・4-12 第42話:「戦車:1」
三十八式重戦闘車両(Type38 Heavy Combat Vehicle)とは、要するに、[戦車]のことだった。
全長は約十メートル。全幅は約四メートル。総重量は八十トンにもなる、金属とセラミックスの塊。だが、最大速力は時速九十キロメートルにも達する。不整地走行に適した
備える兵装は、主砲として砲塔に納められた五十口径百五十ミリ滑腔砲が一門。自衛火器として主砲同軸で十二,七ミリ機関銃が一丁、他に砲塔上部に自律型の小型レーザー砲塔がある。
全体が分厚い装甲鈑によっておおわれていた。主要部には、セラミックスなど金属以外の素材も使用した複合装甲が施され、空間装甲の役割を果たす
≪目標は非装甲戦力と判定。主砲、装填。弾種、榴弾(HE)。次弾も同じ。暴動の鎮圧を開始≫
淡々とそう宣言すると、AIは自動装填装置によって砲弾を装填された主砲の照準をつけ、
重苦しい砲声と、駐退復座機でも吸収しきれない衝撃。
思わず首をすくめたカナエがおっかなびっくり見つめるモニターの向こうで発射された砲弾が炸裂し、強烈な爆炎をあげ、一山もあった残骸を一瞬で吹き飛ばしていた。
その破壊力は、メイドの想像以上だ。
それも、そのはず。
この戦車が装備している主砲の口径、百五十ミリと言えば、味方部隊を強力に支援するために用いられていた重榴弾砲と呼ばれる類のものに匹敵する。
その威力は、一般的な戸建ての家屋程度であれば一撃で木っ端みじんにしてしまうほどだった。
だが、その攻撃によって犠牲になった奴隷商人たちは、一人もいない様子だった。
≪照準装置の不具合を検出。……なんらかの衝撃により、調整不良を生じたと推定。補正値を計算、修正を実行≫
AIは相変わらず淡々とした声で、先ほどの弾着と照準のズレの大きさからどれほどの補正を行えば正しく狙ったところを吹き飛ばせるのかを導き出す。
「まっ、待って! 」
再び主砲を発射しようとするAIを、カナエは慌てて静止していた。
「ね、ねぇ! 問答無用で吹っ飛ばすのは、ちょっと待ってあげて! 」
≪それは、なぜでしょか? ≫
「なんでもなにも、そんなの、やり過ぎだからよ! 」
奴隷商人たちのことは憎かった。
なにしろ、自分たちに電撃首輪をはめて奴隷にしようと目論んだだけでなく、想像するだけでも身の毛がよだつような行為に及ぼうとしていたからだ。
しかし、だからと言って、彼らが木っ端みじんになって、肉片になって四散するところが見たいわけでもなかった。
こちらは、強固な装甲で完全に守られているだけでなく、先ほど目にしたように、圧倒的な火力まで誇っている。
いくら悪人たちだからといって、この強大な力を行使したのではあまりにも一方的過ぎる、それはもう虐殺なのではないかと、カナエにはそう思えてしまったのだ。
≪疑問。あの暴徒たちは武装しており、すでに
「ダメなものは、ダメなの! 大砲で木っ端みじんになるところとか、別に見たいわけじゃないし! 追い払うだけでいいんだから! 」
AIはすぐには返事をせず、数秒、沈黙する。
メイドの言っていることは不合理だと考えているのだろう。
≪要請。対案の提示≫
やがて、そんな要求をして来た。
「な、なら! 少し、お話をさせて! 」
対案を求められても困る、というのが正直なところではあったものの、このままでは十人以上の人命が失われてしまうという危機感から、カナエはそう言っていた。
≪外部スピーカーとシステムを接続。どうぞ≫
するとAIはすぐに用意をしてくれる。
やはり、[作られた]機械なのだ。メイドの言っていることを不合理だと考えつつも、人間の命令には基本、逆らうことはなく従う。
「よ、よぉっし……! ちょっと、アナタたちっ!! 」
緊張から固唾を飲んだカナエだったが、すぐに覚悟を決めて、どこに向かって話せばいいのかわからないからとにかく大声で呼びかけていた。
その声はちゃんと届いている様子だ。砲撃を受けてその場に伏せたり、物陰に隠れたりしていた奴隷商人たちが、おそるおそる顔をのぞかせる。
「こっちは、見ての通り、戦車に乗ってるのよ! わかる!? 戦車よ、せ・ん・しゃ! アンタたちじゃ、もう、私たちは捕まえられない! 見たでしょう、さっきの爆発を! 一発目だからわざと外してあげたけど、次はないんだから! 」
攻撃が外れたのは照準器が狂っていたせいだが、そんなことはどうでもいい。
とにかく、アウトローたちを諦めさせなければ、ここは
「アンタたちのことは、正直言うと許せない! だけど、木っ端みじんの、ミンチにしたいわけじゃないの! 今、大人しく引き返して、もう二度と私たちに関わらないって約束してくれるのなら、見逃してあげる! どう!? 優しいでしょっ!? 」
もう生きて帰れないと思ったのに、まだ、生き延びるチャンスがあるらしい。
カナエの提案を聞いた奴隷商人たちは少しだけほっとした顔で、互いの心中をうかがうように視線をかわし合う。
逃がしてくれるというのなら、さっさとおさらばしたい。
そんな雰囲気だったが、しかし、彼らのボスは納得していなかった。
「ふっざけんじゃ、ねェぞ!? このガキがァ!! 」
辺りに響き渡った、怒り心頭の
おそらくは戦車に積まれたAIが収音マイクも作動させてくれていたのだろう。その声は車内にいるメイドにもよく届いていた。
顔をしかめながらモニターに映る外の様子を観察すると、動きがある。
そこには、血まみれのままオフロード車の上によじ登り、装填されたロケットランチャーを肩に担いで仁王立ちする、[ドナドナ]のリッキーの姿があった。
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