命がかかっているので、ファイヤー! えりざべす は かじばのばかぢから を つかった!!!

 とりあえずマンションの階段に座らることに成功。兜だけでも外そうと試みる。

「ふん……ぬっ! 」

 取れない!

 自作かアンティークか知らないが、これはあれだ。首あての下に、兜を固定する金具かなんかあるのかもしれない。

 鎧というものは古今東西、着物の着付けとおんなじで、『着る順番』『脱ぐ順番』があるもの、というのも、資料探しの過程にYouTubeで見た。

 その動画を探して試行錯誤するのでは遅い。私は片手でひゃくじゅーきゅーばんを押しつつ、兜をさぐる。

 視界の確保や飲食のために、顔まわりのパーツは外れることが多いからだ。これもYouTubeで見た。

(……あった! )

 ぷツ、と通話ボタンを押したところだった。携帯を握った手ごと、がしっと掴まれる。

「きゅうきゅうしゃ……やめてください……! 」

「え、でも……」

「ぼく人間じゃないので、病院は困ります……! 」

「えっ」

 手の中から、ツー、ツーと、未通話を示す音が聞こえる。

「正確には、ハーフエルフなんですが……ああもう、すみません! お世話おかけしました! ぼくは、これで……」


 がちゃん! がちゃん! と、ガンダムみたいな音を立てて鎧が立ち上がる。……かと思われた。


「え、ちょっと! 」

 迫る2m級フルプレートの背中。鬼の形相で押し返しながら叫ぶ私。


「ぜんっぜんっ大丈夫じゃないッ! 家の鍵は!? 」

「こ、この中ですぅ~」

「どこだよ! 」


 兜がちょっとこっちを振り向いて、右足を振る。こつーん、かつーんと何かがぶつかる音がした。

「……この中なんですぅうう」


 ああ~!もう!

「ウチんい田中ノロ!!! 」


▽▼▽


「うええぇえんすみませんすみません」

「ええから黙って食いなん」

 我が家のリビングで、フルプレートショタハーフエルフが塩トマト食ってる。


 ……どういう状況?


 私は食卓のちゃぶ台に置いた漆黒の兜を見て、そしてイケアで19800円だったソファで塩トマト食ってるショタエルフの顔を見た。

 エルフといえば美形オーランドだが、たしかに美少年オーランド級といえる。

 髪は淡い茶色。頬はつるっとしていて、髭が生えてくる兆候はまだない。瞳は緑で、耳は笹のように長い。

(エルフじゃん)


「……すみません。たびたびご迷惑をおかけしまして……五臓六腑に染み渡りました」

「その顔で五臓六腑の言い回し完璧でびっくりですよ」

「母が日本人なもので……」

「あの、つかぬことをお伺いしますが、炎天下になぜ鎧を着て出るなんて危険な行為を? 」


 彼は苦笑した。

「ああ、脱げないんですよ」

「それは宗教上の理由だとかで? 」

 つまり、マンダロリアン的な?

「あ、いえ。この鎧、うっかり着たら呪われていて。この体では実家の仕事も手伝えないので、こちらでリモートワークができる仕事を探して来てます……」

「はぁ、それで……」VTuberになろうと……?

「はいぃ……」

「……」


 会話が途切れてしまった。

 

 お隣さんは、「あっ、つい言っちゃった」みたいな顔をしている。

 そうだよね! ファンタジー設定いきなり語り出しちゃった人になってたもんね!

(その設定、Ⅴのキャラ設定じゃなくてリアルのやつなんだ……)って思ってるよ私でも!


 いや、これは私が悪い。好奇心から意図せずパーソナル情報を引き出してしまって、気まずくなって黙ってしまった私が悪い! これだからコミュ障はよぅ!



「……あっ! あの、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。ぼくはその、301の田中ノロといいます」

「うっ……! 」


 私はたじろいだ。気を使って自己紹介の流れを作ってくれた。それは分かってる! しかしこの瞬間、私の目の前には、二つの選択肢がボーンッと展開されたのだ。つまり、職業と身分を明かすか否か!

 シンキングターイム!


 ……するまでもないか。



「あの……すみません実は、ワタクシはこういったものでして……」

 すすす。名刺を差し出す。

「こ、これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。すみません気を使っていただいて……


 あえ……? ほわ、えっ、ええっ!?


 ひぇぇえええええっっっ!!!! 」





 いえほんと、こちらこそでゴザイマス。



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