・4-15 第45話:「旅立ち:2」

 おぼろげで、混濁していた意識が、段々と戻って来る。


(ここ……、どこ……? )


 うっすらと目を開いたステラが最初に思ったのは、そんなことだった。

 目の前が暗くて、良く見えない。なんとなくわかる範囲だと、ずいぶんと狭苦しい所にいるようだ。

 だが身体の感覚で、自分が仰向けに寝かされているのだというのは分かる。敷かれているのは薄いクッションだけ。額の上と後頭部には濡らした布が置かれていて、ひんやりとしている。


(気持ち悪い……。頭、痛い)


 それから金髪の少女は、強い不快感を自覚していた。

 こんな感覚は、今までに一度しか経験したことがない。酷い風邪を引いて、育ての親であるじぃじに一晩中、看病してもらった時以来のことだ。

 どうして、こんな辛いことになっているのだろう。

 思い出そうとしてみると、思考はまともにできるようで、自分が、星屑の中で見つけたカナエという女性と一緒に奴隷商人たちから逃げている最中だったことをしっかりと覚えていた。

 いつの間にか先回りをされて、待ち伏せを受けて、それから……。


(あたし……、捕まっちゃった!? )


 そう思ったステラは、思わず身体を起こそうとする。

 この暗い空間が、ドナドナのリッキーが乗り回していたオフロード車のトランクの中かもしれないと考えてしまったからだ。

 すると、すぐに奴隷商人たちに捕まったわけではないことが知れた。なにも拘束がされていないし、一度つけたら自身の手では外すことのできない電撃首輪もない。頭には包帯も巻かれているが、こんな丁寧な治療はあのアウトローたちはしてくれない。

 だが、少女はうまく起き上がることができなかった。頭がくらくらして、世界がぐにゃぐにゃで、身体に力が入らない。


「……あっ、ステラ!? ダメだよ、安静にしてなきゃ! 」


 ほんの少しだけ浮き上がった体をまた寝かせて不快感をこらえていると、星屑拾いが目を覚ましたことに気づいたのかカナエの声がする。

 すぐ近くだ。一メートルも離れていない。

 同時に、辺りにぱっ、と明かりがついた。

 ようやくどういう状態に置かれていたのかがわかる。そこは思った通りに狭い空間で、トランクの中ではないがなんらかの車両の中らしい。表面を弾片防止用のFRP繊維に覆われた金属で四方が囲まれていて、大きさは成人男性六人とその装備一式が乗せられる最低限のものがある。

 少女が寝かされていたのは、六人が腰かけるための座席の上だった。三人がけのシートが左右にあり、片側に自分がいて、その反対側にずっとメイドがいてくれたらしい。


「ステラ! あなた、頭を強く打ってるの! だから、しばらくじっとしてて! 」

「う、うん。わかった……。けど、おねーさん、もっと声を抑えて」

「あっ、ごめんっ」


 カナエの声からはどんなにステラのことを心配してくれていたのか、その真剣さがよくあらわれていて嬉しかったのだが、眩暈めまいがするほど気分の悪い時に、狭い車内で大声を出されると鈍痛が酷くなる。

 弱々しい声で要請されたメイドは、すまなさそうに声のボリュームを落としてくれた。


「できるだけ、手当てはしておいたのだけれど。なかなか目を覚ましてくれなくって、本当に、怖かった……。ねぇ、ステラ? 気分は? できればどんな症状なのか、教えてもらえる? 」

「すっごく……、頭、痛い。気持ち悪い。ぐわんぐわん、する……」

「わ、分かったわっ。も、もう、しゃべらなくっていいから! とにかく、安静にしていて、ね? 」


 絞り出すような返答に慌ててうなずいたカナエは、優しい声でそう言うと、それから、どうなったのかを教えてくれる。


「私たち、運が良かったわ。あの後、廃墟で戦車を見つけてね。それで、奴隷商人たちを追い払うことができたの」

「ど、どう……やって? やつら、見境なく……、おそって、来る、のに? 」

「詳しくは分からないけれど、多分、私が昔の人間だったから、みたいね。登録情報がなんたらって……。だから、もう大丈夫だから、安心して休んでいてね? 」


 ここが旧世界の強力な兵器の内部、堅固に守られた装甲の内側だと知ったステラは、とにかく言われた通りに安心することにして、できるだけ気持ちを楽にする。

 元気な彼女だったら飛びあがって驚いていたのに違いなかったが、今はそんな気力は少しもないのだ。


「とにかく、安静にしないとね。ちゃんと、お水も、食べ物もあるから」


 カナエは心底からの不安と、ステラが目を覚ましてくれたというほんの少しの安心のこもった声でそう教えてくれながら、優しい手つきで頭部を冷やすために乗せていた濡れタオルを交換してくれる。


(じぃじみたい……)


 少女は昔を思い出して、微笑みを浮かべる。

 相変わらず気分は最悪だったが、なんとか耐えられそうな気がして来る。


「ところ……、で、モト、は……? 壊れ、ちゃ、った……? 」


 ちょっとだけ余裕が出て来たステラは、付き合いの長い、今まで散々酷使に耐えてくれた相棒のことを思い出していた。

 確か、ずいぶんと酷い転び方をしてしまったと思う。もしかすると、二度と走れなくなっているかもしれない。


「あ、うん、ごめん……。実は、あなたの手当てばっかり気を使っちゃってて、モト、まだ見て来てないの」


 そこで初めて、カナエはモトの存在を思い出したらしい。

 思いが至らなかったことをすまなさそうに打ち明けると、彼女は「よしっ」と気合を入れながら立ち上がった。


「ステラの、大事な相棒、だものね! ちょっと、探してきてあげる」

「うん……。おね……が、い」

「まかせて。あなたは、このまま安静にしていてね。……AIさんっ! ちょっと降りるけど、また、すぐに戻って来るんだからっ。勝手にどこかに行ったら嫌だよ? 」

≪……了解しました≫


 耳慣れない、機械合成された女性の声。

 単調な響きの中にも渋々といった雰囲気がたっぷりと含まれているその言葉を聞くと、カナエはハッチを開き、モトを探しに車外に出ていく。


(今日、も……。ラッキー、だったんだ)


 ガチャン、と重そうに締まる扉の音を耳にしながら、ステラは自身が今回も生き延びることができたのだということを実感していた。

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