・4-5 第35話:「軍事基地:1」
文明崩壊のその時が訪れる以前から、世界は酷い有様だった。
宇宙に建設された[楽園]に住むことができた人々と、環境破壊の進んだ地球上に住まざるを得なかった人々との間に生まれた根強い対立意識。
衛生軌道上からの照射兵器によって毎日都市が焼かれ、それでも戦いは終わらずに、各地で争いが続いていた。
地球管理機構(Earth Management Organization)。
国際連合を前身とし、人類社会を宇宙開発時代に適応させ、その力を結集して新たな時代を到来させるために生まれた、当時の地球を統治していた組織。
様々な問題を解決できないでいるうちにその本来の目的を見失い、理念を
人類保護軍(Humanity Protection Legion)、かつて高度な文明社会を有し広範な地域を支配したローマ帝国を軍事面から支えた
実質的には、地球管理機構の統治に反する地上人を探し出し、全滅させる、抑圧するための組織。
多くの人々がその手にかかり、犠牲となって行った。
だが、文明が崩壊し多くが砂となってしまったように、強大なレギオンの戦力も、今はそのほとんどが機能していない。
———それでもまだわずかに、変わらずに生き残った人々の脅威として存在し続けているものもあった。
生き残った人々には到底並び立つことのできない、旧世界の高度な戦闘部隊。
装甲化されたアンドロイドの兵士たちと、装甲戦闘車両の群れ、そして航空兵器の数々。
崩壊から五十年が経った今でもそうしたレギオンの生き残りは活動を続けており、破局を悟った地球管理機構から受けた最終命令、[地上人を抹消せよ]との指示に従い、見つけた生き残りたちを見境なく攻撃する、慈悲なき機械たち。
地上にはこういった旧世界の脅威が散在しており、終末世界を生きる人々はそこに多くの資源が眠っていることを知りながらも、決して、近づこうとはしない区域があちこちにある。
ステラが向かったのは、そんな場所のひとつであった。
レギオンの主要な軍事基地の一つが置かれていた場所。
前線基地ではなく、補給を担う後方基地ではあったが、規模が大きかったためにかなりの戦力が残存している。文明崩壊時に甚大な被害を受けつつも、今も近づけば無差別に殺戮を行う戦闘機械たちが徘徊している所だ。
「ね、ねぇ、ステラ! 奴ら、引き返していったよ!? 」
そんな危険地帯に足を踏み入れてしまったことなど露ほども知らないカナエが背後を振り返って奴隷商人たちが遠ざかったことを確認し、明るい声で教えてくれる。
ステラは、気が気ではなかった。
自分たちを奴隷にしようと目論む
火薬を使った実弾だけではない。
レーザーやら、プラズマやら、ミサイルやら。
そういった強力な兵器が、ほぼ百発百中の精度で飛んでくる。
狙われたら、最後。一瞬で消し炭にされるか、木っ端みじんにされてしまう。
世界が滅んでから半世紀、さすがに燃料切れや機器の消耗・劣化によって稼働状態にあるものは減ってきてはいるが、それでもまだまだ、元気に攻撃してくるものは数多い。
かつての文明の技術水準の高さを具体的な形で示しているのだが、攻撃対象になっているステラからすれば、凄い、などとはちっとも思わない。
ただただ、恐ろしかった。
奴隷商人たちが引き返していったというのでいったんスロットルを緩め安全運転をしながらも、少女は不安そうな面持ちで周囲をきょろきょろと見回している。
これは、賭けだ。
あまりにも危険な。
なにしろこの終末世界に存在するいくつかのコミュニティには、その小さな社会のルールで重大な罪を犯した者に対し、「もしレギオンが活動している地域を無事に通り抜けることができたら、無罪」とする刑罰が定められているほどなのだ。
それは、実質的な極刑を意味している。
無事に逃げおおせたという例など、聞いたことがない。
モトがある分希望はあったが、それもつたない光明に過ぎなかった。
「な、なに? ステラ? この辺り、なにかおっかないものでもあるの? 」
ステラのその様子と、なぜアウトローたちが引き返していったのかという疑念から、カナエもこの辺りが不穏な場所であることを察したのだろう。
不安そうな声でそうたずねてきたが、少女は
生きている人間を見つけたら無差別に襲って来る機械の
知らない方がいいこともある。
ステラが願うのは、ただ、運よくレギオンの索敵網に引っかからずに、このまま無事に通り抜けられることだけだ。
そうすれば、[船団]の航路上に出ることができる。
モトが砂の上に
なにもないか、残っていても古いものならばそのままそこで待っていれば[船団]がやって来てくれるし、新しいものが残っていれば、それを辿って行けば追いつくことができる。
奴隷商人たちは、引き返した様子だった。こちらの狙いに気づいて迂回し、先回りしようとしてもレギオンの危険区域を回避するためには相応に時間がかかるし、捕まる前に逃げ切れる可能性が高い。
運さえ良ければ、すべてがうまくいく。
そう、運さえ良ければ!
「ステラ! ねぇ、ステラってば! 」
唇を真一文字に引き結び、緊張と不安に満ちた顔でひたすら無事にここを抜けられますようにと祈っていたステラを、乱暴にカナエが揺さぶってくる。
元々定員オーバーのまま走っていたのだ。少しモトのバランスが崩れて、慌てて立て直さなければならなかった。
「も、もぉっ! 危ないんだから、じっとしていてよ!? 」
「後ろ、なんか、飛んできてるよ! 」
さすがに無視できなくなった少女が一瞬だけ振り向いて怒ると、メイドはそれどころじゃないという口調で返してくる。
「後ろから、飛んで……? 」
その言葉の意味することを、ステラは瞬時に悟ることができていた。
考える必要もなかった。
なぜなら目の前にカナエが言った、飛んできているものが姿をあらわしたからだ。
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