・4-16 第46話:「旅立ち:3」

 頭を強く打ったのだから、絶対に安静に。

 そうカナエに言われたというだけでなく、単純に強い痛みと不快感のために、しばらくの間ステラは身動きが取れなかった。

 朽ちたキャンプ地から逃げ出したのが、夜明け前。

 レギオンの基地の領域に逃げ込んだ時にはもう日が昇った後で、ドナドナのリッキーたちの待ち伏せを受けてしまったのは、大体午前八時過ぎくらい、といったところだっただろうか。

 それから、数時間。メイドが戦車のAIに訪ねたところ、午後三時くらいになったころ。


「あ~。お腹、すいた……」


 段々と頭の痛みが消えて来ると、代わりに空腹感が顕著けんちょになってくる。


「う~ん……。モノを食べるのって、平気なのかしら? 」


 モトを探し出して戦車の車体の後部に設けられていた兵員の輸送スペースに積み込み、それからつきっきりでステラの看病をしてくれていたカナエが、困ったように眉を八の字にする。

 物を食べるとは、咀嚼そしゃくする、つまりは少なからず頭部に衝撃が加わる恐れがある、ということだ。

 だいぶ回復してきたように見えるとはいえ、AIによると、頭を打ち、脳震盪のうしんとうを起こした場合、意識が戻って、なにか重大な問題がなさそうでも二週間程度は安静にしている必要があるのだという。


「とりあえず、お水、飲む? 」

「うん。もらう~」


 負担の少なさそうなものを、ということでメイドが差し出してくれた水筒に入った水を、少女は一口ずつ飲み込み、三口ほどで「とりあえず、いいよ~」と断った。


「えへへ……。三口も、一気に飲んじゃった」


 弱々しくも、いたずらっぽく、笑う。

 この終末世界において水がどんなにか貴重なのかは、すでにカナエもよく知っていた。だからその「贅沢しちゃってごめんなさい」という気持ちの込められた仕草を見て、「大丈夫よ。まだお水はたくさんあるの」と教えてやる。


「戦車の中に、サバイバルキットっていうのが入っていたの。それも、八人分よ、八人分! 私とあなただけなら、二週間くらいは全然、なんとかなるんだから」

「えへへ。それじゃ、もう一口、ちょ~だい? 」


 二週間先まで問題ない。

 その日暮らしをして来た星屑拾いにとってはこれ以上ないほどに頼もしい言葉だった。


「それで、その、ステラ……? これから私たち、どうしようか? ……どうすればいいの? 」


 水筒の水をもう一口少女に飲ませた後、メイドは控えめにそう切り出して来る。

 奴隷商人たちは追い払ったし、当面の間の安全と生存の保証を確保してはいるものの、そこから先のことはなにも決まってはいない。

 二週間経ってから考え始めるのでは、遅すぎる。余裕のある今の内から方針を決めて動き出さなければならなかった。


「そもそも、私たちはどこに逃げようとしていたの? あのキャンプ地に戻るのは危ない気がするし……、やっぱり、逃げようとしていたところに行った方がいいんじゃないかと思うのだけれど」

「うん、あのね~。あたし、[船団]に助けてもらおうとしてたんだ」

「船団? 」

「そう。カイトって言ってね~、あたしの幼馴染がいるところ。多分、力になってくれる、と、思う」

「なら、そこに向かいましょ」


 メイドの決断は早かった。

 彼女はおそらく生きて来た年月は少女よりも長いし、文明が崩壊した後では決して受けられない水準の教育も受けてはいるが、この世界についてはまったくの素人。

 だとすれば、ずっと荒野で生き抜いてきたステラの言うことを信じるのが、生存のためのもっとも確実な方法だと信じているらしい。


「どっちに向かえば、その、[船団]っていうのに合流できるの? 」

「んーっと……。奴隷商人たちに待ち伏せされた時に進んでた方向、北の方にまっすぐ進んで行けば、定期航路に合流できるんだけど……。今、船団がどの辺りにいるかは、行ってみないと分かんないかも」

「なら、さっそく行きましょうか」


 カナエはそう言ってなずくと、「AIさん! 」と顔をあげながら呼びかけた。


「あなたも、聞いていたでしょ? さ、私たちを連れて行ってちょうだい? 」

≪上級司令部に問い合わせを実行……≫

「それはもういいから! 連絡が取れないのは、もうわかってるでしょ! 」

≪……了解しました。エンジンを始動します≫


 イマイチAIは乗り気ではない様子だったが、それでも燃料節約のために停止させていたガスタービンエンジンを始動し、車内に段々と回転があがっていく音が響く。

 やがて十分に出力があがると、振動が始まった。

 どうやら、誰に操縦されるでもなくひとりでに戦車が走り出したらしい。


「そうそう。いいコね」


 大人しくAIが指示しに従ったのを知ったカナエが、眼鏡の奥で不敵に双眸そうぼうを細めながら微笑む。

 少し不気味というか、嗜虐的サディスティックな笑みだった。


「お~、すっごい。本当に、あの戦車の中にいるんだね~」


 自分が意識を混濁こんだくさせている間になにかあったのかな、と思いつつも、とりあえず気にしない方が良さそうだと考えたステラは、素直に、自分が稀有けうな幸運のおかげで意外な場所にいることを喜ぶことにしていた。

 戦車。

 少女が見たことがあるのは、残骸ばかりだった。というのは、普通、終末世界の住人にとって戦車とは、[出会ったら、生きて帰れない]存在だったからだ。

 それなのに、今、自分はその車内にいて、しかも、この車両を制御しているAIはこちらの指示に従ってくれるらしい。

 怖い目にはたくさん遭ってしまったが、ここしばらくの間、ずっと豪運が守ってくれているように思えたし、カナエと、この戦車があれば、これから先の時間はこれまでとはまるで異なるものになるだろうと思える。

 それがどんな未来になるのか。

 自分の幸運がいつまで続くのか。

 それはまだわからなかったが、行けるところまでは行ってみたいと、そう思う。

 あの、ずっと内部に入れずにいた星屑にだって、入ることができたのだ。

 諦めずにいれば、きっと、道は開けるのに違いない。


「よぉ~し! 戦車さん、かっ飛ばしちゃってぇ~! 」

「事故は起こさないように、ほどほどにね! 」

≪……了解≫


 盛り上がっている少女たちに対し、AIは不満そうではあったが、それでも速度をあげてくれる。

 こうしてステラとカナエは、荒野に旅立って行った。

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星屑拾いのステラ 熊吉(モノカキグマ) @whbtcats

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