・4-6 第36話:「軍事基地:2」

 安全運転とはいっても、危険地帯を早く抜けるためにできる限りのスピードで走っていたモトを、それは軽々と追い越した。

 上からの風圧で二人の少女の髪がふわりと揺れ、頭上を小さなモーター音と静かに回るプロペラの音が通り抜けていく。

 後方から追い抜き、行く手を遮るように高度を下げてきたのは、飛行型のドローン。少し前に東の地平線から昇った太陽の光を受けて、金属とカーボンでできたボディが精悍に輝いている。

 それも、偵察や手榴弾などを用いた軽度な攻撃に用いられるタイプの小さなモノではなく、長時間巡行し、目標を発見した場合は激しい攻撃を加えることのできる、人が乗っても運用できそうなほどの大きさを持った戦闘タイプのもの。

 四方にのびた腕の先にグルグルと回る接触防止用のガードを備えたローターを持ち、中央部には光学カメラやレーダーなどのセンサー類があり、その下側に、三つの砲身を持った機関砲を装備している。

 ステラは、思わずモトを急停車させていた。

 前方に出て来たドローンに行く手を塞がれた、というのもあるのだが、なにより、砲口を向けられた恐怖でこれ以上前には進めなかったからだ。


「お……、終わった……」


 こちらに合わせてホバリングを開始した旧世界の戦闘兵器を見上げながら、少女は呆然として呟いていた。

 逃げようとも、たった一発だけ残った弾薬で最後の抵抗を試みようという気も起きない。

 勝てるはずがないのだ。

 相手は飛行型で、機動力は明らかにこちらを上回っている。

 モトの全速力ではなかったとはいえ背後から軽々と追い抜いてきたように、速度では絶対に上回ることはできない。

 そしてその攻撃は、確実に命中するだろう。

 蛇行運転をくり返したところで、もっと高速で動き回る物体を精密に攻撃できる能力を備えた機関砲の弾雨をかいくぐることなどできはしない。目標を内蔵されたレーダーで捉えたら反応して爆発するという、いわゆる近接信管を使用した砲弾を撃って来るのだから、どうしようもない。


「ど、どうしたの、ステラ!? なんで、止まっちゃったの!? あのドローンは、なに!? 」


 すっかり絶望して動きを止めて硬直してしまったステラに、カナエが不安そうに、何度も問いかけて来る。

 戦前世界を知っている彼女にも、あまり見覚えのないドローンだった。というのは、多額の借金を背負わされていたためにひたすら労働に励んでおり、教養レベルのニュースには目を通していても、具体的にどんな兵器が前線で運用されているのかなど知らなかったからだ。

 わからないモノだからこそ、余計に恐ろしく感じてしまう。

 だが、少女は答えない。

 答えられるわけがない。

 「これから機関砲でミンチにされます」などと教えられて、喜ぶ者など誰もいないだろう。

 そうやって恐怖させるくらいだったら、むしろ、なにも知らないまま吹き飛ばされた方が、まだ温情というモノだ。

 ただ、モトのハンドルを手放したステラは、自分の腰に回されたカナエの手をぎゅっと強く握りしめていた。

 同じ終わりを迎えるのだとしても、せめて、誰かのぬくもりと一緒ならば、多少は怖さも紛れると思ったからだ。

 きつく双眸そうぼうを閉じた少女の目の前で、ドローンがぶら下げている機関砲の銃身が回転を始める。

 射撃準備だ。


「……あっ」


 それで、これから起こることを理解したメイドも、それが避け得ない結末なのだと悟り、愕然がくぜんとして、光を失った双眸そうぼうで自分たちを終わらせるモノを見上げながら、ポカンと口を半開きにする。

 ———だが、放たれた機関砲弾が、少女たちを跡形もなく吹き飛ばすことはなかった。

 代わりにドローンの複雑なセンサーから浴びせられたのは、レーザー。

 それも攻撃用の兵器ではなく、情報を収集し、読み取るための低出力のもの。

 重苦しい時間が過ぎていく。

 ドローンは、なかなか発砲しなかった。まるでわざと焦らしているのではないか、と思われるほどだったが、そもそも彼らはそんなことはしない。

 完全無欠の殺戮機械キリングマシーン

 命令を完璧に遂行し、世界が破滅を迎えて五十年が経とうというのに、未だに外的要因以外で壊れることのないタフなシステムなのだ。

 ひとしきり捜索が終わったのか、レーザーが消える。

 いよいよか、と思ったメイドも、金髪の少女にならって双眸そうぼうを閉じた。

 しかし、いつまで経っても、痛みも衝撃も感じない。

 恐る恐る少女たちが目を開いてみると、いつの間にか機関砲を回転が止まっていた。

 いぶかしんで眉をひそめていると、なんと、ドローンはプロペラを力強く回転させると、ふわり、と浮かび上がって高度を取り、まるで何事もなかったかのようにのんびりと飛び去って行ってしまった。

 すっかり思考を停止させて真っ白になってしまっている二人を残して、機影は基地の廃墟へと向かっていく。


「あたしたち……、助かった? 」

「そう……、みたい……、だね……? 」


 ローターの音が聞こえなくなり、吐息が聞こえるほどの静寂が辺りを包んでから、ようやく二人は事実を認識して互いにそう言い合っていた。


「なんで……? アイツら、人間を見つけると見境なく襲って来るのに? 」

「さぁ? 故障、とかかしらね? 」


 順に情報を出し合い、状況を整理していくと、段々と思考も戻って来る。

 そして自分たちが助かったことに気がつくと、二人は互いに向き合って、「やったぁー! 」と歓声をあげながら抱き着いていた。


「というか、ステラ!? 見境なく襲って来るって、なに!? そんなに危ないところに逃げこんでたの!? なんで教えてくれなかったのよ!? 」

「だ、だって、他に奴隷商人から逃げられそうなところ、他になかったし……! 」


 極度の恐怖から解放された少女たちは、しばし、自分たちが追われていることも忘れて口論し合う。

 売り言葉に買い言葉。甲高い声での言い合いは段々とエスカレートしていき、それから、徐々に楽しそうな笑い声に変わっていく。

 緊張の裏返し。

 最後にはもう、二人とも腹を抱えて笑い、その弾んだ声はしばらくの間途切れなかった。

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