・4-9 第39話:「対決:2」

 ロケット弾の爆発によって生まれた噴煙と、巻き上がった砂。

 それらが煙幕の役割を果たしてくれたおかげで、少女たちは辛うじて身を隠すことができた。

 星屑の落下で破壊されたレギオンの基地の残骸。

 元々は、掩体壕バンカーを兼ねた巨大な倉庫だったのだろう。手を左右に広げても届かないほどの分厚い鉄筋コンクリートで作られた半円形の構造物が、半ば砂に埋もれて横たわっていて、二人はその崩れ落ちた天井の穴に身を隠していた。

 地球上に存在した都市という都市は、かつて照射兵器による攻撃を受けていた。コンクリートが溶け出すほどの高熱にさらされたためにほとんどの建物は燃え尽きるか、残っているものも溶けて固まったようになり、脆くなっている。

 しかし、この基地は、照射兵器を使用する側の所属だった。だからその攻撃を受けたことがなく、バンカーも元々の強度を十分に保っていたはずだったが、こうして破壊されてしまっているのを見ると、落下して来た星屑の衝撃がいかに大きかったのかが想像できる。


「ステラ、しっかり! 」


 鉄筋がむき出しになり、ぐにゃぐにゃと幾本も飛び出ている分厚いコンクリートの断面まで。

 カナエは足取りのおぼつかないステラを励ましながら脇から支え、どうにか駆け込むと、怯えた表情で背後を振り返り、少しだけ顔を出して奴隷商人たちの姿を確認する。

 すぐに銃声が轟き、近くでコンクリートの破片が舞った。


「そこを動くんじゃねェぞ、ガキども! 」


 硝煙を銃口からたなびかせた大型の自動拳銃デザート・イーグルをかまえたまま、ドナドナのリッキーが凶暴な笑みを浮かべている。


「今から、おじさんたちがそっちに行くからよォ! みんなで楽しく、遊ぼうじゃねェか! へっ! へへへ……っ」


(それ、楽しいのはアンタたちだけでしょ! )


 銃弾が飛んできて咄嗟とっさに顔を引っ込め、頭を抱えていたメイドは、心の中でそうツッコミを入れる。

 それから、自身の隣で苦しそうに息をしている金髪ポニテの少女に取りすがった。


「ね、ねぇ、ステラ! なにか、いい手はないの!? 」


 どんなにこちらが嫌がろうが、このままでは本当に、奴隷商人たちに思うままにされてしまう。

 電撃首輪をはめられて逆らえなくされ、おそらくはさほど長くはならないのにしても、一生、奴隷として扱われてしまう。

 なにか作戦はないのか。

 昨日、五十年ぶりに目覚めたばかりであり、この世界のことをよく知らないカナエにとって、頼りにできそうなのは、自分よりも年下ながらもこちらの流儀に詳しいステラしかいなかった。

 ———しかし、返事がない。

 怪訝けげんに思ってよく観察してみると、側頭部の辺りからうっすらと出血している。


「ステラ? ……った、大変っ!! 」


 さきほどのロケット弾で攻撃を受けた際に、なんらかの破片の直撃を受けたか、転んでモトから放り出された際に強く打ってしまったのだろう。

 少女の意識は朦朧もうろうとしていて、かなり危険な状態にありそうだった。

 メイドは必死に思考を巡らせる。

 とにかく、手当てをしなければ。

 だが、背負っていた荷物はみんな奴隷商人たちから逃げるために投げつけてしまったし、包帯もなにもない。辺りに使えるものはなにかないのかと見渡してみても、あるのは砂と瓦礫ばかり。

 いや、そもそも、頭を打っているのだ。素人の自分が下手に手を出すよりも、とにかく安静にさせて、動かさない方がいいのかもしれない。

 きっと、そうに違いない。脳にダメージが入ってしまえば、大事になる。


「はは……っ」


 そこまで考えたカナエは、乾いた笑みを浮かべていた。

 ステラは、動かせない。

 それなのに、奴隷商人たちはゆっくりとこちらに距離を詰めてきている。

 こちらが持っている銃を警戒しているのかその足取りは遅いものだったが、奴らの下卑げびた顔がこちらをのぞき込んで来るまで、数分もないだろう。

 つまりは、———[詰み]だ。

 自分も、この終末世界の星屑拾いも、これ以上は逃げられない。

 相手は大人数で、武器もたくさん持っている。

 使えそうな道具もなにもなく、もう、完全にお手上げ状態。

 すなわち、この先に待っているのは、おぞましい未来しかない。


「やっと、自由になれたって思ったのに……、これかぁ」


 カナエは天を仰ぎながら、震える声でそう呟いていた。

 いつか生まれながらに背負わされた負債を完済し、人間らしい生き方を手にするのだと、そう思って必死に頑張って来た。

 かと思えば、ディストピア化していた世界は滅び、おそらくは天文学的な確率の幸運を手にして生き延び、五十年も経ってから目を覚ますことになった。

 これから始まる、新しい暮らし。

 それが過酷であることはすぐに理解することができたが、それでも、そこには希望がある気がしていた。

 それなのに、こんなところで、こんな終わり方を迎えることになるとは。

 すっかり絶望したカナエは、ふと、ステラの手になにかがあるのに気づき、それに手をのばしていた。

 銃。

 確か、まだ一発だけ、弾薬が残っている。

 粗末な造りの、メイドからすれば古めかしい設計デザインのものだ。世界に終末が訪れてから製造されたのだとしたら、彼女よりも年下ということになるはずなのだが、酷使されて来たのかずいぶんと年季も入っている。

 それのきちんとした撃ち方など、知らなかった。

 そもそもこのような武器を手にしたことなど生まれてから一度もなかったし、持ちたいと思ったこともない。

 だが、今はもう、これを使う以外に方法はないと思えた。

 ———これから始まる[お楽しみ]を想像し、下劣な笑みを浮かべながら近づいてきている奴隷商人たちに対して使おうと考えたわけではない。

 避け得ない、[最悪]を回避する、唯一の手段として使うのだ。

 残っている弾薬は一発だけだったが、幸い、これは散弾だ。

 うまく発射する方向を調整すれば、自分も、そして意識を朦朧もうろうとさせているステラも、一度に[終わらせる]ことができる。

 それはとても恐ろしい選択だが、酷く誘惑的でもあった。

 カナエもステラも、あの奴隷商人たちのオモチャにされることはなくなるからだ。

 もしも奴らがとんでもないド変態で、生きることを止めた二人の少女に口に出すのもはばかられるような行為に及ぶのだとしても、少なくとも自分たちがそれに[気づく]ことはない。

 仮に魂なるものが存在するとして、少女たちはおぞましい記憶を得ないままに、天界に召されることができるのだ。


「……ごめんね」


 じっと銃口を見つめた後、男たちの下卑た笑い声を耳にしたカナエはおもむろにそう呟くと、散弾銃ソードオフのグリップを握り、まだ引かれていない左側のトリガーに指をかけていた。

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