・4-10 第40話:「希望」
カナエは、おそらくはその人生で最大の決断を下した。
「ふっざけんなっ! このっ、○○野郎どもッ!! 」
上流階級向けの最高級の派遣メイドとしてふさわしい洗練された言葉とはあまりにもかけ離れた、ドラマの中では[ピー音]で覆い隠さねばならないほどの罵声。
腹の底から口にした嫌悪の言葉と共に立ち上がり、
ズドン! と、
ストックもないために反動を支えきれず、「きゃあっ!? 」という悲鳴と共にカナエはその場にひっくり返ってしまう。
そんな素人丸出しの撃ち方だったから、放たれた散弾は明後日の方向に飛んでいき、結局、横に広がって迫ってきていた奴隷商人たちを撃ち抜くことはなかった。
それでも、ひるませることには成功する。
人間は同じ出来事が連続すると、思わず、次もあるのでは、と思ってしまう生き物だ。
二度あることは三度ある、ということわざもあるように、もう二発も撃ち込まれているのだから、三発目、四発目もあるのではないかと想像し、しかもそれが自身の命に関わることだからより一層慎重になる。
「はぁ……。これで、終わりかぁ……」
射撃の反動で引っくり返り、
どうして、あの最後の弾薬を自分とステラに向けて使わなかったのか。
黙って奴隷商人たちの好き放題にされるくらいならせめて一矢報いてやろうという思いで半ば衝動的に撃ってしまったのだが、いざ、これから行われるだろう一方的な
だが、受け入れる他はない。
(せめて、あの子だけでも……)
まだ幼いだけでなく、痩せっぽちな少女だけでも、勘弁してもらえたりはしないだろうか。
どう命乞いしたら歓心が買えるか。メイドは
どうやら自分は、冷凍睡眠ポッドで生き永らえたことで、一生分の運というのを使い果たしてしまっていたらしい。
運命の神というのがいるのなら、ありったけの言葉で呪ってやりたかった。
せっかく、自由になれたと思ったのに。ぬか喜びなんてさせて。
それどころか、考えたくもない経験を、これから強制されようというのだ。
しかし、虚ろになっていた瞳に、再び光が戻る。
きっかけは、指先が固い金属状のなにかに触れたからだった。
特になにかを思ったわけでもなく、ただ、反射で視線を向けると、———そこには、なにかの取っ手らしきものが飛び出している。
「諦めて、たまるものですかっ! 」
カナエは
せっかく生き延びて、[自由]を手にできたのだ。
こんなところで失いたくないし、あの奴隷商人たちに好き勝手されるのも嫌だ。
だったら諦めている場合ではない。
なんでもいいから、最後の瞬間まであがき続けるのだ。
だから彼女は、無我夢中で希望にすがった。
取っ手があるということは、そこにフタのついているなにかが埋もれているということだ。それはアイテムが入ったコンテナや棚かもしれないし、扉かもしれない。
自分も、ステラも、生き延びることができるチャンスを、つなげられるかもしれない。
素手で必死に砂をかき分けると、出てきたのは、人間一人が出入りすることのできそうな大きさの、四角い形。その一辺には取っ手を持ち上げれば開きそうなヒンジもついている。
(まだ、逃げられるかも……っ! )
使い果たしたと思っていた運が、まだ残っていたらしい。
そう思ったカナエは飛び起き、ハッチの上にまたがるようにして、両手で取っ手を握り、足を踏ん張って、「うんぬーっ! 」とうなりながら力を込める。
(お願い、開いて! 開いてっ! )
その願いは、通じた。
やたらと感触が重かったが、ハッチは開き、その中に黒々とした闇に包まれた空間を
狭いが、女性が二人ならば隠れられそうな空間。
そう見て取ったカナエは、弾かれたように
「ステラ! ねぇ、ステラっ! ごめん、動かすねっ! 」
まだ意識を
動かしたら危ない、というのは良く分かっているが、このまま放置していたら奴隷商人たちに捕まってしまう。
せっかく、希望がつながったのだ。
メイドは、自分一人だけが隠れる、ということも考えたのだが、その選択はできなかった。たった一日だけとはいえ一緒に過ごした少女のことを、どうしても見捨てるつもりにはなれなかったからだ。
半ば転げ落ちるように下まで砂の上を滑り降りて行ったカナエは、弱々しい反応でなすがままにされているステラを空洞の中に押し込むと、自分もそれに続いていた。
急いでハッチを閉じると、逃げ込んだ場所は真っ暗になってなにも見えなくなる。
「お願いっ! 気づかれませんようにっ! 」
闇の中、シートに腰かけ、少女を抱きかかえたメイドは、身体の前で両手を組み合わせて必死に祈っていた。
運良く奴隷商人たちはこのハッチの存在に気づかないでいてくれれば、助かる。
追い詰められた彼女にとってはそれが唯一の希望なのだ。
だが、すぐにそれは叶わぬことだと気づいた彼女は、慌てハッチのある辺りを手探りし始める。
この終末世界は、どこもかしこも砂で覆われている。
そしてその砂の上には、自分たちが逃げた痕跡がくっきりと残ってしまっているはずだ。
だとすればどんなに祈ったところで、奴隷商人たちはこのハッチの存在に気づいてしまうだろう。だからなにか、内側からロックでもかけられないかと思ったのだ。
持ち上げる時にやたらと力が必要だったが、それは、このハッチにかなりの厚みがあったからだった。まるで強固な防弾仕様であるかのよう。
だからロックさえかけられれば、相当長く持ちこたえることができるはずだった。あれだけ頑丈そうなのだから、奴隷商人たちが銃を撃ち込んでも、もしかするとロケット弾を撃ち込んでも耐えられえるかもしれない。
「あった! 」
レバーのようなモノがあることを探り当てたカナエは、それを動かせる方向に思いきりひねっていた。するとガチャリ、と頭上から音がして、鍵がかかったような手ごたえが伝わって来る。
その感触に、ほっとした時だった。
「わっ!? な、なに!? 」
真っ暗闇だったところに突然、薄ぼんやりとした光が生まれ、カナエは戸惑って悲鳴を
なぜ明るくなったのかは、すぐにわかった。目の前でモニターの一つが起動していたからだ。
そしてそこに、独りでに文字列が出力されていく。
「貴方たち、は……、何、者……? 」
生まれながらに背負った負債を返済できるようにするために受けさせられた教育のおかげで、メイドはその文字列を読むことができた。
どうやら、何者かが、長年に渡って密封されていたこの空間に足を踏み入れた少女たちのことをたずねてきているらしい。
それは理解できたのだが、かといって、答えようがなかった。どこをどう操作すれば返答できるのかがさっぱりわからなかったからだ。
だが、そのことについて悩んでいなければならない時間は、短かった。
≪問い。貴官の所属と名称を明らかにせよ≫
どこからともなく、機械的に合成された音声が鳴り響いたからだ。
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