・4-8 第38話:「対決:1」

 一人乗り用のところに無理に二人も乗っているのだが、モトは健気に走り続けてくれていた。

 モーターはこれまでの酷使によって加熱し、バッテリーの残量も大きく減って、もう残り少ない。それでも車輪は回り続け、奴隷商人たちから少しでも遠くへ少女たちを運ぼうとしてくれている。

 だが、アウトローたちとの距離は、徐々に縮まり始めていた。

 ———そもそもの最高速度が違うのだ。

 折りたたんで他の車両に積載できるほど小さく作られている小型のバイクであるモトの車輪は、相応に小さい。だからどんなに頑張って回っても、さほど速度は出せなかった。

 それに対して、奴隷商人たちが乗っているのは排気量の大きなエンジンを積んだバイクだ。車輪も大きいし、第一、馬力が違う。

 車輪の小ささは、速度だけでなく、障害物を乗り越えるのに当たっても不利に働いた。車輪が乗り越えることのできる段差の大きさは、その物理的な特性からどうしても半径よりも小さくなってしまう。オフロード用に作られているとはいえ、こうした制約からモトは大きな段差は避けて蛇行しながら進まなければならなかった。

 それに対し、怒り狂ったボスに急かされたアウトローたちは、ほぼ直進して迫って来る。


「うわっと、ととと……っ! 」

「きゃっ! す、ステラっ、がんばって! 段々、アイツら近づいて来てるよ……! 」

「わ、わかってるって! けど……っ!! 」


 星屑の落下で破壊された基地の廃墟には、これまで誰の手も入ったことがなく、荒れたままだった。

 そんな場所を走行するのだから、段差になるモノはいくらでもある。なんとか小さなモトでも通れそうな場所を見繕って通り抜けねばならず、必然的に慎重な運転になっている。

 小さい、というのはプラスに働く面もあった。大きな瓦礫で針路を塞がれているような場所でも、モトならば通り抜けることができたりするのだ。

 しかし、二人の少女が追いつかれるのは時間の問題といえた。


「行けェッ! お前らッ!!! あのガキどもを捕まえた奴には、最初に遊ばせてやるッ!!! 」


 奴隷商人たちのリーダー、ドナドナのリッキーが手下たちに発破をかけながら、オフロード車のパワーと頑丈さで瓦礫を突き破りながら追って来ているからだ。

 もう、その下品でおぞましい内容の叫び声も、エンジンと風の音に混じって聞こえるようになってきている。

 背後を振り返り、リッキーの鬼気迫った形相を目にしたカナエは、すっかり怯えてステラにしがみつく。


「ねぇ! やっぱり、銃は使えないの!? 」

「ダメだよ! あと一発しかないんだから! それに、運転しながらだから、どっちにしろ無理! おねーさん、銃は撃てるの!? 」

「で、できないわよっ! でも、それじゃ、どうすれば……っ! 」

「なんでもいーから、なにか投げて! 荷物、持ってきてたでしょーっ! 」

「わ、わかった! 」


 物を投げつけたところで、奴隷商人たちが止まってくれるとは思えない。

 だが、他にできることがなさそうなのも事実だ。

 メイドは少女から右手だけを離すと背負っていたリュックに手をのばし、隙間から顔をのぞかせていたアンドロイドの腕部と引き抜くと、「エイっ! 」と背後に投げつけた。

 同じようにして、脚部、頭部と、どんどん放り投げ、一緒に詰め込んで来た石炭やら、液体燃料の入ったスキットル状の缶やらも使ってしまう。

 もちろん、奴隷商人たちはまったく意に介さなかった。

 それどころか、より一層怒りに火をつけただけだ。


「ナメたマネしやがって! オイ、ロケットをぶっこんでやれ!! 」

「ヘイ! 」


 窓にまき散らされた液体燃料を睨みつけたリッキーが怒鳴ると、オフロード車の後席に乗っていたアウトローが、ロケットランチャーを担いで立ち上がる。


「直撃はさせるな!? 進路を塞ぐんだ! 」

「へへっ、分かってますって、ボス! 」


 ボスからのプレッシャーに冷や汗を流しながらも、天窓から上半身を乗り出して発射機ランチャーをかまえた彼は、ペロリ、と舌なめずりをしながら狙いを定める。


「マズいよっ、ステラ! 狙われてるっ!! 」


 他に投げつけられるものがないかとリュックの中を漁っていたカナエだったが、背後からロケット弾で狙われていることに気づいて血相を変えた。


「そ、そんなこと言われたって! こう、瓦礫が多くっちゃ……! なんでもいーから、とにかく投げて! 」

「わ、わかってるけど、もう、投げる物が……っ!!! 」


 まだリュックの中にはブロック状の携帯食料のパックが入っていたはずだったが、背中側なので腕がうまく入らず、なかなか取り出すことができない。

 止むを得ずメイドはリュックそのものを外すと、「えーいっ! 」と、発射機ランチャーをかまえていたアウトローの顔面に向かって投げつけていた。

 ———だが、少しばかり遅かった。

 ぼろ布でできたリュックは見事に奴隷商人の顔面に命中したのだが、すでにロケット弾は放たれており、少女たちの頭上を飛び越していく。


「うわっ!? 」「きゃあっ!? 」


 眼前で爆発が起こり、二人の少女は悲鳴をあげた。

 幸い少し距離があったので直接爆発に巻き込まれはしなかった。しかし止まりきることができず、モトはロケット弾によって新しく作られた小さなクレーターに車輪を取られ、転倒する。

 なすすべもなく、ステラとカナエは放り出されてしまっていた。


「ぅうっ……! 」「は、早く、逃げなくちゃ……! ステラ、こっちへ! 」


 吹きあがった砂と細かな破片がパラパラと降り注ぐ中、派手に転倒したせいで痛む身体を引きずり、少女たちはよろよろと起き上がって、互いの身体を支え合いながらどうにか近くにあった廃墟までたどり着いてその影に身を隠す。

 奴隷商人たちは、すぐには追って来なかった。モトが転倒している辺りで車両を停止させ、武器を手に次々と降りて来る。


「へっ。ようやく追い詰めたぜ、ガキども……! 」


 自らもオフロード車から降り立ったドナドナのリッキーは、血にまみれた顔に獰猛な笑みを浮かべていた。

 もはや、勝負は決まったようなものだ。

 逃げるための[足]を失ったステラもカナエも、遠くには逃げられない。

 そして、人数で言えば、奴隷商人たちの方が圧倒的に多い。

 群れを成す肉食獣が、弱った獲物を追い詰め、むさぼり食らう。

 後はもう、一方的な[ハント]だった。

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