・4-14 第44話:「旅立ち:1」

≪要請。操縦席ドライバーシートからの退去≫


 奴隷商人たちの姿もすっかり見えなくなり、走り去っていく乗り物があげる砂塵も消えてすっかり安心していたカナエに、戦車のAIが思い出したようにそんなことを言って来た。


「えっ? なに? 」

弊車へいしゃは、人類保護軍(HPL)に所属する軍事兵器です。このため、弊車へいしゃの内部は、軍事機密に該当いたします。現状、市民に対する危険は去ったものと判断いたします。よって、機密保持のため、速やかなる退去を求めます≫


 口調は丁寧ではあったものの、その言葉遣いからは、これが要請という名の強制であることが分かってしまう。


「ちょ、ちょっと、待ってよ!? 」


 カナエは慌てた。

 自分一人だけなら、まだいい。もちろんこんな荒野で放り出されてはたまったものではないのだが、五体満足で身体は動く。

 だが、ステラ。

 終末世界の星屑拾いの少女は、怪我をしていて、おそらくはなるべく動かさない方がいい、という容態だ。


「いったいなに考えてるのよ!? こっちには、怪我をしてるコだっているのよ!? 無理に動かしたら危ないかもしれないのに、出ていけだなんて! 」

≪しかし、弊車へいしゃには機密を保持する義務があり……≫

「そんなの知ったこっちゃないよ! ホラ、市民保護が最優先なんじゃないの!? だったら、出て行けなんて言わず、このままここにいさせなさいよ! できれば、安全そうなところに連れて行って! 」


 するとAIはまた微弱なレーザーを発し、ステラのことをスキャンする。


≪市民、この個体には、登録情報がありません。IDカードを所持していますが、身体的な特徴の不一致から別個体と推定。市民権のない個体に対する保護義務は規定がありません≫

「規定がなによ!? 分からず屋っ!! このコはね、生きてるのよ! いい!? 生・き・て・る・の!!! それに、とってもいいコなんだから! 助けてくれてもいいでしょ!? 」

≪上級司令部に問い合わせを実行。……応答なし。再度実行。……応答なし。弊車へいしゃの権限では、身元不明者の保護を任務とすることができません≫

「なんなのよ!? 人工知能っていうくせに、自分で考えられないの!? 」


 融通の利かないAIに対し、カナエは段々、腹が立ってくる。

 いったい、どうすればこの戦車に力を借りることができるのか。他に頼りになりそうなものはなにもないのだから、なんとしてでも手を貸してもらいたい。

 あれこれ思考を巡らせながら周囲を見渡したメイドは、そこに一枚のパネルがあることに気づいた。

 おそらくは、整備用のハッチだ。手をのばして荒々しく開くと、そこにはきれいに整えられた配線が走っている。


≪市民。いったい、なにをなさるつもりですか? ≫


 ニヤリ、と不敵に微笑んだカナエが配線を乱暴に引きずり出すと、AIが相変わらずの淡々とした口調で、だが不安を隠せない様子で問いかけて来る。

 そうしている間にステラの身体をそっとまさぐっていたメイドは、「あった」と呟きながらサバイバルナイフを取り出し、AIから見えやすそうな位置にまで持ち上げてみせていた。


「これから、この配線を一本ずつ、切ってあげるわ! 」


 そして鈍色に輝く刃を見せつけながら、精一杯に恫喝どうかつする。


「そうしたら、どうなるでしょうね? せっかく動いてるみたいだけれど、エンジンが止まっちゃう? ……それとも、停止するのはアナタ自身かしらね? 」

≪市民、その行為は容認できません。器物損壊罪に該当し、法的な処罰を受けることになります≫

「そんなの、どうだっていいわよ! 周りを見ればわかるでしょう!? 世界は滅んだの! そんな法律なんて、どこにもありゃしない! 私はね、とにかく、このコを、ステラを助けるのに力を貸してもらえればそれでいいのよ! 」

≪……≫


 AIはしばし、沈黙する。

 想定されたことのない状況に戸惑い、様々に思考を巡らせている様子だった。

 カナエは、ダメ押しとばかりに、持ち上げた配線にナイフの刃を当てる。


「どうするの!? 助けてくれるの!? くれないの!? アナタも、さっきから何度も試しているみたいだけれど、上級司令部とやらにはつながらないでしょう? そんなの、当たり前よ! み~んな、壊れちゃって、なくなっちゃったんだから! 人工知能なんだから、自分で考えなさい! アナタは、市民を、人間を守るために作られたんでしょ!! 」

≪……了解しました≫


 その説得が通じたのかどうか。

 いったい、なにを了解したというのか。


弊車へいしゃはこれより、市民保護、および自己保存のために行動いたします。市民、どうすればよろしいでしょうか? ≫


 メイドが冷や汗を額に浮かべていると、AIは釈然しゃくぜんとしない様子ながらも、そう申し出てくれる。


「やった! ええっと、それじゃぁ、まず、なにか手当てに使えそうなもの、ない!? 」

≪シートの下に、緊急時用のサバイバルキットがあります。そこに、外傷を手当てするための器具も備えてあります≫

「ありがと。……これ、かしらね? 」


 ゴソゴソと座席の下を探ってみると、硬質樹脂の堅固なケースが出て来る。

 中を開いてみると、いろいろなものが入っていた。———携帯食料に、水。裁縫道具一式、小型の携行通信機、コンパス、それと外傷の応急手当をするための治療キット。

 使用期限はとうに過ぎ去っているだろうが、現状で望み得るものとしては、申し分ない。


「これなら、使えそうね……。で、でも、どうやって手当てすれば」


 ステラを助けるためになにかしなければならない。なにかをしてあげたい。

 そう思って気がはやるるものの、擦り傷に絆創膏ばんそうこうをはる、くらいしかしたことのないカナエは途方に暮れてしまう。


≪医療補助プログラムを開始します≫


 すると、AIがそんなことを言って来る。


「えっ? ……アナタ、分かるの? 」

≪緊急時、乗員の生存性向上のために治療を補助する機能を備えています。簡易スキャンの実行により、患者となる個体の状態もある程度は把握しました。症状に応じた治療をお手伝いできます≫

「凄いじゃないの! モノを吹き飛ばすだけが能じゃないのね! 」


 その言葉に、カナエは素直に、大喜びした。

 それから「よしっ! 」と気合を入れ、表情を引き締める。


「それじゃぁ、AIさん。どうすればいいのかを教えて? 」

≪了解しました≫


 こうして、不慣れなコンビによる、できる限りの手当てが始められた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る