・4-7 第37話:「待ち伏せ」
終末世界に生き残った人々を無差別に攻撃する、旧世界の兵器群。
理由は、よくわからない。
だが、そんなことはどうでもいいことだ。
ここを通り抜けることができれば、[船団]にぐっと近づくことができる。奴隷商人たちの手から逃げ延びることができる。
再びモトを走らせ始めた二人の少女は、恐れよりも希望を胸に、荒野を突き進んでいった。
「うわっ、酷い有様ね……」
ステラの身体にしがみついていたカナエが、不安そうな声を
というのは、無数のクレーターと残骸が散らばる、恐ろしい破壊の痕跡を目にしたからだ。
「ああ、これ」
風に金髪をなびかせながら、少女はなんでもないことのように答える。
「何か月か前に、この辺りにおっきな[星屑]が落ちて来たんだ。だけど、地上に激突する前に、なんか、空中で爆発しちゃってさ~。それで破片があっちこっちに散らばって、レギオンの基地が半分、吹っ飛んじゃったの。あの時はびっくりしたな~」
「そ、そうなんだ……」
メイドは恐怖で思わず身震いしてしまう。
———考えてみれば、頭上からひっきりなしに星が落ちてくる、というのは、かなり危険なことだった。
直撃する確率は非常に低いものだったが、ゼロではなかったし、今横目に通り過ぎていく惨状を思えば、運が悪ければ簡単に命を失ってしまうのだと否応もなく理解できてしまう。
旧世界の軍隊、レギオンの広大な基地の半分を壊滅させた星屑の落下は、まるで強力な兵器を利用した攻撃だ。
昔、クラスター爆弾と言って、大きな一塊の弾頭が無数の小型の爆弾に分裂して、広範囲を一斉に破壊するという兵器があったのだが、それのもっと巨大な、オバケみたいなもので一面が吹き飛ばされたようになっている。
数えきれないクレーターと、焼け焦げた基地の施設の残骸。巻き込まれた自立型の兵器群の骸も転がっている。
そのおぞましい光景を目にしても動じなかったステラ。
その口元が、にへら、と歪む。
「うへへ……。実はココ、レギオンが怖くって、誰も手をつけてこなかったところなんだよね~。基地と一緒に奴らもだいぶ吹っ飛んじゃったんだけど、それでも、さっきみたいに巡回してくるのがいるかもしれないからって。……でも、今のあたしたち、奴らに攻撃されないみたいだし~、この辺全部、あたしたちで独り占めに……」
どうやら彼女には、この墓場も、お宝の山に見えているらしい。
(さっすが、たくましい……)
終末世界で育った者と自分との認識の相違に、カナエは気が遠くなる思いがした。
やがて、二人を乗せたモトはレギオンの基地の範囲を抜け出そうという場所にまでたどり着く。
ほっと安心して、ふと、視線を別の方向に向けると、黒髪を三つ編みにした少女は眼鏡の奥の
「すっ、ステラ! 右、右っ!! 」
「んあっ!? ちょっ、運転中に暴れると危ないでしょー!? 」
「いいから! 危ないんだって!! 」
幸せな妄想に浸っていたところを邪魔された少女は不機嫌になったが、さっきもドローンの接近をメイドが警告してくれたことを思い出して言われた通りに右の方へ視線を向け、すべてを理解して表情を引き締めていた。
「おねーさん、つかまって!! 」
警告の言葉を発すると、メイドがより強い力でしっかりとしがみついて来るのを確認する時間も惜しんで、モトを左に急旋回させる。
二人がそれまで進んでいた右前方に噴煙があがるのは、それとほとんど同時のことだった。
一度溶けて固まったコンクリートの塊、かつて建物だったもののなれの果ての、物陰。
そこに待ち伏せていたモヒカンにサングラスのアウトローが肩に担いでいた、太い筒状の物体の後方から炎が噴き出し、砂埃が舞い、そして筒の先端から一発のロケット弾が発射されていた。
角ばったドングリ状の弾頭に、細長い固体ロケット、安定翼のついた、古めかしい対装甲兵器だ。
お尻から勢いよく炎を吹き出しながら飛翔したそれは、シュバッ! という音と共に二百メートルほどの距離を貫き、ステラとカナエが先ほどまで進んでいた進路上に着弾して爆発。爆炎をまき散らし、派手に砂を巻き上げていた。
撃ったのは、黒光りする革ジャケットに、モヒカンのアウトロー。
奴隷商人たちの内のひとりだった。
「ぅう~!!! 待ち伏せされたーっ!! な、なんで~っ!!? 」
「さっき立ち止まってた時に追い抜かれちゃったんだわ! ど、どうしようっ!? 」
「そんなの、わっかんないよ! とにかく、逃げるしかないっ! 」
再び少女たちはモトを全力疾走させる。
向かう先は、横目に通り過ぎようとしていた、星屑の落下によって破壊されたレギオンの基地の廃墟群。
他に逃げる先などなかった。[船団]と合流するためにはあのまま真っ直ぐに進みたかったのだが、こうして先回りしていた以上は第二、第三の待ち伏せを受ける可能性を否定できない。そういった攻撃から逃げるためには、真っ直ぐ、反対方向に逃げなければならない。
そして案の定、二人が進んでいくはずだった進路上には奴隷商人たちが隠れていた。
彼らはステラとカナエが向きを変えて一目散に逃げだしたことを見て取ると、それぞれが潜んでいた場所から「ヒャッハー! 」と奇声をあげながら飛び出し、バイクをかっ飛ばして追跡を始める。
そしてその中には、ドナドナのリッキーが駆るオフロード車の姿もあった。
「待てェ! ガキどもッ!!! 絶対に逃がさネェからナァッ!!!!! 」
治療もそこそこに、荒く包帯を巻いただけで血まみれになったリッキーが、憎悪が煮詰まった凄絶な形相で運転席から叫び声をあげる。
その声が届いたわけではなかった。だが、少女たちは背筋にゾクッとした寒気を感じ、思わず背後を振り返って、死んだ、と思っていた奴隷商人のリーダーが生きていて、執拗にこちらを追ってきていたことを知った。
「あ、アイツ!? ……リッキーッ!? な、なんでここにいるのさ!? あたしが撃った弾、確かに当たってたはずなのに! 」
「わ、わからないわっ! けど、凄く怒り狂っているのは、間違いなさそうね……! 」
前に向き直り、このまま捕まったらどんな目に遭わされるのかを想像した二人は青ざめた顔になる。
絶対に、捕まりたくない。
ステラとカナエは背後から迫って来る奴隷商人たちから、必死に逃げ続けた。
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