・4-11 第41話:「AI」

 突然、狭い空間の中に響いた声。

 それはどこか、アンドロイドたちが人間と会話する時に用いていた人工声帯から発せられるものによく似ていたが、もっと機械的で淡々としたものだった。

 日常的に人間社会の中で活動することを求められていた機械人形たちは、ある程度感情らしきものを模倣もほうできるように作られていた。というのは、完全に無感情に作るとあまりにも無機質すぎて、味気なく感じられるし不気味に思えてしまうという、製作者と使用者側の都合があったからだ。

 明らかに人間とは異なるという外見を持たされつつも、当たり前のコミュニケーションは可能。

 旧世界で活躍していたアンドロイドたちは、そんな微妙な塩梅あんばいで作られていた。

 しかし、この、女性の合成音声は違う。

 はっきりとしていて聞き取りやすいが、そこからは人間らしい感情など想像もできない、そういう声をしている。


≪繰り返す。貴官の所属と名称を明らかにせよ≫


 あらためてそう問いかけられても、カナエは答えなかった。

 驚きの余りに声が出てこなかったのだ。

 すると、まともな返事がないことでこれ以上問答を続けることに合理性を見いだせなかったのか、声の主は実力行使に出る。

 正面のどこかにセンサーが仕込まれていたのか、そこから人体に害のない微弱なレーザーを発し、愕然がくぜんとして見開かれたままのメイドの網膜をスキャンし始めたのだ。

 あっと思って顔を背けるころにはもう、読み取りは終わっていた。


≪網膜スキャン、完了。データーベースを検索、登録情報を確認。カナエ・シノダ、AD・二二三〇年生まれ、地球管理機構(EMO)市民権を保有。……民間の方ですね。ここは、人類保護軍(HPL)管理下の軍事施設に該当し、弊車へいしゃはそこに所属している車両です。軍事機密に該当いたしますので、速やかに操縦者席ドライバーシートからの退去をお願いいたします≫


 カナエが正式な市民権を持っている人間、つまりは旧文明の生き残りだということを理解すると、女性の合成音声は口調を丁寧なものにあらためる。

 ———どうやら、意思疎通が可能であるらしい。

 自分とステラが逃げ込んだのは、なにかのシェルターとかではなく軍で使用していた車両の内部であったこと、その車両に搭載されている人工知能(AI)が現在でも稼働状態で、今話しかけているのがそれだということを理解したカナエは、すがるような思いで口を開く。


「出て行けなんて、無理だよ! 今、私たちは奴隷商人たちに追われているの! お願い、助けてっ! 」


 頭上で、分厚い金属の塊を固いもので思いきり叩きつける音が響いたのは、その言葉が終わるか否かというタイミングでのことだった。

 ガン、ガン、ガン、と数回の激しい殴打。

 いったん静かになったが、今度は強烈な破裂音と、さらに大きな、装甲の表面で高速で飛翔して来た金属の塊が砕け散る音が轟く。

 くぐもった男たちの怒声も聞こえてくる。きっと、ロックのかかったハッチをこじ開けようとしているのだろう。


≪小火器による攻撃を検知。……状況を推測。推測完了。……市民、保護が必要ですか? ≫

「……っ! ええ! ええ!! お願い、助けて! 」

≪要請を認識しました。これより、市民保護プログラムを遂行いたします。上位司令部に対し、許可を申請。……応答なし。再度許可を申請。……応答なし。規定により、弊車へいしゃはただ今から独自の判断により、戦闘行動を開始いたします≫


 メイドが二つ返事でうなずくと、しばらくの間機械らしく律儀に正規の手続きを取ろうとしていたAIだったが、やがてそれが不可能であることを理解し、柔軟な対処に入った。

 同時に、どこからともなくエンジンをスタートさせる音が響き、ギュィィィィィン! とガスタービンエンジンの回転が始まって、徐々に高まっていく。

 動力が回復し、周囲のモニターが一斉に点灯した。様々な計器類も稼働し、操縦装置にも電源が入る。

 本来ならば外部カメラを通じた情報が目の前のモニターに表示されるはずだったが、この車両は車体の多くが瓦礫と砂に埋もれているためか、ほとんどなにも見えない。だが、機能としてはすべて正常に動いている様子だった。

 突然の事態に、外に集まっていた奴隷商人たちが慌てふためいていた。微かに、ドナドナのリッキーが「ロケット弾を取ってこい! 」と手下に命じる怒声も聞こえてくる。


≪システム、正常な起動を確認。稼働率九十パーセント。武装の稼働テスト実行。……実行不能。弊車へいしゃは現在、なんらかの障害に埋もれていると推定≫

「ね、ねぇ! 大丈夫なの? けっこう瓦礫に埋もれてたけど、ちゃんと動ける!? 」

≪これより、障害からの脱出を試みます。座席にしっかりとおつかまり下さい≫


 AIの指示に従い、カナエは捕まることができそうな場所を探して片手でしがみつき、もう片方の手でステラの身体をしっかりと抱え込んだ。

 おそらく、車内の様子も認識できているのだろう。逃げ込んで来た民間人が体勢を整えるのを待つと、車両は大きく身震いをして動き始める。

 ガスタービンの音が、一際大きく鳴り響く。

 どうなっているのか、よくわからない。とにかく、非常に硬いものが、ギャリギャリ、とコンクリートや砂を砕き、削り取っていく音がしばらくの間、とどろき続ける。


「わっ!? 」


 唐突に身体が前の方に引かれ、カナエは慌てて踏ん張りを効かせていた。

 すぐに、車両が後方に勢いよく動き始めたのだと気づく。

 そしてすぐに大きく傾いた。おそらく急斜面を登ろうとしているか、大きな障害物を乗り越えようとしているのだろう。

 目を閉じて必死に衝撃に耐えていると、ふっ、とそれらが消える。

 恐る恐る双眸そうぼうを開いてみると、先ほどまで真っ暗だったモニターに、外の光景が映し出されていた。

 掩体壕バンカーの上まで、瓦礫と砂をかき分けて登り切ってしまったらしい。破損しているのかいくつかの外部カメラは映っていなかったが、周囲の様子が見えるようになっていた。

 目の前で、奴隷商人たちが大騒ぎをしている。武器をかまえて闇雲に発砲してくる者、どうしてよいのかわからず右往左往する者、そして勝ち目がないと思ったのか一目散に逃げ出す者。


≪障害からの脱出を完了。状況確認。三十八式重戦闘車両(Type38 Heavy Combat Vehicle)、製造番号SJ801、市民保護のためこれより戦闘を開始いたします≫


 カンカン、と銃弾を装甲が弾く音にもまるで動じず、淡々と、旧文明の恐るべき兵器は、これから戦闘行動を実施すると宣言していた。

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