・4-13 第43話:「戦車:2」

 ドナドナのリッキーは、冷酷だが、頭の回る男だった。

 そうしておいた方が結果的に得だ、と判断すれば、部下をきちんと労わるし、褒美も惜しまずに与える。交渉ごとでは、相手の素性や置かれている状況からなにを欲しがっているのかを見抜き、こちらの置かれた状況と比較し、ハッタリや言葉巧みな誘導も駆使して、うまく最大限の利益を引き出すことができる。

 だからこそ、彼は奴隷商人のリーダーという立場にいる。

 しかし、この時ばかりは、完全に冷静さを欠いていた。

 自分が撃たれたということに対する、憎悪と呼べるほどの怒り。

 痛みを抑えるために体内で放出されたアドレナリンの作用もあるだろうし、出血によって十分な血流が巡らず、思考が鈍っていた、というのもあるだろう。

 目の前にいる、鋼鉄とセラミックスの塊。

 世界が滅んでも、何十年も瓦礫の下に埋もれていても、まだきちんと動く戦車。

 その圧倒的な火力と防御力があれば、十人余りのアウトローたちを粉砕することなどいとも容易いことだ。

 普段のリッキーであれば、ここで、引き下がるという選択をできたのに違いなかった。彼の行動指針は「出来るだけ甘い汁をすすりながら生きる」というモノであり、プライドのために無謀な戦いを挑むなどというのは論外だからだ。

 しかし、彼は引き金を引いた。

 痛む腕で発射機ランチャーを安定させ、血走った眼で狙いを定め、手下たちから向けられる不安そうな視線を無視して。

 角ばったドングリの形をした弾頭の底についた細長いロケットが火を噴く。固体ロケット燃料を激しく燃焼させ、その反動によって勢いよく飛び出したそれは、空中に出ると即座に安定翼を開き、狙い通りにまっすぐにカナエとステラの乗った戦車へと向かって行った。


「わ、わぁっ!? 」


 操縦席ドライバーシートからモニターでその光景を目にしたメイドは、悲鳴をあげて頭を抱え、まだ意識を朦朧もうろうとさせている少女の上に覆いかぶさる。

 戦車に搭載されたAIは、淡々と応じた。

 砲塔上部に装備されていた自律型の小型レーザー砲塔を作動させ、その独立した制御系にロケット弾の迎撃を任せる。

 いわゆる近接防御火器(CIWS)から、二回、短くレーザーが発射された。

 人間の目では感知することのできない波長の強力なレーザー光の一発目は、狂っている照準を補正するための観測射撃。CIWSのセンサーは自身の狙いからどれくらいレーザーの軌道がズレてしまったのかを計測し、即座に演算し修正を実行。

 二発目のレーザーは、単純な軌道で真っ直ぐに突っ込んで来るだけの弾頭を、正確に射抜いた。

 弾頭を覆っていたカバーは高エネルギーのレーザーを浴びて一瞬で溶解。その内側に存在する、メタルジェットを発生させるためのすり鉢状の金属と、その背後にたっぷりと詰め込まれた成形炸薬にまでレーザーは到達し、発生した異常な高温によって引火。戦車に弾頭が命中するまであと一秒というところで爆発、四散した。


「きゃぁっ! ……って、あれ? 」


 その爆発の音と、空気を伝わって来る振動にカナエは思わず悲鳴をあげていたが、すぐにそれ以上はなにも起こらなかったことに気づいて怪訝けげんそうな表情を浮かべた顔をあげていた。


≪提案。目標の撃滅≫


 そんな彼女に向かって、AIはあらためてそう具申する。

 相手がこちらの戦闘力を目にしてもまだ抗戦の意欲を失っていない以上、攻撃をためらう理由などないと言いたそうだった。


「えっと……、で、でも……! 」


 だが、それでもカナエはまだ、躊躇ためらってしまう。

 確かに奴隷商人たちは武器を捨ててはいないが、まだ戦うつもりがあるのはリッキーだけのように見えたからだ。

 戦車の相手なんかしたくない。

 しかし、ボスの命令に逆らうのも難しい。

 そんな様子で迷っている雰囲気が、モニター越しに見え隠れする彼らの表情や仕草から伝わってきている。


「お前らッ! なにをぼけっとしていやがるっ! さっさと攻撃しろっ!! 」


 そんな彼らに、リッキーは次のロケット弾を装填しながら怒鳴り散らしていた。


≪決心がつかないのでしたら、弊車へいしゃに判断をご一任いただけますか? ≫


 このままでは奴隷商人たちからの攻撃にさらされると判断したのか、AIは自分にすべて委ねよと提案してくる。

 自分で、決めなくてもいい。

 それは迷っているカナエにとって、たまらなく魅力的な誘惑だった。

 なにしろ、目の前にいる男たちが全員ここで瞬殺され、肉片になってしまったとしても、その責任を負わずに済む。

 なんの良心の呵責かしゃくも感じることなく、ただ、不愉快な相手が消えてくれるのだ。


「だ、ダメよ、ダメ! 」


 許可を出しかけたメイドだったが、しかし、慌ててそう否定していた。

 人間の生死を機械に一任し、自分は傍観者となる、というのは、なにか違う、おかしいと思ったからだ。


「あの、ボスをなんとかすれば、他の奴らは逃げていくはずだわ! だから、あのボスだけを黙らせて! アナタならできるでしょ!? 」


 その言葉に、AIはしばし沈黙する。

 もしかすると、呆れているのかもしれない。


≪実行します≫


 やがてそう告げると、戦車は砲塔の角度を調整し、狙いを定める。

 その様子を見て主砲を撃たれる、と思ったのか、リッキーの車に一緒に乗っていたアウトローは「ギャーッ! 」という悲鳴をあげ、武器を捨てて逃げ出していった。

 直後、主砲と同軸で装備されている十二,七ミリ機関銃が発砲される。

 最初は、やはり照準を調整するために短い三点射。その弾道と着弾のばらけ具合から補正値を導き、本格的な射撃を実施する。

 放たれた数十発の弾丸は、負傷のせいでロケット弾の再装填に手間取っていたドナドナのリッキーの足元のオフロード車へと次々と命中していった。

 奴隷商人たちの車両はみな改造されていて、リッキーが乗り回していた車にも装甲鈑が取りつけられていた。だがそれは手に入るモノを手当たり次第に張りつけただけであり、人間が携行して使用できる大抵の小火器から身を守ることはできても、架台にすえつけて使用するような重火器の威力は到底、防げない。

 ズボズボと弾丸は鉄板を撃ち抜き、車の内部を破壊していく。

 まずエンジンが被弾して止まり、発火した。次いで燃料タンクにも命中弾があり、ボン、と周囲を巻き込みながら液体燃料が爆発し、車両が燃え上がる。

 そしてトドメとばかりに、積載されていたロケット弾が誘爆した。

 膨れ上がる紅蓮の炎。車両を構成していたフレームがねじれ、千切れ、外板が弾け飛び、そして、ドナドナのリッキーは悲鳴をあげる間もなく炎と爆風の中に飲み込まれていった。


「さぁ、アンタたちっ! こわ~い、ボスはいなくなったわよ! こうなりたくなったら、さっさと逃げ出しなさい! 二度と私たちにつきまとわないなら、命は助けてあげる! 」


 おそらくあの奴隷商人のボスは助からなかっただろうと思い、一瞬、燃え上がるオフロード車から目を背けそうになったカナエだったが、こらえて、あらためてアウトローたちに逃げるようにうながす。

 すると、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行った。


「ふぅ……。なんとか、なったわね」


 その光景を目にしたメイドは、深々と溜息をつき、シートに全身を預けて天を仰ぎ見る。

 あの時、諦めて一発だけ残っていた弾薬を自分たちに使わなくて良かったなと、心底からそう思っていた。

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